002 脱走する魔法少女。
召喚された日の夜、城ではパーティーが開かれていた。
しかし生徒たちは、三つのグループに別れ始めている。
一つ目は、強い職業だったのか本人も乗り気な者たち。
勇者に選ばれた者も戸惑いつつこちらに属している。
スクールカースト的にも元々上位にいそうなタイプが多い。
私はあまり関わりたくないな。
二つ目は、微妙な職業だったのかいまいち乗りきれていない者たち。
中には周囲に流されず、冷静に状況を判断している者もいるのかもしれない。
ただそこはかとなくモブ感がある。
三つ目は、興奮が冷めて現実を直視し動揺を隠せない者たち。
一人一人あてがわれた部屋に引きこもって出てこない者もいた。
その原因は、あの王様の発言だろう。
『帰りたい……? あ、あぁ……魔王を倒せば帰れるぞ』
すぐには帰れない……それを知って泣き出す子までいたぐらいだ。
そんな私も今は部屋から出るわけにいかない。
なぜなら……
「……変身解除」
魔法少女の衣装は粒子に分解され、元々着ていた制服へと姿を変えた。
そして髪は赤からちょっとだけ茶色寄りへ……
「そうだよ! コスプレみたいなもんだよ!」
これが魔法少女の真実……変身して変化するのは着ている服だけみたいなものなのだ。
髪の色は元々赤に近いので少ししか変化しない。
だからせめて髪型をツインテールからポニーテールへ、そして伊達メガネを掛ける。
変身してない時に変装しなくちゃいけないなんて意味がわからないよ。
「ちょっと、急にでかい声出さないでよ」
目の前にいる使い魔のフクロウは何も変わらない。
よく今まで正体がバレなかったものだ。
「それでグリ公、怪人の気配は全然ないの?」
「グリ公じゃなくてグリフォンだっていつも言ってるじゃん。はぁ……怪人の気配は今の所ないね」
使い魔であるフクロウだが、自称グリフォンである。
私は認めないのでグリ公と呼んでいる。
「こちらから帰れないとなると、ゴールドとアクアが気づいてくれるのを期待するしかないのかな」
グリ公の言うゴールドとアクアというのは、私と同じ魔法少女である。
ゴールドは黄色がトレードマークの衣装を着ていて、ビームを放って戦う遠距離タイプ。
アクアは青色がトレードマークの衣装で、回復や支援を得意とする後方支援タイプだ。
でも彼女達は助けに来ないだろう、私はそう確信している。
「ないない、あの二人なんて今頃私がいなくなって清々してるよ」
「なんてことを言うんだルージュ! 二人はキミの仲間だろ!」
あぁ……グリ公は知らないんだ。
「二人とも裏アカで私の悪口SNSに書き込んでたからなぁ……」
「えっ……?」
あれを知った時はショックだったな。
「うそでしょ……あの二人がそう言ったのかい?」
「殴って吐かせたに決まってるじゃん。何か私の悪口多いし、怪しいと思ってたんだよね」
グリ公は頭を抱えた。
(道理で最近一人で活動してるな、とは思ったんだよね。ダメだこの子、早く何とかしないと……)
………………
…………
……
召喚された日から一週間ほどが経過した。
一緒に召喚された生徒たちは訓練場で戦闘訓練を受けている。
もちろん全員ではない。
仕方なく参加、あるいは戦闘職ではないので見学する者、ずっと部屋に引きこもっている者など様々だ。
メインで訓練してるのは、当たりと思われる職業だった者だろう。
「ルージュは参加しないの?」
ルージュもほとんど部屋に引きこもっていた。
そもそも部屋から出る度変身しないといけないので仕方がないのだが……。
「私が? 冗談でしょ」
「でもほら、この世界には魔物とかいうのがいるんでしょ? それがどれほどの強さなのかもわからないし……」
魔法少女は対怪人に特化した存在だ。
この世界で彼女がどれほど戦えるのか……グリ公はそれを心配していた。
「魔物ねぇ……」
ルージュが窓から外を見ると、今日も戦闘訓練に励む生徒たちの姿が見えた。
「それがどういうものか知らないけどさ、あれって魔物相手に意味のある訓練なの?」
魔物が人型だというのなら納得だが、そうじゃないのなら人同士で剣を交える意味があるとは思えない。
「そりゃまぁ実際の魔物で訓練するわけにはいかないだろうし、必然的に対人での訓練になるのは仕方ないよ」
「私は初めて魔法少女になった時もいきなり怪人と戦わされたけど?」
グリ公はジトッとしたルージュの視線から逃げる……しかし回り込まれてしまった。
「……魔法少女ってそういうものじゃん?」
こいつ、開き直りやがった。
その日の夜、ルージュは変身しグリ公と共に窓から外に出た。
「じゃあボクは上空から地形を把握してくるよ」
