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第2話

「それで、また、じじさまからなにか言われたんじゃないの?」

 いつまでも、くっつき虫のように離れない余暉に麗花は声を掛ける。彼が大概、こうして弱っているのは彼のじじ様のこと以外はない。

 少しは子孫の頑張りを認めようとしたのか。また、余暉を可愛く思うが為か、最近の星彩は余暉を試すような無理難題を課す。そのことに疲弊した彼が愚痴を、幼馴染の気安さもあって、弱味を吐き出しに来ることが日常化している。

 幼い頃は可愛く『姉さま』と慕い、妹と自分をとり合っていた余暉だったが、さすがに思春期を迎えた頃には自分から距離をとっていた。いずれ、麗花ではなく姉が余暉の妃になることを知ったときには、自分を無理に妃にしようとしたこともあったが、基本的に彼は麗花の嫌なことは出来ない。そして、麗花も無意識に他人の目がなければ余暉を甘やかしてしまうことが多いので、他の妃の悋気を買ってはいないかと心配になり、明林以外の侍女に尋ねてみたところ、自分たちの関係は幼い頃のままの姉弟のような間柄だと見えるらしい。逆に『余暉さまを甘やかしてあげてください』と微笑まれてしまい、麗花は居た堪れなくなってしまった。

 余暉は麗花の腹から顔を上げると、膝に頭をくっつけたまま、話し出す。

「最近、墓が荒らされているという事件が多発しているらしい」

「墓泥棒なの?」

 その言葉に余暉は首を振る。

「一緒に埋葬された貴金属には手をつけず、そいつの興味は屍体にあるらしい。近隣の民たちからは僵尸をつくる為ではないかと言われているらしいんだが、お前の家から、なにか情報が入ってないか?」

 麗花は明林の方へ顔を向けるが、彼女は知らないと首を振る。

「実際に僵尸を作ろうとすると、時間がかかって面倒なだけなのにそんなことをする人がいるかしら。作っても、愛玩動物とはいかないのよ? 術師の技がお粗末なら、自分の命を落とすこともあるのに」

「……じじさまも似たようなことを話していたが、そのうち、生きている人間に目をつけたら厄介だろう? 黎家の人間じみた僵尸をみていると、こうは言いたくないが彼らは〈武器〉だ」

「そうね」

 強い僵尸を作る為に生きている人間を襲うということもあった過去も麗花も知っている。

「だから俺が犯人を見つけられたら、少しは政務を回してやるとじじさまに言われてな。犯人を見つけて、じじさまから玉璽を奪い返すんだ!」

「はいはい、頑張ってね。ところで、余暉。いつになったら帰るのかしら。私、そろそろ、寝たいんだけど」

 欠伸をしたふりをすると、余暉はまた自分の腹に顔を当てて動こうとはしない。

「……寝るなら、自分の部屋で寝なさい」

 それでも離れようとはしない余暉に嘆息すると、麗花は明林に声をかける。

「仕方ないわね……明林」

 麗花の後ろに控えていた明林は余暉の腕を掴むと、彼を俵を担ぐように抱く。布団に彼を置いて満足したように明林は麗花に近寄ってきた。

「ご苦労さま。明林。私も休むわ」

 麗花も装飾品を取り、余暉の隣へと横たわる。

「他のお妃さまのところには行かなくていいの?」

「……何度も行ってるが、本当は麗花以外の妃は実家に返してもいいんだ」

 普通の女性なら嬉しく思うところなのかもしれないが、麗花は余暉の言葉に苦しくなってしまう。いずれは黎家の当主になるからと訓練を受けてきた麗花には、余暉には見せられないような顔がある。

 麗花の答えがなくとも布団に入るなり、すぐに眠ってしまうところは、相変わらずだ。幼いころと変わらない寝顔に口許を綻ばせた麗花は彼の柔らかな黒髪をひと撫ですると、蝋燭の灯りを消した。



