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あなたが殺されると言うのなら

 かつて穢れた大地を浄化する聖女がいた。

 けれど、最後の聖女の強い意志により、二度と聖女は召喚出来なくなった。

 聖女頼みにしていたが故に、歪んで澱んだ世界を残して。

 ――ここは聖女の消えた後の世界。





 皇帝である祖父が、父を殺した。

 それは六歳のアシュバルトの目の前で起こる。


 震えるアシュバルトの前で、兵士に押さえられた父は、祖父に剣を刺されていく。刹那、父の目が自分を見た気がしたのは気のせいか。

 祖父は憎しみに歪んだ顔をしていた。烈火のごとくの怒りをぶつけるように、父を嬲り殺していく。


「お前を産んだから!アイラは死んだ!お前が殺した!もう二度と呼べん!!くそ、死ね、死ね、死ね……!」


 吠えるような祖父の声。

 それはアシュバルトの幼い心にひびを入れていく。


 その時、幼いアシュバルトの心にはまだ何かきらめくものが残っていた。灰色に濁ったガラスの中にでも、点のような小さな光の粒が輝くように。


 血だまりが広がるのをアシュバルトは見ていた。生温かいそれが座り込んだ小さな体に染みていく。すると、心の中の小さな光も消えていく。塗りつぶされるように。世界は暗く、黒く、変わっていく。もう、何も光は見えない。


(聖女はいない――)


 幼いアシュバルトに分かったのはそのことだけ。

 祖母が死んだのだという。聖女だった。自らの意思で、この世界の聖女召還に必要なものを携えて、死の橋を渡ったのだと言う。彼女はまさしく聖女。心の淀みを簡単に浄化し、アシュバルトの心を澄み渡らせてくれていた。残してくれたその最後のきらめきは、今消えてしまった。


 大陸の7割ほどを占める大国リューシュアン。殺りくに殺りくを重ね領土を広げていく巨大帝国、その現役皇帝である祖父の様は、残虐王として民に恐れられていた。けれど、その祖父にとっても、祖母は正しく聖女だったのであろう。祖父を救うのは聖女だけだった。その怒りは、祖母の死に関わった父すら殺してしまった。


 帝国の血を色濃く引き継ぐアシュバルトは、この日父に代わり、皇太子になった。アシュバルトの少年時代は六歳にして終わることになる。

 救いの聖女はもういない。絶望に染められ、血塗られた国土を、次代に統べるものとして――







 ミレッタは死ぬ前の記憶を思い出した。

 民に罵倒されながら、誰にも信じられることなく、ギロチンで首を落とされるのだ。

 ミレッタはまだ八歳。記憶がもたらす恐怖に泣き叫び、使用人たちを心配させた。


「おとうさま、おかあさま……」


 母は病気で静養地に旅立っていた。父は王都で役人をしており帰ってくることは少なかった。ミレッタは孤独な子供だった。そうして……時が巻き戻っているのだと理解する。今は死ぬはずの10年前の貴族の屋敷の中で、自分は幼い令嬢だった。


(魔女と呼ばれていたわ)


 皇太子の婚約者だったけれど、魔女として断罪され処刑されたのだ。魔女とは、この世の穢れを身に受けるものと言われていたけれど。


(でも、実際には大地の瘴気を身にまとい、呪いや魔術を使う者のこと……)


 大地の瘴気は人体を蝕む毒のようなもの。死んだ方がましなほどの苦痛に耐えかね、普通ならば使いこなす前に死んでしまう。稀に耐性のあるものが、狂い死ぬ前に恨みや憎しみの為にその力を使ってしまう。かつてのミレッタがそうだった。


(怖い、怖いわ……)


 瘴気は人の心を狂わせる。肉体に耐えられないほどの苦痛を与える。あんなものが存在する世界に、また生まれなおしてしまった。


(もう二度と瘴気に呑まれませんように……)


 幼いミレッタには祈ることしか出来ない。






「おかあさま……」


 我がままを言い、静養地に寝たきりの母親に会いに行った。綺麗に整えられた部屋は、母が大切に看護されているのだと伝えていた。ベッドの上で、骨と皮のようにやせ細った母親がやっと息を吸えているかのように眠っていたが、けれどミレッタは驚きに息を呑んだ。


 黒い霧のように見えるものに母の体が包み込まれている。

 手で触れようとしても触ることが出来ない。そんなものをこの目に初めて見た。ぞっとした。これはきっと、ずっと恐ろしくて逃げ続けていた影だ。


 瘴気……瘴気よね。どうして?

