ダグラスの逮捕
第3の試練を始めることはダグラスにとって自殺行為だ。だから、武はダグラスに静かに話しかけた。
「説明が難しいんだけど、おじさんはこういうのできないでしょ?」
武は手を銃の形にして倉庫の壁に向けた。壁は海に面しており壁の向こうに人はいない。
“バン!”
武がそう言うと、倉庫の壁が広範囲に吹っ飛んだ。
ダグラスは驚いて叫ぶ。
「何をやった?」
「いやー、壁を吹っ飛ばしただけだよ」
「どうやって?」
「僕は物質を作り出すことができるんだ。だから、ロシアンルーレットで実弾を引いても、弾を弾き返すことができる」
「そんなこと、やってみないと分からないじゃないか?」
「やってもいいけど、僕は死なない。死ぬのはおじさんだよ。それでもいいの?」
ダグラスは考えている。武が実弾を引いても死なないのであれば、武には第3の試練を降りる理由はない。
「じゃあ、第3の試練はやっても無駄か・・・」
「そうだね」
「分かった。二人の交際を認めよう」ダグラスは静かに言った。
ダグラスの眼には涙が薄っすらと見える。そんなダグラスをアントニオが横から慰めている。
ダグラスの自殺を思いとどまらせることに成功した武。そんな武に、ダグラスはアリスの交際を認めた。
ただ、武にはそれが良かったのかどうか分からない。
武が返答に困っていると「動くな!」と声が聞こえた。武装した警察が倉庫の中になだれ込んでくる。入り口の方を見ると、そこにはピースサインをするお菊さんがいた。
―― 間に合った・・・
何とか時間稼ぎができたようだ。武はダグラスと警察官たちの方を見た。
「銃を捨てろ!」
「放せー」
「動くな!」
「何もしてねーよ!」
倉庫の中で警察とダグラスたちの揉み合いがしばらく続いたが、しばらくすると警察はダグラスたちを全員捕獲して手錠をかけた。
警察に連行されていくダグラスは「アリスのことを頼んだぞー!」と大声で叫びながら、倉庫の出口から出ていった。
「俺は違うー。犯人じゃねー」
前鬼の叫びも倉庫に響き渡った。
***
「前鬼も連れてかれたね」と武が言うと、「スキンヘッドじゃ、どうみても悪者にしか見えないわよ」とお菊さんは笑っている。
ダグラスたちが警察に連れていかれた後の倉庫は静まり返っている。その中に一人たたずむアリス。武はアリスに話しかけた。
「アリス、これからどうするの?」
「どうするって? もちろん武について行くわよ」
「え?」
「だって、ダディの許しが出たから親公認の恋人。恋人は一緒にいるものよ」
武は返答に困ってお菊さんの方を見る。
「いいじゃない、一人くらい増えたって。それに、アリスちゃんは武くんの恋人なんでしょ」
お菊さんに相談したのが間違いだったのかもしれないと思いつつ、武は「はあ、そうですか・・・」と小さく答える。
「武のためにも私を連れて行った方がいいわよ」とアリスが言う。
「僕のため?」
「そうよ。ダディのビジネスを考えたのは私。ダディは私の指示で動いていただけなの」
「そうなの?」
「だから、私を連れていったら武がお金に困ることはないわ」
「でも・・・、僕とお菊さんは普通の人間じゃないよ。いいの?」
「別に構わないわよ」
***
武たちはコダマの運転で母の信子の待つ集合住宅に戻った。
武が信子に会うのは数日ぶりだ。状況はお菊さんから信子に連絡してあったから、信子は武が帰ってこなかったことを心配しているわけではない。
ただ、武の変化と見たことのない女の子に少し戸惑っている。
「あら、武。変な髪型して、不良になったの?」信子は武に聞いた。
「別に・・・」武は小さく言った。
「それに、その子どうしたの?」
「別に・・・」
「別に、じゃ分からないでしょ。まず、その髪型は?」
信子は武のオールバックを指して言った。
「角刈り、パンチパーマ、スキンヘッド、オールバックの四択だったんだ」
「その地獄の四択ね・・・」
「今回の任務で必要だったらしい。しかたないよ・・・」
「まぁいいわ。次、その子は誰? ちゃんと、お母さんに紹介しなさい」
「この子はアリス。わけあって一緒に来ることになったんだ」
「はじめまして、お母さん。アリス・ピーチです。武の彼女です!」
アリスは笑顔でほほ笑んだ。
「まあ・・・」
武とアリスを交互に見る信子。
「それにしてもお母さんはお若いですね。お姉さんにしか見えません!」
すっかり気をよくした信子。「若いなんて・・・いつまでいてもいいからね」とアリスに笑顔で答えた。
一瞬で信子の心をつかんだアリスは、武と一緒にいることになった。
***
その日の夜、武はアリスと散歩に出かけた。猫も一緒だ。
猫は吠えてくる犬に向かって「あの犬、アホだな」「バーカ、バーカ」と叫んでいる。
「うるさいなー。静かに散歩したらどうなの?」と猫に不満を言う武。
「お前、俺に喋るなというのは無理な相談だな」猫は悟ったように言った。
「いやいや。お前、いい歳なんだから、もう少し落ち着いたらどうなんだ?」
※猫の年齢は200歳を超えています。詳しくは『僕と猫と米沢牛 ― 勝手に他人の半生を書いてみた(第1章)』をご覧下さい。
「年齢は関係ねーよ。小さく収まるなよ!」
「それ、意味が違うと思うなー」
武と猫の会話を聞いて、アリスは不思議そうな顔をしている。
「あ、言ってなかったね。僕、ネコ語が話せるんだ。こいつはムハンマド」
そう言って、武はアリスに猫を紹介した。
「へー、武には秘密があるんだね。他には?」
「うーん、そうだな・・・。僕はクローン人間なんだ。僕の母さんもクローン人間」
「へー、クローン人間なんだ。他には?」
「物質を作れるのは倉庫で言ったから、それくらいかなー」
「そっか」
武とアリスはまた歩き出した。猫は相変わらず通行人に野次を飛ばしている。
「ねえ、武」
「なに?」
「私、面白いこと考えたの」
「面白いこと?」
「不動産会社を買収しない?」
「なんで?」
「いまは高度成長期だから、これから不動産はものすごい勢いで値上がりする。ここまではいい?」
※日本は1955年から1973年まで年率10%超の経済成長をしていました。
「分かるよ。不動産の値上がり益で稼ごうってことでしょ。でも、なんで不動産を買うんじゃなくて、会社を買うの?」
「そんなの決まってるじゃない。会社の方が安いからよ!」
「へー」武は興味なさそうに答える。
「手伝ってよ!」
「えー、面倒くさいからやだよー」
「手伝ってくれたら・・・キスしてあげようかな?」
少年は小さく頷いた。
<第4部完>




