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拉致された前鬼

 コダマが説明したダグラスたちのマネロンのビジネスモデルはこんな感じだった。


 まず、ダグラスは依頼人から金を受け取り、無記名国債を購入する。次に購入した無記名国債を飛行機で外国に運ぶ。当然、無申告だから違法に国外に持ち出している。外国に到着したら、現地のエージェントに無記名国債を渡せば仕事は終了だ。無記名国債は所持している者が所有者と見做されるから、どこにいても換金できる。依頼人は外国のエージェントに指示すればいつでも資金回収できる。


※自民党の金丸信元副総裁が資金洗浄に使ったのも無記名債券でした。


 日本で保有している資金を、無記名国債として外国に持ち込めば、資金を外国に異動することができる。世界中で活躍するプライベートバンカーの代表的な仕事がマネーロンダリングだ。


 ダグラスたちはプライベートバンカーとして依頼人から多額の報酬を受け取っている。だが、一度でも失敗すると依頼人の信頼を失って仕事を失うことになる。つまり、武たちがこのビジネスを潰すためには、無記名国債を無申告で持ち込もうとしている現場を押さえて、税関や警察に摘発させる必要がある。


***


 ダグラスの動きを探っていると、コダマの元に「ダグラスの手下が無記名国債を運ぶ」との情報が入った。情報によれば成田国際空港からスイス行きの飛行機で無記名国債を運ぶようだ。


※この話の時点(1959年)では成田国際空港はありません。


 ダグラスのマネロンを阻止するために、武たちは成田国際空港に向かった。

 ちなみに、日本国内で無記名国債を保有していても罪にはならない。だから、出国後に無記名国債を保有している現場を現行犯で逮捕させる必要がある。

 つまり、出国後にダグラスの手下を警察に逮捕させるためには、ダグラスの手下と一緒に出国しないといけない。武とお菊さんはパスポートを持っていなかったから、前鬼がダグラスの手下を見張る役割になった。


 成田国際空港にてそわそわと出国手続を待つ前鬼。

 挙動不審に見えたのか、税関職員が「別室に来てもらえますか」と前鬼に言った。丁寧な聞き方だが、前鬼に拒否権はない。


―― 怪しかったかな?


 前鬼はそう思いながらも、税関職員についていく。

 税関職員について奥の部屋に入ったら、中にいた職員が前鬼に拳銃を突き付けた。


 何が起こったか分からない前鬼に、税関職員は静かに言った。

「ゆっくりと手を頭の上で組め」


 しかたなく指示に従う前鬼。

 職員は前鬼の身体検査を行った後で、前鬼に手錠を掛けた。

 税関職員は前鬼を椅子に座らせると、頭に麻袋を被せた。


 視覚を奪われた前鬼。だが、職員たちの話し声は聞こる。


「ダグラスさんに連絡取れたか?」

「ああ、今こっちに向かってるらしい」

「ここで殺すのはまずいから、仕末するのはダグラスさんたちに任せていいんだよな?」

「それは大丈夫だ。確認している。俺たちの仕事は、コイツをダグラスさんに引き渡すところまでだ」


―― そうだよなー。税関職員もグルだよなー


 前鬼は当たり前のことに気付いた。常習的に無記名国債を海外に持ち出しているダグラスが、空港職員と癒着していないはずがない。

 こうして前鬼はピーチ・ボーイズの3度目の人質となった。



***


 頭から麻袋を被せられた前鬼は、ダグラスの手下の指示で車に乗せられた。

 車はどこかに向かっているのだろうが、景色が見えないからどの辺りを走っているのか分からない。ただ、潮の匂いがするから海に近い場所であることは分かる。


 前鬼はダグラスの手下から質問されたことに素直に答えた。こんなところで命を落とすのは不本意だから。

 隊長から命令されたときに断ればよかった、と前鬼は今更ながら後悔している。


 前鬼は国境警備隊に所属している。

 国境警備隊の任務は国境を警備することだ。

 テロ組織を壊滅することでも、潜入捜査をすることでもない。

 ましてや、国境警備隊には総会屋、仕手筋、プライベートバンカーと対峙する任務はない。


―― 俺は何をやっているんだ・・・


 前鬼はどうしてこうなったかを思い返す。


 ことの発端は、目黒不動尊で国境警備をしているときに、武とお菊さんに出会ったこと。

 ピーチ・ボーイズに捕まった時に前鬼を助けてくれたのは、あの二人だ。そういう意味では武とお菊さんは前鬼の命の恩人。


 前鬼は二人を国境警備隊長の小角に紹介した。武とお菊さんにピーチ・ボーイズの捕獲を依頼したのは国境警備隊だ。前鬼は二人にピーチ・ボーイズの捕獲を手伝ってもらっている。

 武とお菊さんにテロ組織の資金源を断つように依頼したのは国境警備隊だし、二人とコダマのお陰でダグラスのビジネスを2つ潰すことができた。テロ組織の活動を止めるのにもう一歩のところまできた。

 その最後の段階で前鬼は敵に捕まった。


―― どっちかというと俺が二人を巻き込んだ方だな・・・


 前鬼は被害者ヅラするのを止めた。

 改めて今の状況を整理する。前鬼にとって最優先事項は『武たちが助けてくれるか?』だ。


 武とお菊さんは義理人情に厚くない。だから『前鬼がかわいそうだから助けにいこーよ!』とはならない。

 つまり、損得勘定で考えて、前鬼を助けるメリットがある場合は助けにきてくれる。逆に、前鬼を助けてもメリットがなければ助けにこない。

 それを前提に、前鬼は自分に助けてもらえる要素(武たちにとってのメリット)があるかを考える。


 国境警備隊として国民を守るのが前鬼の仕事。

 でも、戦闘力では武やお菊さんに遠く及ばない。もし本気で武やお菊さんと戦闘になったら数秒も掛からず殺されるだろう。つまり、前鬼は戦闘でチームの役に立たない。

 次に、知力でも役に立ちそうにない。頭のレベルはお菊さんと同じくらい。武やコダマのようにズル賢いダグラスに対峙できるレベルにはない。


 つまり、戦闘力や知力を期待して前鬼を助けにくることはないだろう。


―― 俺の強みは何だ?


 言ってみれば、実力で劣る者が他の人に認められる方法だ。

 上司の小角は実力があるから参考にはならない。比較対象として他の仕事ができない上司の特性を考えた方がいいだろう。

 実力がなくても出世する奴に共通した特徴とは・・・


―― 人の手柄の横取り?


 いわゆるクソ野郎だ。前鬼は考えてみたが、誰もこんな奴を助けようと思わない。


 前鬼は他人から認められる人物像について考える。

 実力がなくても出世する奴に共通した特徴とは・・・


―― リーダーシップがあるヤツ!


 仕事ができなくても、それっぽいことを言えば『アイツ、すごいな!』と勘違いされることもある。でも、俺がそれっぽいことを言っても、武は鼻で笑うだろう。誰も信じてくれない。

 さらに、余計なことを言えばお菊さんに殺されかねない・・・


 前鬼は車内で思いを巡らせるものの、自分の能力の低さ、人徳のなさ、運の悪さを痛感するだけ。前鬼には武たちが助けに来てくれる要素が何一つないことに気付く。


 考えることを放棄した前鬼は、車の中で大人しくすることにした。


―― みんな、助けに来てくれるかな?


 不安で押しつぶされそうになりながら、前鬼はみんなが助けに来てくれることを祈った。


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