リリカVS院長
王立第二病院の院長バージルは、机の上に山と積まれた金貨を前にして笑っていた。
今日は国から病院運営のための金が支給される日で、そしてその半分くらいの金がバージルの懐に転がり込むという寸法だ。
バージルは有力貴族の家柄出身であり、家の力を存分に使いこれまでの人生三十年間をずっと楽して生きてきた。
自分では働かず、良い待遇の地位につき、そして他人の金で遊び呆ける。罷免されてもまた次の良い役職を親が用意してくれる。だからバージルはそれに乗っかっていればいい。
今回の王立病院の院長就任も、そんな感じで用意された役職である。
就任直後には小生意気な医師と看護師のひんしゅくを買ったが、逆らう奴らは全員クビにしてやった。残ったのはバージルに従順な者たちだけだ。
「これだけ金貨があれば、ミミリーちゃんに喜んでもらえるな」
バージルは金貨を一枚つまみ上げて口角を持ち上げた。
バージルが最近気に入っている高級酒場の女の子、ミミリーちゃんはお金が大好きである。ドレスで強調された豊満な胸元に金貨をねじ込めば、「バージルさん、大好き〜!」と言ってその胸をバージルに押し付けてくれるに違いない。
「やっぱ世の中、金だよ、金! はははははは!!」
金貨の山を前にしてバージルが高笑いをしていると、院長室の扉がこんこんとノックされた。
バージルは金貨を袋にしまって机の引き出しに入れてから、何食わぬ顔で入室を促す。
「失礼いたします」
入ってきたのは細い縦縞の看護師服を身に纏った、亜麻色の髪と瑠璃色の瞳を持つ一人の若い看護師だった。バージルは警戒する。
「こんな夜更けに何の用だ。俺は忙しい」
「本日は院長にお願いがあって参りました」
「願い?」
「はい。院内で必要な医療器具や患者に提供する食事の予算が不足しているため、予算を増やしてもらえないかと思いまして」
看護師の直球かつ大胆な願いを聞き、バージルは鼻で笑った。
「無理無理! 今渡している金で精一杯だよ。何とかやりくりしてくれ」
「ですが、国から病院に支給されている金額はもっと多いですよね? ほら、こちらに明細がございます」
そう言って看護師がポケットから取り出したのは、一枚の紙だった。
バージルが机の上に置かれた手紙に視線を落とすと、それは確かに王家の紋章が押された、王立病院に支払われる金額が各項目ごとに細かに記載されている正式な書類であった。
「!? え……えぇ!? こんなものどこで手に入れた!?」
驚くバージルをよそに、看護師は一つ一つの項目を指でなぞりつつスラスラと文章を読んでいく。
「こちらの文章によりますと、薬師から薬草や薬を購入するために必要な金貨、包帯やガーゼといった医療用の消耗品を購入するために必要な金貨、入院患者のための食材費、それから蝋燭などの生活消耗品の購入に充てるための費用諸々を合わせて月に金貨がこれだけ国から支払われているはずですが、実際に現場に降りてきているのはこの半分にも満たない金額です。残りの金貨はどこに行ったのでしょうか」
「そ、それは、交際費! 交際費というやつだよ!! 王立病院の運営を円滑に保つためには、他の病院や各貴族とのつながりが大切になってくるからね!」
「病院の半分以上の予算を使ってですか? 恐れながら、私が以前勤めていた他の王立病院では、そういった慣習はなかったように見受けられますが」
「……病院によって運営方法は違うんだ! たかが一介の看護師風情が院長である俺に逆らうなら、クビにするぞ、クビに!!」
「それは困ります」
バージルの鶴の一声に、これまで威勢が良かった看護師は即座にそう言った。
バージルは少々溜飲を下げ、さっさとこの看護師を追い払おうと口を開いた。が、その前に看護師の方が行動が早かった。
「では、交際にかかる費用をこちらの紙に書き出していっていただけないでしょうか? 納得できる金額でしたら、私もこれ以上の口出しをせず、大人しく引き下がりますので」
「な……な……!」
「ペンをどうぞ」
看護師は机にまっさらな羊皮紙を広げると、恭しく羽根ペンを差し出してくる。
バージルは未だかつてない展開に戸惑い、すっかりペースを乱され、気づけば羽根ペンを握っていた。
はふーはふーと息を吸って吐き、己に冷静になるように言い聞かせる。
(落ち着け。適当な金額を書いて渡したところでバレるはずはない。この場を何とかあしらって、それから明日にでも解雇をいい渡せば良いんだ……!)
「こちらの酒場でのお酒代ですが、こんなにも必要でしょうか? それに、頻度が高すぎるような気がするのですが……あと、一体どなたと一緒に行ったのか、詳細を記していただけないでしょうか」
しかしバージルが適当に書いた交際費について、看護師は鋭い指摘を飛ばしまくり、バージルをたじろがせた。あまりにも仔細にわたって書け書けとやかましい看護師に根を上げ、とうとうバージルは叫ぶ。
「あぁ、もう、わかった! 一体いくら必要なんだ!? 持っていけば良いだろう!!」
さっさとこの看護師を追い払いたい一心で、バージルは引き出しにしまった金貨の袋をドスンと取り出す。すると看護師の顔はぱあっと明るくなった。
「本当ですか、ありがとうございます! 薬代も食費も消耗品代も何もかもが足りていなかったので、とっても助かります。丸ごといただきますね!」
「え……丸ごと……?」
「はい、ありがとうございます!」
看護師はニコニコしながら金貨がぎっしり詰まった袋を持ち上げると、至極大事そうに抱え、持参した支払明細書もきっちり回収してからペコリと頭を下げ、「失礼いたしました」と言って退出した。
「……何だったんだ、一体……」
嵐のような時間が過ぎ、残されたバージルは一人院長室で呆然とした。





