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リリカの苦悩

「聞いてください、予算を取り戻しました!」

「えっ、本当に?」

「はい!」


 リリカは院長を言い負かした後、いそいそとリンドン医師の生活拠点になっている一階の診察室に行った。

 リンドン医師はリリカが持ってきた金貨が詰まった袋を見て、信じられないといった表情を浮かべる。


「すごい。一体どうやって? ……まあ、いいか。これだけあれば不足しているものが色々と買える」

「はい。私も明日、早速ジェシカと一緒に市場に行って食材を買い込みます」

「ああ、よろしく頼むよ。それから、そろそろ暑さにやられて暑気あたりを起こして運び込まれてくる患者が増えるだろうから、氷をどっさり買っておいてくれないか」

「はい」


 暑気あたりは夏の代表的な病気だ。

 真夏の日差しにさらされて朝から晩まで働き続けると、めまいなどを起こして倒れてしまう。倒れる前に休めれば良いのだが、自分では体調の変化に気が付かなかったりもするのでなかなかそれも難しい。そもそもろくな栄養を摂っていない状態で日々の過酷な労働に耐えている労働者も沢山いる。弱った人から倒れて行くのは、夏でも冬でも変わらない。

 夏は暑気あたりで、冬は感染症に罹った人々が病院に担ぎ込まれてくる。


「ありったけの氷を買ってきましょうね、ジェシカ」

「ええ、わかったわリリカ」


 どんな患者が運ばれてきても対応できるよう、リリカはしっかり準備しておこうと心に誓った。



 翌日の食事は豪華だった。

 常日頃パンと野菜スープしか出ていなかった食事に、朝は果物をつけ、昼にはツミレ状にして食べやすくした魚の団子のスープ仕立てを提供し、夜には蒸した肉料理を出した。久々のタンパク源に、患者たちは喜んだ。

 古くなったリネンを新しいものに買い替え、尽きかけていた医療物資を補充し、足りなくなりそうだった薬も薬師から購入する。

 王立病院には患者がひっきりなしに訪れ、病状は千差万別である。

 リンドン医師はどんなに忙しくても押し寄せる患者の一人一人を蔑ろにせず、丁寧に診療にあたった。

 リンドン医師は知識の幅が広く、外傷だろうが内傷だろうが的確に診察して処置を施していった。

 リンドン医師はリリカに様々な看護的作業を依頼し、リリカはジェシカにも手伝いをお願いして三人で奮闘した。ジェシカが覚えが良いので、リリカが教えると様々なことを的確に理解してくれた。

 三人のチームワークはバッチリで、どうにかこうにか王立病院にやって来る膨大な患者を診察し、入院患者の面倒を見ていた。


 三人が休めるのは、夜のひとときだけだ。

 リリカがもぎ取った予算により数段豪華になった食事を取りつつ、わずかな間に一日の疲れを癒す。


「はぁ、美味い。疲れが取れる」

「リンドンさん、きちんと休んだ方がいいです。一体いつから病院に泊まり込みで働いているんですか?」

「院長交代後、他のまともな医師たちがいなくなってからだから……かれこれ一年ほどは帰っていない」

「それじゃあリンドンさんが倒れちゃいますよ」


 リリカはリンドン医師を本気になって心配した。


「だが、俺が帰ってしまえば、夜のうちに患者に何かが起こったら大変だろう。帰るわけには行かないんだよ」

「リンドンさん、ご家族は?」

「王都に妻と子供がいる。もう一年会っていないがね」

 仕事を優先しているリンドン医師は、食事から顔を上げて遠い目をした。

「娘がいるんだ。もう二歳になるはずなんだが……妻に似た顔立ちで、愛らしい。きっとますます可愛くなっているんだろうな」

「リンドンさん……」


 リリカとジェシカは、子供を懐かしむリンドン医師に憐れみの視線を送る。

 腐敗しきった病院で、リンドン医師はたった一人家にも帰らずに診察を続けているのだ。リリカはスープ皿を握りしめ、心に誓う。


(早く、不正の証拠を見つけないと。院内を正し、普通の病院運営ができるようにしないと)


 そうしないとそう遠くないうちにリンドン医師が過労死してしまう。

 しかし一体どうすればいいのだろう。

 先日の院長の様子を見ると、バージルは不意打ちにどうも弱いらしい。リリカの詰問にしどろもどろになった挙句、最終的には金貨を譲り渡してくれた。

 ということは、揺さぶりをかければ横領を自白するだろうか。

 いやでも、あの手の人間はどれだけ圧をかけても自分に非があることを認めないだろう。不正の証拠を掴め、という指示は結構漠然としていて難しい。


(一番いいのは、周りを味方につけることかしら。他の看護師や医師をこちら側に寝返らせて、不正を訴える……でもよく

考えてみたら、院内で他の医師の姿を見たことって一度もないわ)


 リリカが王立病院に来てから出会った人物は、リンドン医師とジェシカ、それにやる気のない受付にいる看護師のみである。


「ねえ、リンドンさん。他のお医者様や看護師って、本当にいるんですか?」

「いるにはいるが、出勤してきたことはない。なあ、ジェシカ君」

「はい。あたしが働き始めた時には、もうほとんど人はいない状態でした」

「おそらく医師たちは、夜な夜な院長と酒場に繰り出し、日中は寝ているんじゃないか」

「えぇ……」 


 それじゃあ味方につけようにもどうしようもないではないか。

 どうすれば誰の目にも明らかな不正を暴いて、バージルの尻尾を掴むことができる?


「リリカ君、どうしたんだい?」

「リリカ、考え事? 食事進んでないみたいだけど」

「ごめん、何でもないわ」


 リンドン医師とジェシカに不思議がられ、リリカは咄嗟に笑顔を作った。

 流石にリリカが国王に命じられて潜入調査をしていると知られる訳にはいかない。

 リリカは食事を進めながら、これから先どうしようかと悩むのだった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] >バージルに尻尾を掴むことができる? →バージルの [一言] メシにあの受付は呼ばないのなw
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