005 変身する魔法少女。
「――――隊長ッ!」
「――ッ!? 俺は一体何を……」
気づけば門の前に行列どころか多くの人が集まっている。
こんな状況でボーっとしていたとは……しかし不思議なことに待っている者から苦情はこない。
それどころか視線は自分の後ろに……
(あぁ……夢じゃなかったんだな)
門というものは押し寄せる魔物の集団にも耐えられるよう、本来内側に開くわけがないのだ。
そもそも人の手で外に開くのさえ大人数必要だというのに……。
「隊長、先程の少女……今からでも追いかけますか?」
「追いかけてどうする? 指名手配犯というわけでもないし……ま、長く生きてりゃこういうこともあるさ」
本音を言えば、あんな馬鹿力を取り押さえるなんて考えたくもない。
ただ問題があるとすれば、この門は元通りに戻せるのだろうか。
「どけ! 道を開けろ!」
人だかりを掻き分けるように、一人の騎士が門番の元へとやってくる。
「おい、これは何の騒ぎだ」
「いえ、騒ぎというほどでは……」
とは言ったものの、ごまかすには異常が大きすぎる。
ほらみろ、騎士様の視線も門の方に……
「…………? まぁいい、それより新しい手配書が発行された。この者も絶対に門を通すなよ」
あ、理解できなくてスルーしたな。
来た時と打って変わって静かに戻っていく騎士だったが、最後にもう一度だけ門の方へ振り返った。
「……そういう日もあるか」
そしてなんとか自分を納得させていた。
「隊長、新しい手配書ですか?」
「あぁ、これも女の子のようだな。珍しい偶然もあるもんだ」
門番は今朝発行された手配書の隣に新しい手配書を貼りつけた。
……うん、こうして並べて貼ると実に既視感がある。
「あの……隊長、これって……」
「勘のいい門番は長生きできねぇぞ」
長く門番を続ける秘訣は、去る者を追わないことだ。
さて、できるかどうかわからないが、一先ず門を元通りに戻すとしよう……。
◇ ◇ ◇ ◇
「門番の人たち固まってたねー」
「まぁ結果オーライ……かな?」
弁償とか言われなくて良かった。
「てか紅たん、変身してなくてもめっちゃ力強いんだね」
「いやいや、あの門が安作りだっただけだよ」
絶対そんなことない……と華蓮は思ったが、それ以上追及はしない。
むしろ好都合だと感じていた。
(これは城出てこっち側についたの正解っしょ)
桜田華蓮……派手な見た目とは裏腹に、割と打算で動く女である。
「それで華蓮、他の町ってどこなの?」
「んー……とりまこの街道進めばどっか着くっしょ」
そりゃどこかには着くだろ……。
街道と呼ぶには道が汚いけど、文明的に考えると綺麗なほうなのだろうか。
「この道を歩くのかぁ……」
「紅たんが走りたいなら、あーしをおぶってもらうよー?」
「それはちょっとヤダな……」
「絶対目立つよねー」
目立つのは慣れてるからいい、だって魔法少女だもん。
でも誰かを背負って走るのは速度の加減が難しいのだ。
「まー田舎道を歩くと思えばそう悪くはない……か」
何か忘れているような気がするけど、思い出せないということは大したことじゃないだろう。
二人して道らしき道をノンビリ歩き始める。
すると、前から武装した者が数名歩いてきた。
門の近くでも見かけたが、おそらくあれが冒険者というものだろう。
特にこちらを気にした様子もなく、すれ違い様に自然と会話が耳に入った。
「まだ依頼終わってないけどいいのかー?」
「それよりこっちだろ、一攫千金の夢があるぜ」
「喋る鳥……いや、魔物の可能性もあるか」
「どっちにしても高く売れるな」
景気が良いようでなによりだ。
「喋る鳥かぁ……そういえばグリ公どこにいるんだろ」
決して忘れてたわけじゃないよ?
思い出すのがちょっと面倒だっただけだよ。
「ていうか、あれグリっちじゃないの?」
冒険者の一人が、捕まえた鳥をロープで縛り背負っていた。
たしかにグリ公に似ている……。
「……んなわけないでしょ」
「んなわけあるんだよッ!」
本物のグリ公だった。
思い出した後も面倒な事態にするなんて傍迷惑な。
「面倒そうな顔してないで早く助けてよ!」
「助けろと言われてもねぇ……」
冒険者たちはジロリとこちらを睨みつける。
きっと彼らにとってグリ公は戦利品なのだ。
「なんだい嬢ちゃん、ひょっとしてこの鳥の知り合いか何かか?」
鳥の知り合いってよくわかんないワードだ。
「んー……ギリ知り合い?」
「相棒なのに顔見知り程度の扱い!?」
だって喋るフクロウなんて得体が知れないし。
「よくわかんねーが、助けるって言い方はちと語弊があるよなぁ。それじゃあ俺たちが悪者みてぇじゃねーか」
思いっきりガンを飛ばされ、冒険者というよりは山賊に見えてきた。
しかし言っていることは今のところそれほどおかしくはない。
「たしかに、この場合悪いのは捕まったグリ公か」
「それは……油断してたボクも悪いとは思うけど」
「まぁまぁ二人とも、ここは双方納得いく取引をすればいいわけっしょ」
そう言って華蓮は金貨袋を取り出し、冒険者たちの前に差し出した。
「おにーさんたちさ、その鳥売るつもりだったんでしょ? じゃああーしらに売ってくんない?」
「よし売った!」
「紅たんに言ったわけじゃないよ?」
もちろん冗談だよ?
