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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

走馬灯

作者: 井貫霙



ほんの一瞬前、僕はビルから飛び降りた。バブル期に乱雑に建てられたビルだとかで、最盛期は絢爛を極めていたはずのその8階建廃ビルの屋上から、僕は身を投げ出した。


落ちぶれた独活の大木が死に場所なんて僕らしいなんて自分に言い聞かせて、死への感覚を鈍感にしていたのは飛び降りる直前のことで。


あれからまだコンマ数秒しか経っていないのに、そう考えていたのが懐かしく思えるほど僕を取り巻く時間は遅くなっている。


これはよく言われている、死の危機に瀕するとその原因を取り除く方法を思いつくために頭の回転が尋常じゃなく速くなる、というやつだろうか。


そうだとしたら滑稽だ。

僕が数秒ののちに死ぬというのはもう確定された事実で、どんなに知恵を巡らせようが死の回避なんてできない。

それでも僕のこの身体は、どれだけ頭で規定された自分の死を認識して納得していようと、思考を巡らせてしまうのだ。自分で選んだ死を前にして、身体は勝手に生きろというのだ。


それは生物としての反射で、何もおかしいことはないんだろうけども、僕の身勝手さが身体にも表れてるようでひどく馬鹿馬鹿しく思えた。


そんな自嘲も虚しく、時はまだ緩やかなままだ。本来なら2秒ほどで地面に叩きつけられるはずの僕の体は、今なお浮遊感を保っている。感覚だが今は6階を過ぎたあたりだろうか。メタ認知も興の醒めも、根源的な本能には抗えないらしい。


逃れられないのなら、楽しんでみるのもいいかもしれない。死の経験なんてそれこそ自分が死ぬ時にしか味わえないし、その味わう瞬間がこんなに引き延ばされているというのは稀だろう。死人に口なしだし、確かめようはないが。とにかく、最初で最期の体験をもう少し咀嚼してみようではないか。


そうだ。走馬灯は。起こるにはもってこいの時機だろう。しかし、過去よ甦れと思考を海馬に沈めてみても、一向に過去の思い出なんて湧き出てこない。何故だ。自殺なんてする愚か者に対しての天罰か。いや、自殺未遂者の走馬灯レポートなんてこの世には掃いて捨てるほどあるだろう。何故僕には起こらない。


考えていると、僕が上ってくる時に使った非常階段の、折れた手すりが目に入った。あれは4階あたりだったはずだから、もう半分は落ちたのか。加速は続くから、死ぬまではあと1秒もない。それを自覚して、脳が沸騰するようだ。思考はさらに勢いを増す。


深く鋭く考えるようになっていって、そうして考えて、結論を得た。僕が走馬灯を見ない理由。というより、他の人間が走馬灯を見る理由。死を前にして過去に縋りたいと思うような人間だから走馬灯を見るのだ。真っ当に生きて、それでも死を避けられなかった人間は勿論、親から逃げて、友から逃げて、恋人から逃げて、社会から逃げて、自分から逃げ切って死んだ、そんな人間だったとしても、今際の際では過去に縋りつこうとしてしまうから、そんなもんが見えるんだ。


天啓を得たような気分だ。飛び降りる前までは神秘的だとさえ思っていた現象は、ただの当人の醜い感傷でしかなかったのだ。少しだけ世の中の本質を理解したような気分になって、それで頭は冷えてしまった。途端に死が怖くなってきた。


今何階だ。体感で2階はとっくに過ぎてる。もしかしたらもう、すぐ後ろに地面があるんじゃないか。怖い。怖い怖い怖い怖い。なんで今更こう思う。散々悩んだだろう。死ななくてもいいんじゃないかって思って、それでも僕はもう逃げたいと思って死を決意して、死に方でも迷って、手首を切って、縄を括って、どれもこれも辛そうで痛そうで辞めて、ビルから飛び降りようと決めて。そう、決めた。決断はした。なんで怖がる。

でも怖い、嫌だ。逃げたい。誰か助けてくれ。そもそも今日死ぬつもりはなかったんだ。死のうとは決めたけど今日とは決めてなくて。たまたまなんだ。たまたまなんか今日は運が悪いななんて思って、魔が差して、死んでしまおうかなんて考え出したら止まらなくなって。朝に靴紐が千切れていなかったら僕は死ななかったし、登校の電車に乗り遅れていなければ僕は死ななかったし、コンビニのお気に入りのパンが売り切れていなければ僕は死ななかったし、街を歩く仲睦まじい高校生のカップルを見かけていなければ僕は死ななかったし、何か一つでも今日が違えば僕は死ななかった。こんなボタンの掛け違えみたいな小さなことで僕は死んで、世の中の人間はこれからも気にせず生きて。


やめろ。僕を置いていかないでくれ。なんでお前らのが恵まれてるのに僕が先に死ななきゃならないんだ。嫌だ。もう分かったから。自分がどれだけ馬鹿で、軽率に死を選んだのか分かったから。周りの人間はみんな善良だった。悪辣なのは僕だけだ。恵まれていたんだ。思い出したんだ。今までの施しを。甦った。母に抱きしめられたことも父の背中におぶさったことも友達とわらったことも酒を酌み交わしたことも僕 嫌いだった先生が実は僕を気にかけていてくれたことも手首を切ったあと連れてかれた病院の医者が実は心配してくれていたことも、こともこともこともことも。なにもかも思い出している。助けて。誰でもいい。親でも友達でも通りすがりの他人でも僕を疎ましげに見てきたクズでも女に囲まれて生きてるふざけたカスでも障害者の馬鹿どもでも誰でもいいから助けて。ごめんなさい。僕が悪かった。世界は何も悪くなかった。ごめんなさい助けてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死



















































































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