001 巻き込まれた魔法少女。
怪人――――それは人の負の感情を糧とし、己の欲望のまま破壊の限りを尽くす。
その力は強大で、人類の兵器を凌駕していた。
あまりにも人は無力で、なすすべなく奪われる――――誰もがそう思った時、選ばれし少女たちが怪人へと立ち向かう。
少女たちは可憐に空を舞い、眩い光で怪人を屠っていった。
そして誰かがこう呼んだ――――本物の【魔法少女】だと。
怪人は昼夜問わず現れる。
それを一羽のフクロウが上空から観測していた。
「ルージュ! 標的は市街地のほうだ!」
その声に応えるように、赤髪のツインテールが風になびく。
「やめてよー、またテレビ局が来ちゃうじゃない」
うんざりした態度だが、ルージュと呼ばれた少女は軽々と屋根から屋根へと跳び標的を追う。
そして標的が飛び込んだ建物の前で足を止めた。
「うそ……ここに入ったの?」
それは同じ市内の中学校だった。
来るのは初めてだが名前ぐらいは知っている。
まだ怪人の存在に気づいていないのか、グラウンドでは体育の授業が行われていた。
「間違いない、反応は3階からだ。急ぐんだルージュ!」
「うちの学校と同じだとしたら3階は3年生かなぁ……」
フクロウは少女の肩に乗る。
『何を立ち止まってるんだ、さっさと行け』という視線を感じた。
こちらが気乗りしないのを理解しているのだ。
「あぁもう、わかってるわよ!」
「むむ、あの教室で反応が強くなった。見てルージュ、怪人が本性を現したよ!」
ルージュが3階の高さまで跳ぶと、漆黒の化物が今まさに生徒に襲い掛かろうとしていた。
響き渡る悲鳴……しかし生徒たちが逃げ出すより速く、魔法少女のステッキが飛んだ――――
「グアァァァァァッ!」
怪人は野太い咆哮と共に霧となって消えていく。
残ったのは床にめり込んだステッキだけだった。
「ふぅ、一丁上がり」
ルージュがステッキを回収すると、フクロウは呆れていた。
「ステッキ投げないでっていつも言ってるのに……」
「だってこうした方が早いんだもん」
魔法少女とその使い魔のやり取りを見て、生徒たちはようやく状況を理解した。
「すげぇ、魔法少女ルージュだ」
「ほ、本物……?」
「決め台詞とかなかったよね?」
「やばぁ、これ絶対バズる」
皆スマホを取り出し、ルージュへと向ける。
するとフクロウは翼を広げ、その姿を隠した。
「ほら、写真を撮られない内に早く戻ろう」
「そだね、私も学校に戻らないと――――
そう思った矢先――――教室は眩い光に包まれた。
「ちょッ、なにこれ!」
「わからない! 怪人の気配はもうないはずなのに!」
光は、ただ周囲を真っ白に染め上げていった……。
………………
…………
……
視界が定まっていくと、そこはまるで物語の世界に出てくるような玉座の間だった。
足元には巨大な魔法陣が描かれており、甲冑を身につけた者たちに囲まれている。
「ここは……」
一人の生徒が言葉を発すると、玉座に座る太った老人は笑みを浮かべた。
「ほう、言葉が通じるようだな。召喚は無事成功したようだ」
その言葉に生徒たちはざわつき始める。
「なにこれ、なんかの撮影?」
「いやいや、最近流行りのあれじゃないの?」
「よっしゃ! 異世界キタコレ! チートもらえんの?」
「ハズレスキルが後から覚醒するタイプもいいよな」
「どうせ俺が追放されるんだ……ヒヒッ」
反応は様々だが、この状況に異を唱える人物はいなかった。
王は立ち上がり、先ほどの笑みとは打って変わって悲観的な表情へと変わる。
「おぉ、異界より召喚されし30名の英傑たちよ。我々の国は魔物の脅威に晒されております。是非ともそのお力を貸していただきたい」
それを聞いて一部の生徒はガッツポーズすらとっている。
しかし、ルージュは嫌な予感がしていた。
(1、2、3、4…………全部で30人か……私を除けば)
――――無関係やんけッ!
