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慰霊師  作者: 皇南輝
10/47

1- 10 お爺さんが生まれた時代

「わしはかまわんが、死んだ猫のことなんか知ってどうするんじゃ?」


 お爺さんの霊はホイップを見下ろしながら結羽に尋ねた。ホイップはお爺さんの霊と目が合うと慌てて逸らした。


「私、この子······ホイップの飼い主に、ホイップが亡くなったことを伝えたいんです」


 結羽はスマホを左耳にあてながら答えた。すると、お爺さんの霊は結羽の言葉に感心するかのように何度も頷いた。


「うんうん、そうじゃのう。珠代ちゃん、猫がいなくなった、と言いながら探し回っておったわ」


「珠代ちゃんがホイップの飼い主なんですね?」


「そうじゃ」


 結羽は、ホイップを見つめた。結羽の視線に気づいたホイップが結羽を見上げた。結羽はホイップと目が合うと笑顔で頷いた。そして、再びお爺さんの霊に顔を向けた。


「ホイップは交通事故に遭ったみたいなの。お爺さんはその現場を見てたんですよね?」


 結羽の問いかけに力がこもる。


「たまたま散歩しておったら、白い猫が車にはねられるところを見たんじゃ」


「その事故現場って、どこだか分かりますか?」


「分かるもなにも、この近くじゃよ」


「本当ですか! お爺さん、その場所へ連れて行ってもらえますか?」


 結羽は嬉しさのあまり興奮して、左耳からスマホを離して大声を出してしまった。


「よし、じゃあ行こうかの」


 お爺さんの霊は、先ほどホイップが歩いていたのと同じ方向へ歩き始めた。


「ホイップ、良かったね! ホイップの抜け殻が見つかるかもしれないよ」


 結羽はホイップに笑顔を向けた。しかし、ホイップは無言のまま結羽を見上げている。


「どうしたの、ホイップ」


「ぼく、いきたくない」


「どうして?」


「ぼく、こわい」


 ホイップは、そう答えながら体を縮こませた。

 結羽には、ホイップが事故現場へ行くのを怖がる理由が理解できた。


 ホイップは事故現場で命を失ったのだ。命を失うくらいの事故なら、その衝撃や苦痛も凄まじいものがあっただろう。ホイップが事故現場を怖がる理由としては十分だった。


 結羽は優しく微笑みながら、体を縮こませているホイップを抱き上げた。そして、怯えている白い猫を安心させるように胸の前で抱き締めた。


「大丈夫。じゃあ、来なくてもいいよ。どこかで待っていてくれる?」


「うん、わかった」


 ホイップは結羽の腕の中から彼女の顔を見上げたあと、ひょいと路面に飛び降りた。


「ぼく、ここでまってる」


 ホイップは前足を揃えて座りながら結羽を見上げた。


「うん。じゃあ、待っててね」


 結羽はホイップに微笑みながら頷くと、お爺さんの霊の後を追った。



 お爺さんの霊のすぐ後ろをついて歩く結羽。

 しばらく道路を真っ直ぐ歩いていたお爺さんの霊は、突然、右に向いてコンクリートの塀の中へ入ってしまった。ひたすらお爺さんの霊について歩いていた結羽は、危うくコンクリートの塀に頭をぶつけそうになった。


「ちょっと、お爺さん! 私、生きてるんだからコンクリートの中はやめてよ」


 結羽がコンクリートの塀に向かって訴えた。すると、いきなりコンクリートの塀からお爺さんの顔が現れた。


「おお、すまなんだ。こっちが近道だったもんでな」


 お爺さんの霊は皺だらけの顔で目を細めながら笑った。そのとき、結羽の脳裏にふとした疑問が浮かんだ。


 このお爺さんって、いつ亡くなったんだろう?


 結羽は、脳裏に浮かんだ疑問をお爺さんの霊にぶつけてみた。


「確か、わしが死んだのは昭和じゃな。日本が戦争に負けて、それからまもなくじゃったはず」


 お爺さんの霊は、コンクリートの塀から抜け出しながら答えた。


「そんなに昔に亡くなったのなら、生まれたのは······」


「生まれたのは明治の頃じゃ」


「お爺さん、明治生まれなんだ! かなり昔の人なんだね!」


「わしが子供の頃と比べると、東京は大きく変わったのう。ちなみに、今は昭和何年なんじゃ?」


 お爺さんの霊から質問された結羽は、おかしくなってクスッと笑った。


「お爺さん、今はもう昭和じゃないんだよ。令和なんだよ」


「れいわ?」


 お爺さんの霊は相当びっくりしたのか目を丸くしている。


「昭和が終わって平成になって、それも終わって、いま令和なの」


「ということは、天皇裕仁さまのお孫様の時代なんじゃな」


「まあ、そういうことになるのかな」


 あまり歴史に詳しくない結羽は、自信なさげな笑みを浮かべながら答えた。


「そうか、どおりで珠代ちゃんも老けたわけじゃ」


 お爺さんの霊は、そんな独り言をつぶやきながら、再び道路を真っ直ぐ歩き始めた。結羽もお爺さんの霊のあとをついて歩き始めたが、その独り言は彼女の耳には届いていなかった。










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