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007 食を楽しむ魔法少女。

王都に比較的近い街ドロッセル。

もちろん田舎ではないので街に入るには身分証が必要なのだが、この世界における身分証のない二人は、こっそりと壁を越えて街中へと侵入していた。


「グリっち放っておいて良かったの?」


「大丈夫でしょ。多分今頃鳥に擬態して情報集めてるよ」


「擬態っていうか元々鳥っしょ」


「本人はグリフォンのつもりらしいよー」


城下町ほど大きくはないが、街は中心部に近づくほど活気に溢れている。

指名手配の張り紙もまだこの街にはないようだった。


「ちょいちょい良い香りがする……お腹空いたなー」


「じゃあとりま宿とってご飯に行こうか」


全ての会計を華蓮に頼っているとまるでヒモになった気分だ。


「……足のある財布って素敵やん」


くれたん本音漏れてるよー」


おっといけない、こういうのは思っても口に出さないようにしないとね。


「気を付けるよ」


「本音であることは否定しないんだね」


ごめんね、自分に嘘はつきたくないんだ。


「ところで、一生遊べるだけのお金って金貨何枚ぐらいあるの?」


華蓮は毎度何もない空間から金貨袋を取り出している。

それも手品だとは思うが、そもそもあんな袋にそんな大金が入るものなのか。


「あーしもまだ全部は確認してないんだよねー、金貨以外もあるから計算めんどいし」


金貨以外……銀貨や銅貨とかだろうか。


「ふーん……あ、ここの宿とかいいんじゃない?」


紅葉が立ち止まったのは、明らかに他よりも造りのしっかりとした建物の前だった。

宿であることは間違いないようだが、1階部分は食堂……というよりはレストランである。

出入りしている人間も身なりの良い者が多い。


くれたん遠慮ないねー」


そう言いつつも華蓮は躊躇せず扉を開いた。

財布自身が紐を緩めてくれるとはありがたい。


「とりま2泊でいいよね?」


「まーあんまり長居はできないか」


それよりも今はレストランのほうが気になる。


はっきり言ってこの世界の食事は薄味が多い。

香辛料の類が高額なのもあるのだろう。

お城で出された料理は悪くなかったが、城下町の宿には少々がっかりした。

さて、そこそこ高級そうな宿の料理はいかがなものか……。


「2階の一番奥だってさー。特に置く荷物もないし、先にご飯いっとく?」


レストランは落ち着いた雰囲気だが、格式が高いというわけでもない。

高級店というほどでもないなら丁度良いな。


「もちろん、でも厳しく評価してくよ」


「何を?」


レストランのエリアへ近づくと、店員が即座にこちらへとやってくる。


「2名様ですか? 空いているお席へどうぞ」


対応は悪くない。

ふふん、だが私は騙されないぞ。

メニューだってどうせ大したものは……


「……米はないけど割としっかりしてる」


この際米がないのは仕方がないだろう。

問題ない、私は洋食派だ。


「ま、無難にステーキにしときますか」


「それ一番高いメニューだよね?」


と言いつつ華蓮も同じものにしたようだ。

程なくして、ステーキとパン、そしてスープがやってくる。

……よくよく考えたらこれ何の肉だろう。


「……」


一先ず華蓮の出方を窺おう。


「……ん? あぁ、食べてヨシ!」


「私は犬か」


まぁ華蓮は普通に食べてるようだし、私もまずは一口……こ、これは――――



――美味いッ!



素材の良さを活かすタイプのステーキであることは間違いない。

脂身は少なく、赤身の程良い歯ごたえが心地よかった。

それでいて噛むたびに肉汁が溢れてくる。

これはきっとパンに挟んでもいける……パンは少し固いか。



一瞬がっかりした紅葉に電流が走る――――



(違う! これは固めじゃないとダメなんだ!)


噛むたびに溢れ出る肉汁を受け止めるにはきっとこのパンでなければならないのだ。


「やられた……」


「誰に?」


後はコーンスープか……これはパンとの相性が抜群に良い。

しかしパンは肉に使ってしま……ま、まさか――ッ!?


紅葉は再びメニューに目を通す。

そこには『パンのおかわりは自由です』と書かれていた。


「こんなの優勝じゃん……」


「やられたんじゃないの?」


冷静に食事をする華蓮を他所に、紅葉は異世界の食事を堪能するのだった。



◇   ◇   ◇   ◇



「集まったのがこれだけ……?」


健吾の発案によってクラス会議を開くつもりが、集まったのは5人だけだった。


泉 隼人……陸上部で職業は【飛脚】、見た目は普通だが流行に敏感。

江戸川 誠……帰宅部で職業は【探偵】、男子の中でも華奢で小さく、髪が長くて顔は良く見えない。

遠藤 若菜……バスケ部で職業は【測量士】、ポニーテール以外の特徴が思いつかない。

風祭 陽子……帰宅部で職業は【花火師】、実家の手伝いで花火職人見習いをしている。

守川 恵……手芸部で職業は【修繕師】、大人しくクラスでも目立たないタイプ。


(変な職業のやつしかいねぇ――ッ!)


