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激務の王立第二病院①

「え、あの……えっ!?」


 突如現れたウィルジアにより、リリカの動きが停止する。


「第二病院は人手不足だって聞いたから、手伝いに来た。責任者はどこだろう」

「今そこで診察にあたっている、リンドンさんだけど……」


 ウィルジアはリリカが指し示した方角にいるリンドン医師に近づくと、自己紹介をした。


「初めまして、リンドンさん。リリカの恋人のウィルです。人手不足と聞いて駆けつけました。医療の知識はないけど、雑用くらいならこなせるので手伝わせてください」

「何っ、それは助かる。リリカ君の恋人なら素性は確かだ。よし、採用! ひとまず暑気あたりで倒れた患者の運搬と冷却を手伝ってくれ」

「はい」


 リンドン医師はちらりとウィルジアことウィルに視線を投げかけると、患者の処置をする手を一切止めずにそう言い、秒でウィルジアの採用を決めて早速仕事を言いつけた。

 二つ返事で引き受けたウィルジアは、倒れ伏す患者の脇に手を通してヨイショと持ち上げ背中に背負った。

 リリカはウィルジアに雑用をやらせることに激しい抵抗感を抱いたが、しかし有難いと思う気持ちがあるのも事実だ。


「リリカ、どこへ連れて行けばいいの?」

「二階の病室の空いてるベッドへ……」

「わかった。あと、仕事が患者の運搬と冷却なら、ここにいる元気そうな人にも手伝ってもらったらいいんじゃないかい?」

「あっ、確かにそうね」


 今ここには、患者以外に暑気あたりで倒れた患者を病院まで担ぎ込んでくれた人々がいる。ベッドまでの移動と井戸水の汲み上げならば、彼らに頼んでしまっても問題はない。

 リリカもリンドン医師も、病院=医師と看護師が働く場所、という固定概念が頭の中にあったため、そうした外部の人に手伝ってもらうという発想が欠けていた。

 ウィルジアは患者を背負ったまま、人々に声をかける。


「患者を二階に運ぶ必要があるから、手伝ってもらえないかい。それと水が必要らしいから、井戸からの汲み上げも頼みたい」

「おぉ、わかった!」

「俺らの仕事仲間を助けるためなら、お安い御用だぜ!」


 まだ元気な労働夫がそう答え、早速倒れている患者を一人また一人と担ぎ上げ、ウィルジアと共に二階に運ぶ。

 リリカは空いたタライを手に、声を張り上げた。


「井戸の場所はこっちよ、ついて来て!」


 人手が増えたことにより、一気に仕事が楽になった。

 リリカは暑気あたりを起こした人々の対処法をウィルジア及び元気な労働夫たちに伝えると、処置を任せ、リンドン医師の補助をするべく一階の診察室に向かう。


「リンドンさん、手伝います!」

「助かるよ。早速だが炙ったハサミと針、それから縫い糸を用意してくれ」


 言われた通りにリリカが用意すると、リンドン医師は患者の患部を的確に処置してから縫合を行う。

 見るも鮮やかな手つきでリンドン医師が縫合を終えると、リリカは患部が汚れないようガーゼを当ててから包帯でぐるぐる巻きにした。


「よし、次の患者だ」


 次々にやってくる患者たちを、リリカとリンドン医師の二人で対応していると、扉を開けてウィルジアがやって来た。


「暑気あたりの患者の処置は終わったよ。ひとまず落ち着いてる」

「助かった。こっちを手伝ってくれ。君、文字は書けるか」

「はい」

「ならカルテの記載を頼みたい」


 リンドン医師はばさっとカルテを手渡すと、早口で病状及び処置内容を伝え、ウィルジアはそれを一言一句聞き漏らさず正確に書き記していく。

 怒涛の一日だった。

 夕刻になる頃になってようやく患者がいなくなる。時間を大幅に過ぎてしまったが、入院患者の回診をここから開始しなければならない。


「よしもう一息だ、頑張ろう」


 限界まで働いているはずのリンドン医師は、それでも全く休まずにそう言うと、立ち上がって診察室から出て病室に向かう。

 横切った受付の前では、やる気のない看護師が会計処理に追われてあわあわしていた。


「リンドンさん、今日、ジェシカが倒れてしまったので食事の準備をする人がいなくて。私、行って来てもいいですか? 温めるだけなのですぐに準備できますから」

「それなら僕がやろうか」

「え、ウィルが!?」

「うん。一から全員分作るのは無理だけど、温めるだけなら僕にも出来るし」

「そうしてもらえると助かる。リリカ君が助手にいないと、回診にも時間がかかるから」


 リンドン医師はウィルジアの正体を知らないので遠慮なく雑用を頼む。


「じゃあリリカ、厨房の場所だけ教えてくれるかい」

「わ、わかったわ。一階の奥よ、ついて来て」


 リリカはウィルジアを伴って奥の厨房へと案内した。

 厨房の扉を閉じて二人きりになったところで、リリカは眉尻を下げた。


「ウィルジア様、色々頼んでしまって申し訳ありません」

「手伝うために来たんだからいいんだよ。本当に人手不足なんだね。食事はこれ? 温めればいいだけかな」

「はい。今日のメニューは夏の野菜と肉団子をトマト煮込みにしたものなので、温めてパンを添えればすぐに提供できます。食器は棚の中で、ワゴンに乗せて病室を回ってます」

「わかった」

「回診が終わり次第、私も手伝いにきますから」

「うん」


 リリカは厨房にウィルジアを残し、リンドン医師を手伝うべく病室に向かった。


「マーレさん、お待たせしました、お薬の時間です」

「あぁ……」


 入院患者である老婆のマーレの上体を起こし、リリカはゆっくりと煎じた薬湯を飲ませた。


「今日は随分と賑やかだったみたいだけど、何かあったのかい」

