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第5話

「……小龍兄様」

 小龍は麗花にすまなそうに頭を下げる。

「明林?」

 彼女の唇の動きを読めば、麗花の部屋に無断で入ってきたことで不審人物かと思ったが、明林によって伸された相手が小龍だと知り、黎家に迷惑をかけた仕置きも兼ねて、物置部屋に閉じこめていたらしいのだが、そのことを忘れてしまっていたらしい。

 自分の頭をいけない子だったと言うようにこつんと叩く明林の姿をみて、わざと麗花に言うことを忘れて、彼が肉塊へ変わってしまうなら構わないと思っていたのだろうが、小龍が情報を持っているのなら使えると思い直したに違いない。

 明林に紙と筆を持ってきて貰い、紙を折って蝶々に姿を変幻させて余暉を呼んでくるように麗花は命じる。

 小龍へと振り向くと、紙と筆を浮かせ、彼の言葉を綴っていく。

『麗花、すまない。お前にも迷惑をかけてしまった』

 小龍が此処にいるということは姉も黎家に捕まったのだろう。

「お姉様は?」

『今回の件でお祖母さまは大変、お怒りだ。俺の所有権を黎家に戻し、あの子は再教育させられるらしい』

「……そう」

 小龍は誕生祝いとして与えられた黎家から与えられた僵尸のひとりだ。黎家もただの駆け落ちなら放っておいただろうが、姉は一族にまで迷惑をかけてしまった。命までは奪わないと思いたいが、事が終われば小龍は無事では済まないだろう考えて、麗花は首を振る。

 大柄で優しい彼もまた、麗花にとっては家族のような相手だ。

「やっぱり、姉様が『墓荒らし』に術を教えたのね」

『麗花、一応、あの子も黎家の人間だ。暫く、家を出て、占い師の真似をして日銭を稼いでいたが、そこで会った『墓荒らし』に彼女は同情をしたそうだ』

「あの姉さまが⁉︎」

 麗花の言葉に小龍は苦笑をしたようにみえる。あの姉に誰かを可哀想に思う感情があるとは思わなかった。

『あの子は言葉で大袈裟に武装をしてる針鼠のようなものだ。三姉妹の中で一番、臆病なのは彼女だろう。彼以外には教えないと契約を交わしたのだが、俺は契約を交わす前に止められなかった』

「同情って?」

『彼は自分の愛した人はいなくなってしまったから、僵尸としてでも傍に置きたいとあの子の前で泣いたんだ』

 墓荒らしの言葉を姉たちは亡くなった愛しい人を蘇らせたいという意味にとったようだが、麗花の胸中が騒めく。

「兄様。墓荒らしの顔を覚えてるかしら?」

『もちろんだ』

 小龍が描いた人相描きに麗花は紙を握りしめた。そこには自分もよく見知った人物が描かれている。

『……麗花はあの小僧が先に亡くなれば、彼を僵尸にしたいと思うか? それとも俺たちと同じ境遇となり最期まで支えたいと思うか?』

 墓荒らしの言葉で、気になったのかもしれない。小龍は人間時代のような質問をする。黎家の人間や使える従僕たちは一昔前なら有無を言わさず、亡くなれば一族の為に僵尸となり尽くしてきた。

 しかし、今は選択の余地が与えられている。

「私はただ一度の生を謳歌したら、彼の隣で静かに眠りたいわ。わがままだと思う?」

『……いや。俺も同じように思う。麗花、これから俺はお前を主人として仰ごう。俺をうまく利用してくれ』

 小龍は麗花の前で屈むと、服従の姿勢を見せる。

 これから彼の汚名も麗花の活躍次第で変わってくるだろう。

 急いで来たのか、息切れをしている余暉が小龍をみて、驚いた声を出す。

「麗花、何があった? うわぁ……って、お前、黎家の僵尸か」

 ふたりは顔馴染みであるので、懐かしく思ったのか、小龍は彼の頭を力強く撫でる。撫でるというよりも大柄の手で頭を押すように見える行為に、また、彼の背が縮むのではないかと思っていたのは麗花だけでないらしく、彼は小龍の手を払おうとする。

