リリカの本気②
リリカとリンドン医師、それから看護師見習いのジェシカの三人は、寝る間も惜しんで凄まじい勢いで働き続けた。
病院中を清潔にするべく、リリカとジェシカは朝のわずかな空いた時間に掃除をし、視界の端に虫が映ろうものなら全力で駆除し、大量のリネン類を洗濯板でゴシゴシ擦って汚れを落とし、屋上の物干しスペースへと干し、それからたった二人で自分達と患者用の食事五十人分三食を作り上げた。
病院は忙しい。日々、同じ生活を送ると言うのは不可能である。
リリカは嘔吐を繰り返す患者にも血痰を吐き出す患者にも骨を折って血まみれになって運ばれてきた患者にも決して臆せず、リンドン医師の指示に従いテキパキと働いた。
もはや今のリリカは、ウィルジアの屋敷で働く万能メイドではなく、王立病院の白衣の天使である。
そして白衣の天使リリカは、忙しい中でも患者にはそうとわからないように振る舞う努力をした。
入院している子供があまりにも咳き込み苦しそうで眠れない様子だったら、夜通し側にいて安心できるようになだめた。
「大丈夫よ、お姉さんが側にいるから」
「うん……っゲホッ」
咽せる男の子はルーイという名前で、カルテによると十歳だ。
病院に担ぎ込まれた時には高熱でうなされ、痩せ細って痛々しい限りであったが、熱の引いた今はかなり良くなっているのだが、まだ時折激しい咳が出るので退院は許されていない。
この子の痛みの元を今すぐに取ってあげたいと思いつつ、リリカにそこまでの力はない。
「お姉ちゃん、優しいね。ゲホッ。ボクにもお姉ちゃんがいるんだよ。綺麗で、優しくて、ボクの入院のお金を稼ぐためにずっと働いてくれているんだ」
「そうなの。いいお姉さんなのね」
「うん。お母さんは死んじゃったし、お父さんは知らない女の人と出て行っちゃって、うちには僕とお姉ちゃんしかいないんだ。お姉ちゃんに心配かけないためにも、早く良くならないと」
「じゃあ、しっかり休んで治そうね、ルーイ君」
「うん。ゲホッ、ゲホッ」
激しく咳き込むこの男の子は、ずいぶん訳ありな家で育っているようだった。
自分の体調よりも姉を気遣う男の子の健気な様子にリリカは心を打たれた。
せめて寂しくないように、リリカは一晩中男の子の背中をさすりながら見守っていた。
夜になってようやく、一日の仕事が終わりとなる。
リリカとリンドン医師、ジェシカの三人は厨房の隅っこで三人で輪になって食事を取っていた。
「いやいや、リリカ君とジェシカ君のおかげで院内が見違えるように明るく清潔になった」
リンドン医師は青白い顔にくたびれ果てた笑顔を浮かべながら、リリカとジェシカが用意したスープをすくってそんな感想を口にする。
「そんなに汚れがこびりついていなかったので、やり始めたら簡単に汚れが落ちました」
リンドン医師の話では、一年前までは病院が正常に機能していたようなので、荒廃したのはここ一年ということになる。であれば汚れもそこまでひどくないので、拭けばあっという間に落ちていった。ウィルジアの屋敷のように何十年にもわたって掃除がされていない状態とは、訳が違う。
「それに、ジェシカも頑張ってくれてますし」
「あたしは、リリカの指示に従っているだけだから……」
「ジェシカは言われたことをちゃんとやってくれるから、私もとても助かるわ」
「何にせよ、頼りになる看護師がまだ二人もいてくれて私も大助かりだ。院内が清潔で、食事もきちんとしたものが出ていれば、それだけで病状も回復しやすい。患者の中には、病気の他に栄養失調と過労の者も多いから」
「そうですね」
リリカは頷いた。
訪れる患者の中には、栄養失調と過労、加えて夏の暑さにやられて病状をこじらせて運び込まれる人が何人もいた。そうした人々には薬はもちろんのこと休養と食事も必要だった。
リンドン医師は手元のスープに視線を落とし、呟いた。
「本来ならば肉や魚も食べさせた方がいいのだが、予算がない関係で削らざるを得なくなってしまっているな。薬草や丸薬、包帯なんかも底を尽き始めているし……金が足りない」
「……病院のお金は、院長がせしめているんですよね」
「ああ」
「なら、返してもらいましょう」
リリカの発言に、リンドン医師は「え?」という顔をした。
「返してもらうんです。こっちはお金が必要なんですから」
リリカは、瑠璃色の瞳でリンドン医師を見据え、キッパリと言う。リンドン医師は顔に焦りの色を浮かべ、髪を振り乱してリリカを止めようとした。
「いや、この前も言ったけど、下手に逆らうとクビになる」
「リンドンさんがクビになったら大変なので、私一人で話をつけに行きます。院長は、最上階の院長室にいるんですよね?」
「まあ、そうだと思うが」
「なら私、行ってきます!」
「えっ!?」
「武運を祈っていてください!」
リリカは呆気に取られるリンドン医師とジェシカを置き去りに、院長に直談判するべく病院の最上階を目指した。