グリ公は空高く飛翔していった。
空を飛べるってずるい。
「さて、じゃあ私は城下町でも目指すかな」
目的は情報収集だ。
この城にいてはあまりにも情報が制限されている。
「なーんか怪しいよね」
屋根の上から見渡すとよくわかる。
かなり広い上に警備も厳重……それも外より内を警戒しているように見えた。
(ま、簡単に見つかるほどマヌケじゃないけどね)
こういう時は別の場所に注意を引きつけて警備を誘導するのが良いだろう。
ふふっ、スニーキングミッションもこなせる自分の多才さが怖いよ。
誘導するなら……そうだな、ここに派手さはいらない。
無難な手段をとるとしよう。
「キャーッ! 魔物よ、魔物が侵入しているわ!!」
絹を裂くような完璧な悲鳴……私ってば演技派だなぁ。
「おい見ろ、脱走者だ!」
城内に笛の音が鳴り響く。
すると、ぞろぞろと警備兵が集まり始めてしまった。
「……誘導には成功したよね」
結局派手になってしまう魔法少女の宿命か。
ふぅ……星空が綺麗だ。
「おい、なんか感傷に浸ってるぞ」
「なんだあの奇妙な服装は」
「それより早く取り押さえるぞ」
「そうだな、他の異世界人を刺激しかねん」
よほど城の外に出したくないらしい。
さらに言葉でこちらを動揺させてくるとは卑怯な連中だ。
「いいか、絶対に殺すなよ。拘束魔法で取り押さえろ!」
警備兵の声は全てこちらにも筒抜けである。
何をしようとしているのか隠そうともしないなんて馬鹿にされて……
「え、魔法? どうしよう、私ニチアサタイプなのに」
シンヤタイプの魔法少女は魔法同士での戦いに慣れているらしいが、残念ながら私にそんな経験はない。
「チェーンバインド!」
複数人から放たれる魔法……正直遅い。
躱すこともできるけど、命までは取られないようだし受けてみるのも一興かと思った。
「ハッ、でも捕まったらあんなことやこんなことをされてしまうのではッ!?」
魔法少女が敵に捕まる……しかもそれがかわいい私となれば待っているものは決まっている。
あわわわわっ、そっちのタイプはさすがに予想外だよぉ。
体をギュッと鎖が纏わりつく感覚が襲う。
それも一つや二つではなく、グルグルの簀巻きにされているようだった。
「くっ、これじゃ身動きが取れない。しかも魔法だから簡単には――
バチンと何かの弾ける音がした。
同時に、体を襲っていた束縛感がなくなっていく。
「えぇ……ちょっとガッカリかも」
ファンタジーな世界にある本物の魔法がこれとは……。
「うそだろ……」
「おいおい、どうなっているんだ」
「力で無理矢理解除したぞ」
「ええぃ、異世界の女は化け物か!」
警備兵たちは狼狽していた。
無理矢理というほど力を込めたわけでもないのだけど……。
「まぁいいわ、じゃあ今度はこっちの魔法ってものを見せてあげる」
とはいえ、怪我をさせたりしたらお尋ね者にでもなりかねない。
こんな時はアレを使うとしよう。
「ルージュ・アイ!」
自分で説明しよう!
ルージュアイとは、周囲の生命反応等を視覚化する魔法なのだ。
これによって逃げ遅れた人なんかを救助……したことは今の所ないけど、逃げて泣き叫ぶ怪人を追い詰めるのによく使っていた。
(えーっと、人がいない場所は……)
一か所だけ、まったく生命反応のない広い空間が見えた。
ここなら狙っても大丈夫だろう。
「それじゃあ行くわよ!」
ここは威力より派手さを重視して、より魔法らしさを演出していく。
ギュッと握りしめた拳に赤い粒子が集まり始め――
「愛と勇気の――――ルージュ・インパクト!」
赤い光が視界を染め上げる。
眩しいけど威力は抑えめだ。
(あれ? でもこれって思ったよりしょぼいとか思われそう?)
まずい、もう光が収まっていく。
でもポーズはかっこよく決めないと……。
「ふぅ……」
今回はちょっと哀愁を織り交ぜた悲しめの表情がいい感じかも。
ほら……そろそろ聞かせてよ、歓声ってやつをさ。
「……う、うそだろ」
「跡形も……」
「謁見の間が……」
反応がどちらかというと怪人側だ。
おかしいな……ん? 謁見の間?
目の前にあるのは崩れ落ちた広い空間。
元々天井が高い部屋だったのか、実は損傷はそんなでもない。
それにしても、何でここだけこんな無駄に広いんだろう。
赤い絨毯の切れ端……まぁお城だし珍しくないよね。
なんかちょっと豪華そうな椅子の残骸……でも一脚だけ?
「あー……謁見の間かぁ」
王様がなんか偉そうにしてる場所ね。
はいはい、知ってる知ってる。
……どうしよう、ばっちり国賊じゃん。
「やっちまったなぁッ!」
私は怖かったので、とにかくその場から跳んで逃げた。