復活の王立第二病院
「うちの馬鹿夫と一緒に、クビになった看護師や医師の元を回っていたらすっかり遅れちゃって! ごめんよ。でも、これで人数が増えたから大丈夫だ! さあ、受付業務変わろうじゃないか!」
受付の看護師は受付業務をするべくカウンター内に回り込んだ。
どやどやと院内に入ってくる、看護師服を着た女性や白衣を羽織った医師たち。
リリカとウィルジアは呆気に取られて完全に動きを停止した。
やって来た一人の医師は、両頬をパンパンに腫れ上がらせており、顔の形が変わっていた。元の顔がよくわからないその医師は、リリカとウィルジアを見るなり申し訳なさそうな表情を作る。
「やあ、パメラに聞いたよ。君たちが助っ人か。俺が堕落した生活を送っている間、リンドン医師と共に病院の機能を維持できるよう奮闘していたらしいじゃないか。……本当に申し訳ない。だが、久々にパメラの往復ビンタを食らいながら説教をされて目が覚めたよ。俺がしていたことは間違っていた」
「はぁ……」
「謝罪は後できちんとする。何にしろ、診察だ。さあ、どんどん患者を回してくれ!」
「リリカ君、早く戻って来てくれ……! あれ、これは一体どうしたんだ!?」
なかなか戻ってこないリリカを呼ぶために診察室から首を覗かせたリンドン医師は、突如やってきた医師と看護師の団体を見て目が点になった。
リンドン医師を振り返った彼らが、一斉に言う。
「リンドンさん、一人残してすまなかった!」
「さぞかし大変だっただろう!」
「パメラさんに言われて、目が覚めたんだ。院長が何だ、それより患者の方が大切だ!」
散開する医師と看護師。
空いている診察室に入っていく医師たち。
見違えるような動きで着々と患者たちをさばいていく受付の看護師ことパメラ。
そして他の看護師も、それぞれ医師の下で補助をし、院内は秩序を取り戻した。
たった一人で奮闘していたリンドン医師は、力が抜けたのかその場で腰を抜かしそうになり、しかしはっとして踏ん張る。
「いやいや。まだ気を抜く訳にはいかない。仲間が増えたんだ、私ももうひと頑張りしなければ。リリカ君、ウィル君、手伝ってくれるか」
「「はい!」」
リリカとウィルジアが揃って返事をすると、リンドン医師は満足そうな顔をした。
「よし、我々も患者の診察を続けようじゃないか!」
怒涛の外来診療が終わり、午後の入院患者の回診が終わった。
医師及び看護師が大量にやって来たおかげで、昨日までより格段に仕事が楽になった。
いつもよりかなり早い時間帯、夕刻にはリリカとウィルジア、リンドン医師、ジェシカは仕事から解放されて裏で一息つく。
ずらりと並んだ医師と看護師が、一様に四人への感謝と謝罪を述べた。
「院長恐ろしさに逃げ出してしまってすまない」
「高位貴族であるバージルに睨まれてしまっては、我々のこの先の医師としての人生が破綻するかもしれないと思うと逆らえず……」
「しかしやはり町医者では限界があった。自分達で何もかも賄う必要があるから患者に請求する金額が大きくなりすぎるし、機器が不足しているから救うに救えない病人が発生する」
「パメラ夫妻が一軒一軒尋ね回って、俺たちを説き伏せてくれたんだ」
「そうだったんですか」
リリカは彼らの話を聞き、納得する。そして病院に医師と看護師を引き連れてやって来た時の威勢は何処へやら、所在なさげに隅っこに佇んでいるパメラへと視線を移動させる。
「パメラさん、ありがとうございます」
「元はと言えば、あたしたちが何とかしないといけない問題だったんだ。なのにリンドンさん一人に全部を押し付けて、あんたたち外から来たばかりの人に助けてもらって……情けなくて、涙が出てくる」
ぽろりと落ちたパメラの涙を拭ったのは、夫の医師。
「泣くなよ、パメラ。本当に、俺たちはどうかしていた。初めは院長に従うふりをして、リンドンさんと共に患者の診察を続けるつもりだったんだ。だが……院長に連れられて酒場へ通ううちに、段々と堕落していって、とうとう仕事を放棄した」
医師は顔を上げると、決然とした面持ちを作った。
「貴族がなんだ。院長がなんだ。俺はもう、優先するべきものを間違わないぞ」
そうだ、という声が上がる。
「院長の不正を明るみに出すんだ」
「騎士団に連れて行き、横領の事実を訴えよう」
声はだんだんと大きくなり、医師と看護師たちは結託した。
「……次に院長が病院にやって来たら、縛り上げよう」
「俺たちの声を、国に届けるんだ」
権力により押さえつけられていた彼らは、自ら立ち上がることを選択した。
リリカからしてみても願ってもない状況である。不正の証拠をどうやって掴めばいいのかと悩んでいたが、現場にいる彼らが声を上げてくれるのであれば簡単だ。
(あとは、騎士団に連れて行ったとして、院長の不正がもみ消されなければいいんだけれど……)
どうも院長は相当高位の貴族らしい。そうでなければこのような無茶がまかり通るはずもない。
訴えたところで闇に葬られてしまえば元の木阿弥だ。
「大丈夫だよ、リリカ。僕がもみ消させやしないから」
「ウィル」
心配するリリカに気がついたのか、隣に座るウィルジアがこそっと話しかけてきた。ウィルジアは変装している前髪長めの茶色い髪と眼鏡の奥から、緑色の瞳に真剣な色を宿している。
「僕が現状を知った以上、院長の不正は必ず暴いて罪を償わせる。こう見えても僕は、この国の王子だからね」
それは、リリカが初めて聞く、ウィルジアの怒りを含んだ声だった。
◇◆◇
病院の職員たちが院長包囲網を作っているなどつゆ知らず、今日も今日とてバージルは酒場で一人、女の子たちを侍らせながら酒を飲んでいた。
訳のわからない看護師により今月の支給金をせしめることには失敗したが、それでもまだ金はある。
「ところで今日は、なんでミミリーちゃんがいないんだ?」
「彼女、なぁんか調子が悪いらしくって〜」
「今日はお休みなんですぅ」
「ミミリーじゃなくって今日はわたしたちを可愛がってぇ?」
「バージルさんたら、いつもミミリーばっかりなんだもん」
舌ったらずな喋り方でバージルに媚を売ってくる女の子たちを可愛いなぁと思いながら、バージルは彼女たちのぱっくり空いたドレスの胸元に金貨をねじ込んでやった。
「やったぁ、バージルさんったら太っ腹〜!」
「ずるぅい、わたしにもちょうだい〜!」
「よしよし、順番だよ、順番」
バージルが金貨をあげるたびにキャアキャアはしゃぐ女の子たち。
バージルは己の自尊心が満たされていくのを感じつつ、浴びるように酒を飲み食らっていた。