本気で言うほど落ちぶれてないよ。
でもそのお金を失うのはちょっと惜しい気がする。
「……紅葉、キミちょっと本気だったでしょ」
「んなわけないじゃん相棒!」
大体お金で解決できるとも限らない。
実際冒険者たちはヒソヒソと何かを相談している。
「どうする? けっこうな額だぜ」
「いやいや、むしろあんなんじゃ足りねぇだろ」
「ここまで流暢に喋る鳥なんて金のなる木だよな」
「でもこの鳥公ちょっと小言うるさいと思わない?」
「たしかにそんな感じはするよなぁ……ん?」
いつの間にか密談に参加していた紅葉に、冒険者たちの冷たい視線が向けられる。
「……冗談じゃん」
ちょっと乗って来た癖に案外狭量だった。
「なにしてんの紅たん」
「ちょっとした情報収集だよ。なんかおっちゃんたち、あのお金じゃ足りないって思ってるみたい」
金貨袋はけっこうな重量感があるように見えるが、いまいちこの世界の貨幣価値がよくわからない。
まさかグリ公の価値がすごく高いというわけでもないだろうし……。
「なんだか紅葉が失礼なこと考えてる気がする」
やっぱり失礼なグリ公はもっと安いはずだ。
「そっかー足りないかぁ。紅たんならこういう時どうやって解決する?」
「こういう時って言われても……人質がいる的な状況ってこと?」
基本的にそうなる前に解決するけど、一度だけ一般市民を人質に取られたことがある。
あの時は困ったなー、人質に何かあると私が悪いみたいになるし。
「そういうことなら……でもこれ以上騒ぐと手配書とか増えたりしない?」
一人で二人分の指名手配なんてきっと前代未聞だ。
「変身すれば問題ないじゃん」
「あ、たしかに」
もう指名手配されてるもんね。
「じゃあ華蓮、ちょっと変身するから壁になってよ」
背後に回り変身しようとすると、華蓮は振り返った。
「……何でこっち向くの」
「だって魔法少女の変身シーン見れるとか超レアじゃん」
「ダメだよ、TPOは弁えてくれないと」
「ちぇー」
魔法少女の変身シーンはそう簡単に見られていいものではない。
ふぅ、と紅葉は一呼吸おいて気合を入れた。
これは失敗する可能性もある一種の儀式なのだ――――
「ルージュリカルルカル ルリララリリカル ルンルンルシファー トランスフォーム!」
――――紅葉の体を光の粒子が包み込む。
それは体にピタリと付着し、赤を基調とした魔法少女の衣装を形作った。
もちろんこれで終わりではない。
ここでポーズと同時に決めゼリフだ。
「紅いルージュは血統書 魔法少女ルージュ 見参ッ!」
はー……なんとか今回は噛まずに言えた。
噛むと最初からやり直しなんだよね。
「もうこっち向いてもいいよ」
ふふん、本物の魔法に驚くがいい。
「うん……ルンルンルシファーってなに?」
「さぁ山賊共、私の相棒を返してもらうわよ!」
「ねぇ、ルンルンルシファーってなに?」
そんな陽気な堕天使は私だって知らないので聞かれても困る。
「おいおい、なんか変な女の子が現れたぞ」
「派手な服だなぁ、恥ずかしくないのか?」
「さっきまでいた地味な子はどうした?」
「つーか山賊じゃねーよ」
なぜこうも……なぜこうもこの世界では魔法少女の衣装が受け入れられないのだろうか。
元の世界では真似してコスプレする人だっているぐらいなのに。
「まぁいいわ、変身後ならもう遠慮する必要はないし、一撃で決める」
とはいえ、さすがに罪なき人を直接攻撃するほど私もバカじゃない。
ちょっと目くらましができればいいのだ。
「華蓮、グリ公、目を瞑るぐらいじゃ足りないから、ちゃんと手で抑えておいたほうがいいよ」
グリ公は私が何をしようとしているのかすぐに察し青ざめる。
それを見た華蓮は、素直に手で目を抑えた。
「ちょっと待ってルージュ、ボクは縛られて――――
「じゃあ行くよ――――ルージュ・フラーーーッシュ!」
ルージュが空に向かって手を掲げると、一際強い光が周囲を赤く染める。
一瞬だけだったが、それはまるで夕日を何倍にも眩しくしたかのようで――――
「し、視界が真っ赤に――」
「うぎゃあぁぁぁっ!」
「何も見えねぇ……!」
「畜生! 何しやがった!」
「何でボクまでぇぇぇぇぇっ!」
冒険者とグリ公は視界を奪われ悶え始める。
そしてもう一人、その場に膝を付いた。
「目がぁ、目がぁぁぁぁぁっ!」
放った当人であるはずのルージュまで、その眩しさに悶え苦しんでいた。
「何この地獄絵図、あーしにどうしろっての……」
華蓮は仕方なく、グリ公とルージュを引きずりながらその場を離れていった……。