 ミレッタは混乱する。以前はこんなもの目に見えなかったのに。瘴気が見える人なんてそもそも聞いたこともない。どうしてこんなことに?私が魔女として死んだから……?


 そうしておかあさまはどうして……?


 瘴気は本来健康な人間には影響を及ぼさないはず。だけど……病気で弱っている母は、瘴気に侵されてしまったのだろうか。


「おかあさま、元気を出してください」


 ミレッタが泣きそうになりながらそう言うと、母は苦しそうに顔を歪めながら目を開けた。ゆっくりと視線が向けられ、目が合うと、母はほんの少し表情をやわらげた。


 ドキリとする。

 瘴気に肉体を蝕まれた人は皆「殺してくれ」と言うのだと。それほど苦しいのだと。魔女として殺されたミレッタは誰よりも知っている。

 それでも母は……弱々しくも笑顔を浮かべた。


「ごめんなさいね、そばにいれなくて」


 震える手を伸ばそうとしながら。子に心配をかけないようにと。母の愛が間違いなくあった。


「私がそばにおります……おかあさま」


 ミレッタは泣きながら、母の手を握る。

 ほんの少しでも苦痛が和らぎますように……ミレッタはそんなことしか願えない。


 ミレッタの白魔法の力はとても弱い。この瘴気などにはとても太刀打ち出来ない。これを祓えるのは、きっと聖女様だけなのだろう。もうこの世界にいないという聖女様。


 ほんの少しの浄化の魔法を母に掛けると、それでも母はほっと息を吐いて、満たされたようにありがとうと礼を言った。


 母はそれからもずっと娘には笑顔を向けていた。笑えるはずもない苦痛を抱えていたはずなのに。せめて辛い顔は見せないようにと。

 そうしてその三か月後、何もしてあげられることなく母は亡くなった。






 ――この世界には聖女がいた。


 最初は、異界から意図せず訪れた可憐な少女であったという。

 大地の瘴気を祓い、人々に聖女と呼ばれ敬われた。神の国からやってこられたのだと。少女は帝国の皇子と恋に落ち、祝福され子供に恵まれた。愛され満たされ、最初の聖女は、この世界に訪れることが出来て本当に良かったと、誰に対しても語っていたという。


 子供には聖女の力は引き継がれなかったが、それでも最初のうちは国は安泰であった。100年程経ったころ、大地にはびこる瘴気が増え、そこから魔物が生まれ出した。そうして初めて、聖女を『意図して召喚する儀式』が行われたのだ。聖女様の異界から持ち込まれた遺品を使い、その世界の聖女の能力を持つ若い女性を呼び寄せた。


 どの聖女も、皇子と婚姻をし、そうして子をもうけた。大地を浄化し、国は繁栄する。それを長い年月繰り返しているうちに、国も気付いていく。「戦により大地が血塗られたときに、瘴気が増えていく」「ならば数多く聖女召還を繰り返せばいい」そうして、大地を地に染め、大陸中を穢し続けながら、巨大帝国リューシュアンが生まれた。


 それが聖女たちの涙によって紡がれた歴史だと知らずに。自分たちの力で成し遂げたのだと。慢心と傲慢があった。


 祖母が泣き暮らしながら絶望を嘆くさまを見ていたアシュバルトはそれを良く知ってた。祖母に異常な執着を見せる祖父を彼女は間違いなく憎んでいた。

 あの六つの歳。異界から持ち込まれた歴代の聖女の遺品の全てを消し去り祖母は自殺した。彼女はこの世界の最後の聖女となった。その行動にどれだけの覚悟が込められていたのかは想像に難くない。


