008 冒険者には興味がない魔法少女。
「6人の英傑が……そうか」
宰相は、報告を聞いても眉一つ動かさなかった。
これが王であったなら、激情のままに警備兵の首を撥ねたことだろう。
「王には私から報告しておく。しかしこれ以上は看過できん、城内の警備を強化するように」
「逃げた英傑を追わなくてもよろしいのでしょうか……?」
「かまわん。剣聖はちと惜しいが、些末な問題だ」
「ハッ、承知しました」
ホッと安堵して警備兵は退室していった。
入れ替わるように、部屋の隅から黒装束を身に纏った男が姿を現し膝をつく。
「念のため暗部はつけてあります」
「そうだな、今はそれでいい。それよりもあれをやった者のほうはどうなっている?」
宰相は窓から外へと視線を移す。
そこには、不自然に抉れた謁見の間があった。
「……申し訳ありません。視力を奪われ見失ったようです」
「謎の光、だったか……」
それは城下町でも噂になっているほどで、宰相の耳にも入っていた。
「これも何かの前触れか……捜索を急がせろ」
「御意ッ」
暗部の者はそのまま立ち去ろうとしたが、それを引き留めるように宰相は口を開いた。
「ところで、このブローチ……どう思う?」
宰相の胸元には黒光りするブローチがあった。
「……お似合いかと思います」
「だろう? 娘が選んでくれたんだ。センスが良いと思わないか?」
先ほどまで何事にも動じない男に思えた宰相の頬が緩む。
「は、はぁ……」
暗部の者は返答に困っていた。
なぜなら、それがどういった物か知っていたのだ。
(まぁ……流行りものだからな)
選んだというよりは……いや、これ以上は邪推だろう、そうであってほしい。
機嫌が良いうちに退散しようと、暗部の者は立ち去って行った……。
◇ ◇ ◇ ◇
風呂付き、ふかふかのベッド、一流の宿は睡眠の質からして違う。
そして睡眠の質が違えば目覚めの瞬間も清々しいものだ。
薄らと差し込む朝日に、チュンチュンとかわいい小鳥の囀りが爽やかな朝の目覚めを――――
「随分のんびりした朝だね」
……待っていたのはフクロウの小言だった。
「……チェンジで」
「寝言にしては悪意が漏れすぎだよ」
私の願いは届かなかった。
「純粋な気持ちが悪意扱いされた……」
「なおさら質悪いじゃん」
「二人は今日はどうするの? ボクは街周辺の把握を優先するつもりだけど」
この分だと、グリ公は今の所新しい情報は得られていないのだろう。
それならこちらは街の中での情報収集ということになる。
「でも元の世界に戻るための情報なんてどうやって調べればいいんだろ」
まさか馬鹿正直に尋ねるわけにもいかないだろうし。
「んー……魔法にくわしい人を探してみるとか?」
「魔法にくわしい人……」
華蓮の言葉を聞いて、紅葉は一人……もとい一羽心当たりがいた。
「この流れでボクに期待するのはおかしいでしょ」
「ちっ、まぁ私も自分の魔法よくわかってないしなー」
グリ公と出会った日を境に、なんとなく変身できてなんとなく魔法っぽいものが使えている。
そう、あれは丁度一年前のことだ――――
「紅たん遠い目でどこ見てるのー?」
「いや、ちょっと回想を挟もうかなって」
「それ今じゃなくてもいいでしょ……」
グリ公は呆れていた。
仕方ないので思い出に浸るのはまた今度にしよう。
「じゃあボクは行くよ。日が暮れる前には戻るから」
そう言ってグリ公は窓から飛び出していった。
「それじゃああーしらは」
「うん、ゆっくり朝ごはんにしようか」
モーニングはベーコンエッグとトーストだった。
昨日の夕食といい、控え目に言ってこの宿の子になりたい。
………………
…………
……
「さーて、魔法にくわしい人を探すならどこがいいのかなー」