 食卓の上の珍しくも温かいお粥に余暉は目を輝かせる。

「毒味は必要?」

「これ、麗花が作ってくれたのか?」

 毒味もなしに食べ始めてしまう余暉に、麗花は呆れてしまう。

「よく分かったわね」

「幼いころから味が変わってないから」

 まだ余暉以外の皇子がいた頃。他家から息子の暗殺を怖れた皇后からの命で彼は毒に慣れる為の食事をしていた。いくら自分の為とはいえ、そんな食事をしても美味しくはなかったのだろう。

 食事をすることすら厭ってしまった余暉を見かねたじじさまから彼の為に食事を作ってくれないかと、黎家に相談が来た。『男子は顔ではなく、胃袋で掴むんだ!』という謎の母からの教育方針で簡単な料理ならば作れた麗花が余暉の食事を作ることになり、そのことで懐かれてしまったことを、麗花も粥を作りながら思い出していたが、余暉も覚えているとは思わなかった。

「ひとりで食べるご飯よりも、麗花と食べた方が美味しかったから」

「あっ。そう」

 彼の言葉に照れてしまい、つい顔を逸らしてしまう。

「食べないのか? 麗花」

 自分の言った言葉がどれだけ麗花に彼の顔面の良さもあり破壊力を与えるのかを気づいていないからこそ、余暉は小さな花園、いや庭しか持てないのだと、内心、麗花は毒づく。

「余暉は今日はどうするの?」

「俺はじじさまの依頼を進めるが、お前は会うなよ」

「なんでよ」

「……会って欲しくないんだ」

 食事を終えた余暉に再度、じじさまとは会うなと念押しされ彼は部屋から出て行ってしまう。麗花は紙に寝る前に余暉から聞いた話を書きつけ、鳥の形へと折ると、軽く、息をふきかけて小窓の外へと放つ。

 鳥に姿を変えた手紙は気づいた黎家の僵尸によって情報を持ってきてくれるだろう。それと同時に歯で自分の親指を噛んで赤い血を垂れ流すと、明林の口許に持っていった。

 明林は首を振って、麗花からの食事を拒絶する。

「明林も私を食べないのね。私のお兄さま達も私が血を与えようとしたら、気絶をしたのよ? そのあと、他の僵尸たちに怒られて酷い目に遭ったわ。私の血を糧にするくらいなら燃やされて死んだ方がましって、もう亡くなっているのに」

 麗花がくすくすと笑って昔話をすると、当然だと明林は頷く。彼女は言葉を話さないが姉のように、普段は仕事で共にいられない母の眼差しで麗花のように接してくれていた。

 余暉の宦官たちは明林が僵尸というだけで怯えていたが、彼らと暮らすことに慣れている麗花はなにが恐ろしいのか分からない。

「一度、じじさまにもお話を聞かないといけないかしら? 余暉に邪魔をされて、姉さまのことを謝れていないし」

 明林は麗花の衣を掴むと首を何度も横に振る。

「えっ、余暉に怒られるからやめろ、ですって? そうね。余暉と違って、じじさまの性格は天邪鬼ですもの。顔がとっても素敵だから許せてしまうのだけど」

 余暉も童顔ではあるものの、顔の造りはじじさまと似ている。もう少し、歳を重ねれば、周囲から小動物のような扱いを受けることもなくなるかもしれないし、自ら、後宮に入りたいという少女たちが殺到するかもしれないが、麗花には中々、その状況が思い浮かばなかった。

「えっ? 余暉がお祖父さまたちのような好色野郎になったら、死んだ方がましだと思う目に遭わせるから安心しろって?」

 ふんすっ、と鼻息を荒くしたように力こぶを見せてきた明林に思わず、麗花は笑ってしまう。

「明林。余暉の一途な考え方がおかしいだけで、本当はね。花園には色とりどりのお花がたくさん、あった方がいいのよ?いつも、この話をすると、余暉が不機嫌になるから言えないのだけれど」