 ――世界から聖女は消えた。二度と召喚することは叶わない。


 大地の瘴気はもう二度と聖女によって浄化されることはない。血塗られた帝国の歴史を引き継ぐ残虐王を残し、瘴気だけが溢れていく世界がここにある。今生きている者たちは、おそらくそれなりの危機感は持っているのだろう。けれど現実的には深く考えてはいない。他人事のようなのだ。瘴気に大地が蝕まれて、世界が崩壊してしまう――そんな未来がやってくるのだとしたら、自分たちが死んだはるか未来のことになるのだろうから、と……。






 10の歳、ミレッタは王宮に連れてこられた。

 前の人生と同じように、皇太子と対面するために。


 煌びやかな王宮を見つめながら、ミレッタはため息を吐いた。


(出来るならお逢いしたくもなかった……)


 沈み込む気持ちでそんなことを思う。婚約者になどもうなりたくないのだ。けれど一度も挨拶すらせず逃げ回ることは現実的ではないだろうと諦めた。


 父は気弱な役人。断り続けることなど無理だ。


 かつて……ミレッタは、優しい笑顔の皇太子に一目ぼれをし、政略的な婚約であったのに愛を望み、愛されない絶望の中に瘴気に呑まれた。ミレッタは、今では自分の幼さを恥じている。


(おかあさまは、瘴気に体を侵されながらも、私に優しく微笑んでくれた……)


 母の笑顔を思い出す。

 生きながら死人のような体つきをしていたのに、最後まで娘に笑顔を向けた。見ているだけで哀しくなるもろい肉体をしていたのに……無理をして生み出す、ほんの少しの笑みはとても輝いていた。

 肉体の苦痛を見せずに、優しさだけを与えようとしてくれた人。


 自分にはそんなこと出来なかった。やろうとしたこともなかった。

 だけど、母はその愛を持って強い生き様を見せてくれた。人の心は、体は、もろく弱く……そして強い。母はミレッタにそのことを教えてくれたのだ。



 王宮に付いた時点で、ミレッタは、違和感に気付いていた。

 母に感じたような、恐ろしい気配がする。


 この感じは……きっと瘴気なのだわ。

 なぜ……と思う。王宮が瘴気に侵されている?どうして誰も気が付いていないの?見れる人は……いないの?


 出来るなら一刻も早く立ち去りたいと思う。挨拶だけをして当たり障りなく早々に帰宅するのだ。


 どうしても怯えてしまう。恐ろしい。この瘴気はかつて自分を死に至らしめたのだ。

 自分の弱さと悲しみが瘴気を呼び寄せてしまったと思っている。最後には望んで体に引き入れて……魔術を使っていたのだから。それでも……肉体が恐怖に縛られる。思い出してしまう。


 本当は王宮にいるだけでも恐ろしい。

 皇太子に出逢ったらどうなるのだろう?私はまた恋に狂ってしまうのではないの?


 ああ、違う……違う、とミレッタは思う。

 瘴気が恐ろしいんじゃない。きっと私は私が恐ろしい。恋は、自分で自分の手綱を握ることが出来なくなる。理性を手放し感情だけに支配されてしまう。あの自分は……きっと狂っていたのだろうから。




 お茶会という名目で、庭園に用意されたその場所は、とても懐かしい場所で。

 鮮やかに咲き誇る花たちに囲まれるように、皇太子は待っていた。サラサラとした柔らかそうな金色の髪が風に吹かれている。温かな春の太陽の日差しを浴びて、優しそうな笑みを浮かべていた。あの日一目ぼれしたそのままの姿。