それでいて自分を含めても6人……少ない、あまりにも少なすぎる。

しかもあまり話したことのないクラスメイトばかりだ。

おかしい……あの時クラス会議を開くことに賛同した者はもっといたはずなのに。


「一応俺も声はかけたんだけどよ、なんかみんな気が変わったとか言ってたぜ」


「私も女子には声をかけたけど同じだった……何かおかしくない?」


泉は交友関係が広いし、遠藤さんは女子たちの中でも中心人物の側にいるタイプだ。

そんな彼らなら分け隔てなく声をかけたのだろう。


「そ、そういえば、お城の人がみんなに声をかけてたのを見かけました。私のところには来なかったけど……」


守川さんは大人しい性格だし、こんな状況で嘘をつくようなタイプではないと思う。

……自分もとくに声はかけられなかったな。


「これって何かおかしいよね……どうするの竹山くん」


風祭さんは帰宅部だが、クラスでは明るく誰とでも話すタイプ……ハブられる理由はないはず。


「今後のことを俺らだけで決めるのはおかしいか……」


もう一度みんなに声をかけて、改めてクラス会議を開くのが無難だろう。

一先ず一旦解散しよう……そう思った、その時だった。


「……一ついいかな」


江戸川がスッと手を挙げた。

正直根暗という印象が強いのであまり期待していない。


「おそらくだけど、もう悠長に話している時間はないのかもしれない。他のクラスメイトに声をかけたにも拘わらずこの場に来なかった……つまり、すでに僕たちが今の状況を疑問視しているという情報は城側には伝わっていると考えるべきだ」


普段碌に喋らない江戸川が流暢に喋っている。

それでいてその言葉にはどこか説得力があった。


(江戸川ってこんなやつだったのか……)


雰囲気に気圧され、竹山はゴクリと喉を鳴らす。


「……じゃ、じゃあ俺たちはどうすれば……」


「この城に留まっておくのは危険だろうね。なんとか外に出たい……僕らはこの世界の事を知らなさすぎる」


城の外に出る……それは健吾も議題に上げるつもりでいた。

まさか江戸川に先に言われるとは思わなかった、それも確定事項としてだ。


「じゃあ他のやつにも声をかけて……」


「止めたほうがいいと思うよ。この場にいないってことはそういうことだから」


それはわかっている……わかっているけど、そう簡単には割り切れない。

でもなんとなくだけど、この城に残ることが良い事とは思えなかった。


「俺らだけ逃げるってのかよ」


「嫌なら竹山くんは残るといいよ。多分、逃げるチャンスは今が最後……いや、ちょっと遅かったか」


江戸川が窓から外を覗くと、部屋の扉を叩く音が響く。


「失礼、こちらに複数名の英傑方が集まっているようなので少し伺いたいことがあるのですが」


こちらの返事を待たずして、扉のノブが回る……が、鍵がかかっていて開くことはなかった。


「施錠を解除していただけませんか。でなければ扉を壊さないといけなくなります」


なおも扉の向こうにいる人物は丁寧な口調だった。

しかしその内容に皆状況を把握し始める。


「扉を壊すってマジかよ」

「うそでしょ、私たちが何をしたっていうの」

「そ、そうだ、窓から逃げれば……」


皆に焦りが出始めるも、江戸川だけは冷静さを失っていない。


「外にも兵士がすでに待機してるよ。退路を断ってから声をかける辺り、向こうの目的は明白だよね」


「何でそんな冷静でいられるんだよ! これじゃあもう逃げられないじゃないか!」


江戸川に詰め寄ると、その瞳が一瞬鋭く光ったように感じた。


「……風祭さんってスキルで花火作れるよね。どれぐらいの規模のものならいける?」


「え? えーっと、3号は5発、4号を1発が限度かな……それがどうかしたの?」


風祭さんの言葉に、江戸川の口角が上がる。


「いいね。あとは……遠藤さん、城門の正確な位置はわかる?」


「う、うん、わかるけど……」


そこまで確認したところで、江戸川はこちらに向き直った。


「この中で一番戦闘力が高いのは竹山くんだ。殿しんがりを任せてもいいかな?」


「お、おう……」


……殿しんがりってなんだ?


「逃走経路を選んでいる暇はない。正面突破で脱出するよ!」


「わ、わかった…………はっ?」


つい返事をしたものの、未だ事態を飲み込めていない。

しかし賽は投げられた――――


「正面と窓の外に3号を、風祭さん――――今だッ!」


「あいよ、たーまやー!」


二つの花火が勢いよく飛んでいく。

事態は飲み込めていないが、これから起きることだけは理解できた。


「マジかよ――ッ」


どんっ! と地響きにも近い破裂音が鳴り響く。

それを合図に、6人はひたすら外を目指して走り出す。

幸か不幸か、道中他のクラスメイトと出くわすことはなかった……。

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