 ふたりで話していると誰かの訪れに気づいた明林が扉を指示す。

「明林、後ろに控えててくれるかしら? いらっしゃい。賢妃さま」

「大丈夫だったかしら? 貴妃さま」

「ええ。ちょうど、暇をしていたの。今、お茶を淹れるわね」

 一緒に連れてきたのか。彼女の侍女たちが見守る中、宦官に支えられながらも、賢妃は部屋へと入る。麗花が茶器の準備を始めると、賢妃は不思議そうに自分の手元を見る。四夫人たちの家柄は側仕えがいることが当たり前なので主人自ら、茶を淹れるということもないのだろう。

 黎家の侍女たちは僵尸しかいないため、力の加減が分からなく、高価な茶器ばかりが破損していくので、家族の誰もが自分のことは自分で行うようになってしまったが。

「……貴方の侍女は?」

 普段はいる筈の侍女たちに席を外していることに、賢妃は不思議に思ったようだ。

「朝は明林以外は人払いをしているの。力が強い子だから、大切な茶器を割ってしまうのよ。それに私はお茶を淹れるのが好きだから」

 何故か、入ってきたときから、賢姫は怯えた様子を崩さない。せっかく淹れた茶にも手をつけず、添えただけの指が僅かに震えている。まさか毒が入っているのかと、疑われているのかと、麗花は茶に口をつけると、いつもの堂々とした様子がない彼女に首を傾げる。

「どうしたの? 賢妃さま」

「助けて、麗花さま。私、余暉さまを裏切ってしまった」

 そのまま両手で顔を覆うと、賢妃はその場で泣き崩れる。麗花は屈むと賢妃の背を慰めるように撫でた。

「貴女の宦官と侍女たちを下がらせた方がいいかしら?」

「いえ。この者たちは知っているから」

「余暉を裏切ったってどういうこと?」

「〈あの人〉だと思ったの。でも私が恋したと思った人は別人だった」

「賢妃さま?」

「……私、きっと、あいつに殺されてしまうわ。助けて、麗花さま。貴女なら助けてくださるかもしれないって、私、聞いたの」

「詳しい話を聞かせて貰えるかしら?」

 賢妃を宦官の力も借りて、椅子に座らせる。

 彼女の顔はまるで幽鬼のようだ。垂れ目のせいか、狸のようで愛嬌があると言われがちな麗花に対し、花達もその美しさに恥じらうと例えられる顔をよくよく見れば、その顔は青白く痩けてしまっている。

 麗花を含めた四夫人たちは妃たちな中でも一等、身分が高い女性たちを集められているが、賢妃である彼女は古い時代から皇帝一家に仕えている武家の出であった筈だ。彼女も余暉と自分を守れるくらいの腕前だと聞いていたが、そんな彼女がなにに怯えているのかが、麗花には検討もつかない。

「あの人って、誰のこと?」

「美しい人だったわ。余暉さまにお顔は似ていて、覆っている黄色い札から覗いた瞳が、漆黒を帯びた闇のようだった。幼いころに出会ったあの人に再び、会うために、私、余暉さまの後宮へと入ったの。けれど、私があの人だと信じて逢い引きをしていた相手は、私に恋をしたという別人だった」

「あなたを脅している方の名前。もしくはどんな見目をしていたのか分かるかしら」

「相手の姿が朧げで……私の話しを聞いた者は皆、私の夢だと信じてくれないのよ」

 逢い引きをする際は扉に目印代わりに結び紐をつけていたらしい。賢妃が卓に複雑に編まれた結び紐を置く。結び紐を結び部屋に入ったときには相手のことを覚えていた筈なのに、去るときには曖昧になってしまう。

 初めは『あの人』だと信じていた賢妃だったが、彼との日々を過ごすうちに自分は勘違いをしているのではないかと怖くなってきた。彼女が相手に問いただすと、『ようやく、分かったのか?』と男は嗤ったらしい。