 ミレッタは息を呑む。

 だって――恋に落ちるより衝撃的だったのだから――ミレッタより二つ上なだけのまだ子供のその姿の、何十倍にも膨れ上がった黒い霧のような瘴気が彼を覆っているのだ。

 これでは、まるで怪物だ――

 悲鳴を上げそうになるのをなんとか堪えた。けれど心臓は早鐘を打っている。


 これは本当に恋した皇子様なの?だって……こんなの生きていられるはずがない!どうして彼は……生きているの?どうして狂っていないの?どうして笑顔を浮かべているの?どうしてどうしてどうして。


 疑問が尽きなかった。

 正気を保てるわけがないのに!苦痛に耐えられるわけが……ないのに!と。


 呆然としているミレッタを父が促した。意識を戻すと、礼をし震える声で挨拶を交わす。

 変わらぬ優し気な声だった。

 彼は前に出逢った時と同じように……柔らかい笑顔で出迎えてくれている。何も変わらない。だけどなにもかもが違った。


「庭を案内しましょう」


 心もそぞろに会話を繰り広げたあと、大人たちの計らいで二人きりにさせてくれるようだった。


 差し伸べられた手にそっと自分の手を重ねる。

 ……温かい、と当たり前のことを不思議に思う。

 歩きながらも、ゆらゆらと、彼の動きに合わせて巨大な瘴気が揺れているのを目で追ってしまう。ミレッタの不安を揺らすようだった。


 怖い……怖いのだ。本能が拒絶する。これに吞み込まれたら、私はまた狂ってしまうから。でも、ならこの方は?どうして正気でいられるの……?ああ、なぜ、なぜ、なぜ。


 どれほど歩いたのか。彼は立ち止まり、言った。


「僕はあなたを怯えさせていますか?」


 その瞳は気遣うようにミレッタを見つめていた。

 彼はゆっくり自分の周りに視線を動かし、そうして、言った。


『見えているのですか?』


 ――それは念話。瘴気に蝕まれた魔女の使いこなした魔術。念話は使える者同士にしか届かない。


 言葉が出ずに、唇だけが動く。風が吹き抜けていく。天気の良い春の日の優しい空気。

 どうして彼が、とか、かつての彼もこうだったのか、とか、様々な思考が通り過ぎていく。

 どれだけ待っても返事をしないミレッタに、彼は言った。


「僕は何もしません。大丈夫です。あなたが望むなら、もう二人で会うことはないでしょう。さぁ、戻りましょう。今日はお会い出来て嬉しかったです」


 今日のミレッタは皇族に対して、不敬でしかない怯えた子供であった。

 なのに彼は、大丈夫だと安心させるように……柔らかな笑顔を浮かべた。それはかつてのミレッタの一番の宝物……心を温かくしてくれて満たしてくれる世界で唯一の好きだった笑顔。


 ずっと夢見た、優しい優しい皇子様――その笑顔が絶望的なほどの肉体の苦痛を乗り越えた、他者へのいたわりで出来ていたなんて。


 そんなこと知らなかったから。ミレッタは衝動的に泣き叫びたくなる。あまりに悲しくて。

 ああ、彼はなんて――強い人なのだろう。

 ミレッタの恋など叶わなかったはずだ。この一人戦う人の前で、のんきに恋に溺れることが出来た女になど。


『……お辛くないのですか?』


 念話でそう伝えると、彼はハッとしたようにミレッタを振り向いた。透き通るような水色の瞳がはっきりとミレッタを捉える。ガラス玉のように綺麗だと、ミレッタは思う。


『私には瘴気が見えるのです……』

『そう……教えてくれてありがとう。他言はしないよ』

『これだけの瘴気では相当お体がお辛いはずです』

『もう慣れているんだよ』

『少し触れても、浄化してもいいでしょうか?』

『え?』


 そっと手を出すと、彼が少し悩んでからその手を取ってくれた。

 その手はまだ子供のなごりのある綺麗な手で……温かかった。化け物みたいな瘴気を背負っていても。


 ミレッタの微弱な浄化魔法を彼に注ぐ。こんなものでは、焼け石に水どころではなくて。海に砂粒一つ落としても波に飲まれていくように、彼の瘴気になんら影響を与えることも出来ないのだけど。