「やめろ! 俺はお前達が頭ばかりを押しつけるから、背が伸びなかったんだ!」

『悪いな、坊主。他の家族にお前に会ったら、恨みを込めて押してやれと言われてな。俺はお前に恨みはないが、今の立場は俺の立場は弱いから』

「嘘をつくな。麗花を奪われたのが、お前たち僵尸は悔しいんだろう。残念だったな、一度、嫁いできた以上、こいつは返さないから」

 言葉を交わしていないのに、どうして互いの言っていることが分かるのか、麗花は不思議に思う。黎家の僵尸たちと余暉は犬猿の仲だと互いに言っているが、本当は仲がいいじゃないかと思うのはこういうところだ。

「……余暉?」

 自分の言葉に顔を真っ赤にした後、咳で誤魔化すと、真剣な顔をする。

「麗花。賢妃がいなくなった」

「えっ」

「宦官と一緒にいなくなっていることから賢妃の侍女たちの間で騒ぎになっていたから、箝口令を出したが、いつ後宮内にいつ話が広がるかが分からない」

 墓荒らしの行動は麗花が想像するよりも早かった。

「明林! 小龍! おいで‼︎」

「おいっ、麗花! 待て!」

 余暉が留めるのも聞かず、麗花は小龍の背中に乗ると賢妃の私室まで走らせる。賢妃の侍女たちは急な自分の訪れに驚いたようだが、彼女がいた痕跡を追う為に怪しい侍女のひとりに札を貼れば、侍女が屍体に変わったことに他の侍女たちは悲鳴をあげて、その場から立ち去ってしまった。

 目のない侍女は真っ黒な穴しかない瞳があった場所から、血の涙を流していく。そんな彼女の頬を手が汚れることも厭わず、麗花は拭った。

「あなたは墓荒らしの犠牲になってしまったのね」

 彼女の頭に手を当てると、襲われた状況が麗花の頭の中に記憶として流れこんでくる。賢妃を僵尸とするための練習台として、彼女は犠牲にさせられてしまったのだろう。

「全て終わったら、安らかに眠れるように手助けをしてあげる。彼はどこに賢妃を連れていったの?」

 気のせいで片付けてしまったが、やはり、あの鈴の音は僵尸を操るものだったのだろう。侍女は賢妃のいる方向を示す。

 麗花は後宮の使われていない妃の部屋のひとつを小龍に蹴り飛ばして貰った。

「賢妃さま!」

 そこには椅子に座らされている意識のない賢妃と予想通り、飛燕と呼ばれていた宦官の姿があった。

「こんにちは、貴妃さま。そんなに慌てた様子で、どうされたんですか?」

「あなた。賢妃さまをどうするつもりなの?」

「質問に質問で返すのですか? まぁ、いいでしょう。貴方のお姉さまにはとても良くして頂いたので、教えて差し上げます。私と賢妃さまとは幼馴染と話しましたよね?」

「ええ」

(とう)家のことは聞いたことがないでしょうか?」

 賢妃の家と同じく武門で有名だったが、長年に渡り、汚職をし続けていたことで、主家が罰せられた家だ。少なからず、大なり小なり汚職をしている大臣たちも多い。星彩もそれだけなら放っておいただろうが、彼の父が早々に皇帝の座を辞し、まだ年若い余暉が皇帝になったことで彼のことを操れるとでも思ったのか、目に余る態度が続いた為、星彩は罰を下した。

「子供の命は助けてやろうと有り難い慈悲で、私は宦官にさせられました。分かりますか? 貴女に私の屈辱が。いつか父のような武人となろうと思っていた夢が砕けたのです。いっそ父達と同じ場所に連れて行って欲しかった」