 このことが賢妃の実家に伝われば、皇帝を謀っていた罪で自分だけではなく、実家もお前のせいで名を堕とすだろう、お前が口を塞いでいればいいことだと言われ、賢妃は普段通りに過ごしていたつもりだったが、根が真面目な分、ようやく自分が犯してしまった罪を自覚して、怯える日々を過ごしていたという。賢妃はそこまでを麗花に話すと耐えられるなくなってしまったのか、顔を覆う。

 彼女の言っていることは真実だろう、しかし、相手のことが分からないというのは厄介だ。

「なにかの術にかけられたのかしら。厄介なこと」

「彼は私に裏切られたから、許せないと。裏切った咎は死に値すると笑ったのよ」

 後宮にいる女性は、全て、余暉の為に集められた花達だ。どこで見染めたかは分からないが、賢妃に分不足な恋煩いをして叶わないと思ったら逆上するとは、下種な野郎だとまだ知らぬ相手の頬に拳を食らわしたくなる。

 助けになってあげたいが、麗花に出来ることといえば、僵尸に手助けをお願いすることと、巫術を使うことくらいだ。相手が何者か分からない状態で術を見破ろうとすれば自分に負荷がかかり、下手をすれば命を堕とす。

「それで、賢妃さま。誰が私なら助けてくれると言ったのかしら」

「私の恋した美しい人が『小妹(しょうまい)なら助けてくれるかもね』と。貴妃さまはあの方とお知り合いなの?」

 彼女が言う〈小妹〉と呼ぶ相手は一人しかおもいあたらない。どうやら、余暉だけではなく、あの人は麗花も一緒に厄介ごとに巻き込みたいらしい。

「知り合いといっていいのか……分かったわ、賢妃さま。貴女を助けるとは約束が出来ないけれど、私に出来ることをしてみるわね」

「ありがとう。貴妃さま」

 よほど誰かに告げて、自分が犯した罪から楽になりたかったのだろう。賢妃は柔らかく礼を告げると、顔色の悪さを心配していた侍女たちから、今日はお部屋に戻りましょうと促されて席を立つ。お礼はまた、後ほどと頭を下げて去っていく彼女たちのことを追うかと思っていた宦官が麗花に口をひらいた。

「お気にはなさらないでください、貴妃さま。最近の賢妃さまはお疲れの不安からなのか、ありもしない空想を口にしがちなんです」

 こんな宦官がいただろうかと、麗花は彼の顔を見つめる。賢妃の一族に連なる人物なのか、彼女に似た面立ちの見目麗しい宦官だ。他の侍女たちの噂に上がらないのが不思議のように思う。

 彼女たちは麗しい宦官との恋愛小説を好むことが多い。以前、侍女に余暉と宦官の禁断の話をされ、その場に彼がいなかったことをいいことに、侍女たちの間で流行っている話を麗花は楽しませて貰った。

「そうなの?」

「ええ。なので、彼女の話は忘れてください。賢い貴妃さまなら気にしないと思いますが」

「……飛燕(ひえん)?」

 賢妃の呼ぶ声に一礼すると、彼らは去っていく。  

 チリン、と僵尸を操る耳馴染みの音が聞こえて、辺りを見渡したが、あの鈴の音ほど後宮にそぐわないものはない。

 宦官は賢妃の妄想だと片付けたが、あの怯え方をみればそんな一言で片付けられないと麗花は思う。

 不義密通の罪は重たいが、余暉ならじじさま関連で賢妃が迷惑を被ったと知ったら、なにかしらの便宜は図ってくれるだろう。

 賢妃が語った心当たりに、麗花は明林に占いをするための綺麗な箱に入っているのにはあわない砂と筆を持ってこさせると彼の人の名前を告げた。

数多くある作品の中からお読み頂き、有難うございます。よろしければ、ブクマや評価を頂ければ、嬉しいです。

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