 けれどそれでも……母に魔法を掛け続けるしかなかった時のように、この人にも掛け続けたいと願ってしまう。どうかほんの少しでも、この優しい人の苦しみが和らぎますようにと。


『病気で亡くなった母は、最期には瘴気に侵されていました。私の魔法で母が少し楽になると言ってくれていたから……それで……』

『……ありがとう』

『立っているのもやっとのはずです。とても笑えるはずもないほどお苦しいはずです』

『……』

『殿下は耐えられておられます。とても真似出来ることではありません。どうか少しでも楽になりますように……』


 目を瞑って魔法を注ぎ込んでいたら、彼が突然言った。


「……あれ?」


 目を開けると、表情を失くしている殿下のその頬に、ポタリ、と一粒の涙がこぼれ落ちていた。そのことに彼も驚いたように、手を引っ込めた。


「すまない、どうしたんだろうか」


 袖で涙を拭こうとする。


『ありがとう。とても温かい魔法で少し楽になった』

「……殿下、少し触れてもよろしいでしょうか?」

「え?」


 ミレッタはハンカチを手に彼に向き合う。すると彼は、小さく頷いてから顔を傾けるようにしてその瞳を閉じた。ハンカチを、彼の透明な涙にそっと宛てた。


 ――その瞬間、体に電流が走るような衝撃があった。二人で目を見開いて見つめ合う。そうして世界は暗転する。







「ミレッタ・クレイバーを処刑する!」


 遠くで、皇帝陛下がミレッタを見下ろしていた。残虐王にとって、貴族の処刑などただの見世物でしかなかった。国民への憂さ晴らしにもなる。処刑場のまわりには、様々なあざけりや、笑い声が満ちている。瘴気に蝕まれるものは今ではさほど珍しくはなかった。ただ、貴族の子女で魔法を使いこなしてしまったのはミレッタだけ。見せしめとして、ただちょうど良かった。あのとき、優しい皇子様の姿はどこにも見えなかった。

 最後にその姿が見たかった……愛されることはなかったけれど……そんなことを思いながら薄ら笑いを浮かべると、ギロチンは振り下ろされた――






 それはミレッタにとっては過去にあったこと。


「今のは……?」


 けれど彼は呆然と呟いた。

 春のそよ風が頬をなでていく。なぜ過去の記憶が突然現れたのか。彼はミレッタの姿のその奥に何かを見つけようとするように、じっと見つめていた。


『君……君だった。あれは未来?なんだあれは!?』

『殿下』

『……取り乱してすまない。今のはなんだ?』

『私の、前の人生の記憶の夢でございます』

『前の……人生?』

『かつて、18の歳に瘴気の魔術を使いこなす魔女として処刑されました』

『……』

『夢であります。現実ではありません。お気になさらないでください』

『気にするだろう!』


「あんな……あんな、残酷な記憶があったら生きてはいけないだろうっ!」


 どうしたらいいんだと、と彼は独り言のように呟いた。ああ、時間が足りない、そう言う。


「また会おう……詳しく話したい」

「仰せのままに」

「……ああ、困ったな」


 彼は優しい皇子様に似つかわしくない険しい顔をして髪をかき混ぜる。

 そうして少し考えるようにしてから、決意したようにミレッタの前に跪いた。水色の瞳が真摯に見上げていた。


「お手を」


 促されるように手を添えると、彼は言った。騎士が忠誠を誓うように。


「あなたを守りましょう」


 そして、


『あんな残酷な未来は決して訪れさせない』


 彼は優しく微笑んだ。


『あなたが殺されると言うのなら……あなたの代わりに、僕が死ぬ』


 ミレッタの恐怖にどこまでも寄り添おうとする、夢にも思っていなかったその台詞に。

 この人はどこまでも優しいのだとミレッタは泣いてしまった。

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