「暑気あたりを起こした患者さんが大勢いらして」

「あぁ、最近は暑いからねぇ」


 マーレはいつもと変わらず小鳥のように薬湯をついばむと、再びベッドに横になった。


「後でお食事お持ちしますね」

「最近の食事は美味しくなったから、楽しみだよ」

 皺皺の顔に覇気のない笑顔を浮かべ、マーレは言った。

 暑気あたりを起こした患者により院内はほぼ満床である。

 タライの水と氷嚢により冷やされた彼らの顔色は随分と良くなっており、診察したリンドン医師はホッとした顔をした。


「栄養を摂って一晩眠れば回復するだろう。この分なら明日には全員退院できるな」

「重症にならなくて何よりです」

「リリカ、食事持ってきたよ」

「ウィル、ありがとう」


 暑気あたりの患者たちは自力で食事できるまで回復しており、配るだけで済んだので助かった。リリカとウィルジアの二人でせっせと配膳をこなし、介助が必要な患者は食事を手伝い、やっと全ての仕事が終わる。

 厨房に戻ったウィルジアがリリカに尋ねてきた。


「これから自分達の食事?」

「はい。リンドンさんのところに運ぶんですけど……一階の診察室にいるはずなので、先に持って行っていただけますか?」

「いいけど、リリカは?」

「ちょっと様子を見たい人がいるんです。受付の看護師さん。まだ仕事終わってないみたいだし、食事運びがてらに手伝いに行こうかと思いまして」

「リリカ、まだ働く気?」


 ウィルジアが心配そうにリリカの顔を覗き込んだ。


「無理しすぎじゃないかい。リリカまで倒れたらと思うと、僕は心配でたまらない」

「大丈夫です、終わり次第食事するので、ウィルジア様はリンドンさんと一緒にお食事にしていてください」

「……じゃあ、僕も手伝う」

「それは申し訳ないのですが……」

「手伝うために来たんだから、やるよ。見たところ受付業務って書類整理みたいな感じだろう? リンドンさんに食事を運んだら、三人でさっさと終わらせてしまおう」


 有無を言わさぬ口調でウィルジアが言い、さっさと食事の用意をして診察室に行こうとするので、もはやリリカは後をついていくしかなくなった。


「リンドンさん、お食事です」

「あぁ、ありがとう」

「僕とリリカは受付を手伝ってくるので、お先にどうぞ」

「ああ」


 リンドン医師に食事を手渡すと、受付前へと移動する。

 案の定、受付にはまだ一人の看護婦が膨大な紙の束を相手に戦っていた。


「お手伝いします」

「へ……ええ?」

「何をすればいいか、教えてもらえるかい?」


 白髪混じりの髪を振り乱した看護師は、リリカとウィルジアの申し出に戸惑いつつ、やるべきことを教えてくれた。

 事務的な作業を三人で黙々とこなす。

 沈黙の最中、看護師がリリカにおずおずと問いかけてきた。


「どうして手伝ってくれるの?」

「お忙しそうでしたので、みんなでやれば早く終わるだろうと思いまして」

「……あたしはあんたたちがどんなに忙しそうにしてたって、手伝ったことなんてないのに」


 罪悪感があるのだろうか、申し訳なさそうな気まずそうな表情を浮かべつつ、リリカの顔色を伺うような視線を送ってくる。リリカはニコッと笑いかけた。


「よろしければ夕食、食べますか?」


 リリカの問いに、看護師はかすかに頷いた。頷いた後、小さな声で呟く。


「……何よ、これじゃああたしが悪者みたいじゃないのよ……」



 受付業務を終わらせたリリカとウィルジアがリンドン医師のところへ戻ると、ちょうどカルテを見返しているところだった。落ち窪んだ目をカルテから離し、ウィルジアを見る。


「ウィル君は随分綺麗に字を書くんだな。それに綴りが的確で、ほぼ間違いがない。ただの平民じゃないだろう」

「普段は王立図書館で働いてます」

「なるほど司書か」


 より正確には歴史編纂家なのだが、ウィルジアもリリカも訂正せずにおく。


「リリカ君といいウィル君といい、今日は助かった。本当にありがとう。おそらく明日からも、暑気あたりの患者は運び込まれるだろう。忙しくなると思っていてくれ」

「はい」

「わかりました」

「じゃあ、今日はもう休もうか。ゆっくりしてくれ。ウィル君は自宅に帰るのか?」

「いえ。僕も泊まり込みでいいです」

「えっ」


 ウィルジアの発言に驚いたリリカが思わず横顔を見たが、ウィルジアはどこ吹く風と言った様子だった。リンドン医師は泊まり込みに対して何も反対せず、ただただ頷く。


「そうか、それは助かる。宿直の部屋が一つ空いているから、そこを使ってくれ」

「わかりました」


 食事を終えたウィルジアは「おやすみ、リリカ」と言って手を振って、本当に宿直室へと去っていき、リリカは色々と混乱する気持ちと湧き上がる疑念とを抑えられずにいたのだが、ともあれ体は疲れ切っていたので湯浴みを済ませるとあっという間に眠りに落ちてしまったのだった。


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― 新着の感想 ―
リリカもリンドン医師も、病院=医師と看護師が働く場所、という固定概念が頭の中にあったため、そうした外部の人に手伝ってもらうという発想が欠けていた。 固定概念は誤用で、固定観念が正しいみたいです。
[気になる点] 入院患者である老婆のマーレの状態を起こし、リリカはゆっくりと煎じた薬湯を飲ませた。→マーレの上体・・ですかね。 [一言] ウィルジアさま大活躍ですね ( *´艸`)ムフッ 味方を少しず…
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