宿を出て二人で街中をぶらぶらしてみたものの、それっぽい人は見当たらない。
そもそもどういう人がくわしいのだろうか。
わかりにくいから『魔法にくわしいですよ』と顔に書いててほしいものだ。
「とりま冒険者ギルドにでも行ってみる?」
華蓮が指差した場所には、周囲より少し大きめの建物があった。
「冒険者ギルド……そういうのもあるんだ」
「まーお約束っしょ」
建物に入ると、一瞬だけ人の視線がこちらへ集中する。
お得意様ばかりのお店に来ちゃった気分だ。
「場違い感すごいわー」
「まぁあーしら冒険者には見えないだろうしね」
もうちょっとそれっぽい服装で来た方がよかっただろうか。
でも冒険者っぽい人が着ている服より、受付の服装のほうが個人的には着てみたい。
「何かご依頼ですか?」
目が合った受付嬢は手が空いていたのか、気を利かせてこちらに声をかけてきた。
しかし依頼ではないし……この場合見学みたいなものだろうか。
「依頼ってわけじゃないんだけど、魔法にくわしい人を――――」
「おいおいお嬢ちゃんたち、悪い事言わねぇから依頼じゃねーならさっさと帰んな。それとも冒険者にでもなりたいのか? 冗談はやめてくれよ、冒険者の質が落ちる」
受付嬢との間に割って入って来たのは筋骨隆々の男だった。
ニヤニヤと笑みを浮かべていてイラッとする。
「はぁ? 冒険者なんて質が悪いもんに興味ないよ」
「そうそう、あーしらはちょっと人探し? 的な感じだから。できればおじさんよりもっとすごい人がいると嬉しいんだけどなー」
たしかに、できればこんな三流っぽいおじさんより強そうなイケメンとかに声を掛けられたかった。
「そうか、そりゃ悪かったな……とでも言うと思ったかよゴラァッ!」
男は思い切り床を踏みつけて怒鳴り散らす。
ノリツッコミならぬノリ怒髪天か……?
「ほら、華蓮がおじさんとか言うから怒っちゃった」
「えー? 紅たんに怒じゃないの?」
この際どちらでもいいけど、こんなか弱い女の子が絡まれてるのに誰も止めに入らないなんて、この場にいる者は大体底が知れたな。
「てめぇら俺様を無視してんじゃ――――」
男の声を遮るように、街中に大きな鐘の音が響き渡る。
同時に、冒険者たちの表情が変わった。
「なんだろーね」
「お昼にはまだちょっと早いよね」
その疑問は、建物の外から聞こえてくる大声によってすぐに解決した。
「魔物だ! 魔物の群れが攻めてきたぞー!」
さらには人々の悲鳴も聞こえてくる。
どうやら誤報とかではないらしい。
外を偵察してるグリ公はなにしてんだ。
「ふん、ガキの相手をしてる場合じゃなくなったな」
男は武器を手に取ると、仲間と思われる者たちと共にギルドを後にしていく。
「おい嬢ちゃんたち、冒険者の命ってのは軽いんだ。やべぇ状況は稼ぎ時、って考えられるぐらい頭のネジがぶっ飛んでないと務まらねぇのさ」
そう言い残し、逆光の中に消えていった。
それに続くように、他の冒険者たちも武器を手に取り外へと向かう。
皆先ほどまでとは雰囲気も違った。
「冒険者には興味ないって言ったのに」
「取り残されちゃったね。どうする紅たん?」
どうすると言われても……どうしようかな。
そういえば魔物ってまだ見たことないし、見学もアリか。
「あのー、あなたたちは早く避難したほうがいいですよ」
声をかけてきたのは、先程の受付嬢だった。
自分こそ避難とかしないのだろうか。
……実は魔物の群れって大したことないのかな?
「よし、ちょっと様子見に行こう!」
紅葉は冒険者たちの後を追うように走り出した。
「待ってよ紅たーん」
華蓮もそれに続いた。
残された受付嬢は、咄嗟に引き止めなかったことを少し後悔する。
(……これ私の責任問題にならないよね?)