ルージュは最後尾で、心の中で強く叫んだ。
(これ私関係ないやつだ……絶対深夜アニメでやるやつじゃん。私は日曜の朝に報道されてなんぼなのに)
すごく居心地が悪い……もうやだ、お家帰りたい。
「それではこれより、英傑方の職業をこちらで診断いたします」
すでに魔法陣が消え去った玉座の間に、一つの台座と水晶が用意される。
なんでも異界から召喚された者は、そのほとんどがその者に合った特別な力を授かるらしい。
(学生の職業は学生とちゃうんかい)
やはりファンタジー的な職業のことなんだろうか。
なんとも都合の良い話だ、と思いつつもルージュは魔法少女という身の上なので何も言えなかった。
一人、また一人と水晶に触れ、与えられた力を自覚していく。
「俺、【剣聖】だってさ」
「さすが剣道部主将は違うねぇ」
「私は……【聖女】?」
「優しい南さんにお似合いだね」
「俺【飛脚】だった……ハズレかな?」
「ハズレは上位互換覚醒フラグっしょ」
一喜一憂する生徒たちだったが、最後の男子生徒が水晶に触れると、今度は城の兵たちがざわつき始めた。
「おぉ、勇者だ……」
そして今までどこに隠れていたのか、ドレス姿の少女が男子生徒に抱きついた。
「あぁ勇者さま、どうかこの国を救ってください」
勇者となった男子生徒は戸惑っているが、同時に鼻の下も伸びている。
まんざらでもないようだ。
騒ぎが落ち付くと、緊張が解れたのか最後尾にいたルージュに皆気づき始めた。
「え……魔法少女ルージュまでいるじゃん」
「うわ、ホントだ」
「うっそ、何でいるの?」
そんなの私が聞きたいわ!
そして玉座の王もまた、ルージュの存在に気づく。
「む? 一人珍妙な格好の者がいるな」
そりゃ私だってちょっと恥ずかしいけど、珍妙はひどくないですか……。
「すでに30名診断し終わったはずじゃが……まぁよかろう。そこの者もこちらで診断するといい」
そっちが良くてもこちらはよろしくない。
ほら、皆の視線が集まっちゃったじゃん。
「なんで変身解かないんだろ」
「そりゃ人前で変身解かないでしょ」
「実はただのコスプレだったりしてな」
好き放題言われるのは慣れている。
でもコスプレ呼ばわりした奴、お前は絶対偶然装って怪我させてやるからな。
「ルージュ……今すごいこと考えてなかった?」
「ま、まさかぁ……ていうか喋るフクロウなんて魔物扱いされても知らないよ?」
フクロウはその言葉に硬直し、まるで置物のように動かなくなった。
ずっとそこに居られると肩が凝るんだけどな……。
(私の職業か……)
巻き込まれるような形になったが、よくよく考えてみるとこれは好機だ。
私ももう中学3年生……正直魔法少女としてはギリギリの年齢だろう。
むしろちょっと痛々しささえ感じる。
これが高校生になっても続ける羽目になったら……。
「ただの生き恥ッ!」
つい声に出してしまって王様がビクッと反応した。
びっくりさせてごめんなさい、謝るので良い感じの職業をください。
そして私は――――魔法少女を卒業する!
水晶に触れた手がほんのりと温かい。
これは……まぁさっきまでいろんな人が触れてたからだね。
そう考えるとあんまり触れていたくないな。
「これは……初めて見る職業じゃ」
水晶に浮かび上がった文字に、城の者は驚きを隠せなかった。
そう、私の職業は……
【魔法少女】
……だと思ったよ!
当然奇異の視線が針のように突き刺さる。
「魔法少女って職業なんだ……」
「私の魔法使いと何が違うの?」
「そりゃ少女限定じゃないの」
今度は疑惑の視線が突き刺さる。
わかってる、わかってるよ。
来年はもう女子高生だもの、少女って歳じゃないよね。
隠すことのできない女性としての色香が――――
「……まぁ少女か」
「かわいいよね」
「俺の2個下の妹があれぐらいだわ」
……ん?
「ルージュは年齢の割にちょっと小さいからね」
フクロウがボソリとそう漏らした。
あ…そう……。
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