 董家の主家は子供も含め、亡くなったと聞いていた。しかし、処罰を命じられた者は、幼い子供まで殺めることは出来なかったのだろう。幼い子供が大きくなったとき、いつか皇家に復讐をするかもしれないことを考え、名前を変え、宦官にさせたことは想像がつく。

「後宮で彼女と会ったときには驚きました。私の話を聞いて哀れんだ賢妃さまが、私をお傍に置いて下さったんです」

 自分たちに追いついた余暉が賢妃たちの姿をみて、目を丸くする。

「皇帝まで来ましたか。私は彼女を自分だけのものにする為に、墓荒らしまで行って、彼女を自分だけの物に、僵尸にさせる為に練習をしました。なのに屍体はちっとも動こうとはしなかった」

「だから、生きてる人間まで使ったの?」

「ええ、その方が効果も出やすいと聞きましたから。ようやく成果も見えて、実行に移すことにしたのに……」  

 彼は愛おしそうに賢妃の顔に触れると、爪で彼女の頬を傷つけた。

「彼女は私だけの救いだったんです。貴妃様以外には興味がないという皇帝の妃になるのは許せました。でも、彼女は私を裏切って、あの化け物に恋をした! もういいんです。ずっと彼女の傍にいたかったけど、私も後を追えば済む話ですから」

 麗花は話の間に後ろ手で組んでいた術式を組み終え、明林に彼を留めるように唇の動きだけで命じる。彼が賢妃を害そうとしたと同時に、明林は麗花たちの元に椅子ごと倒すと普段、隠していた長く黒い爪で宦官を容赦なく引き裂いた。

 嫌な悲鳴が響き渡るのを見つめつつ、麗花は賢妃の口許に耳をあてる。

「よかった。気絶をしているだけだわ」

「おいっ、あの男は平気なのか?」

「さぁ? 毒があるからいっそ死んだ方が良かったと思うほど苦しむとは思うけど、命はあるんじゃないかしら。小龍に頭を吹き飛ばされるより、ましでしょう?」

 余暉は急いで医務官と武官を手配させると、武官に命じて、男を連れて行って貰う。

「麗花。あまり無茶はしないでくれ」

「ごめんなさい。賢妃さまが危ないと思ったらつい」

「こんなことを言ってはいけないが、俺はお前だけが大事なんだ」

「知っているわ。だから、私も無茶が出来るんですもの。余暉はなにがあっても、大切な私を助けてくれるでしょうら?」

 お目付役とばかりに明林がふたりの間に割って入る。

「ありがとう、明林。助かったわ。久々に難しい術式を組んだから、出来るかどうか心配だったの」

 彼は明林と共に麗花を抱きしめる。

 不機嫌な表情を浮かべた彼をみて、麗花は余暉の服を少し引っ張る。

「ごめんなさい。余暉」

 珍しく素直に謝った麗花に余暉は抱きしめる腕に力をこめた。




「これはなんだと思う? 明林」

 薄汚れていた結び紐を麗花は明林に見せると、彼女は首を傾げた。

「庭園で彼と会ったでしょう? あの日、彼はこれを探していたんじゃないかしら?」

 宿下りをする賢妃に結び紐を見せたが、彼女は分からないようだった。どうして、自分の宦官がこのような行為に出たのかと不思議そうに口にしたことで、彼の想いが全く、伝わってはいなかったことを知り、麗花は軽く、結び紐を握りしめた。

 墓荒らしの件と黎家の問題は一応の解決を見せたが、また、星彩から何かしらの問題を出されるだろう。

「麗花! また、じじさまが!」

 そんなことを考えていれば、また余暉が文句を告げつつも、麗花の部屋に入ってくる。

 そのことに麗花は口許を微かに綻ばせながらも彼を出迎えた。

「いらっしゃい。余暉」


【終】

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