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行ってきます

 国王陛下に頼まれごとをされた日からあっという間に時間が経ち、リリカが病院に潜入する日がやってきた。

 リリカは革張りのトランクに必要な荷物を詰め込むと、パチンと留金を止め、持ち上げる。自分の部屋を出ると、玄関ホールにはウィルジアの姿があった。


「本当に行くの? 今からでもやめようよ」


 リリカを見下ろすウィルジアの表情は、もう「心配でたまらない!」とはっきり書いてあった。眉尻を下げ、緑色の瞳を不安げに揺らし、リリカの手を放すまいとぎゅっと握っている。リリカはウィルジアを安心させようと、明るい声を出した。


「大丈夫です、ウィルジア様。正体がバレるようなミスは犯しません。私、必ず今回の件を解決してまいります」

「…………」

「それより私がいない間の、ウィルジア様の生活が心配なのですが……」

「あぁ……まぁ、なんとかなるよ」


 ウィルジアはリリカに、疲れたような諦めたような笑顔を向けた。

 リリカが威勢よく泊まり込みでの病院の仕事を引き受けてしまった結果、その間のウィルジアの生活が問題となった。

 ウィルジアの屋敷にはリリカしか使用人がいないので、一ヶ月もリリカがいなくなってしまっては冗談抜きでウィルジアが干からびて死んでしまう。しかしこの問題については、国王陛下が放った一言であっさりと片付いた。


「王宮に戻ればいいじゃん」


 脊髄反射でウィルジアが放った「えっ、嫌だ!!」という反論は、無言のうちに却下された。

 かくしてリリカは病院に、ウィルジアはしばらくの間王宮に滞在することになったのだった。

 リリカとウィルジアは一緒に屋敷を出て、馬に乗って王都へ向かう。その間もウィルジアの表情は優れない。


「僕、病人のふりをして三日に一度くらいリリカの様子を見に行こうかな……」

「さすがに怪しまれますから、お控えいただきたいのですが……」

「……わかった……」


 この世の終わりかのような憂鬱な雰囲気を撒き散らすご主人様を見ていると、リリカは胸が締め付けられるかのようだった。


「あのう……勝手に引き受けてしまってすみません」

「リリカは悪くないよ。断れるはずがないことはわかってたし、家族を止められなかった僕が悪いんだ。そう、全部僕が悪いんだ……」

「ウィルジア様は何も悪くありません」

「リリカはいつも優しいね……」


 どよどよとネガティブなオーラを纏わせるウィルジアに、罪悪感がますます募ってゆく。どうにかしようと考えたリリカは、とりあえず笑顔を浮かべて再び明るい声を出した。


「ウィルジア様、私、なるべく早くに解決させてウィルジア様の元に戻れるよう、頑張りますから!」


 ウィルジアはリリカの顔をじっと見つめた後、こっくりと頷いたが、表情は相変わらず暗いままだった。

 アウレウスを連れて病院に行くわけに行かないので、リリカはひとまず馬を預けるべく王宮へ向かっていた。ウィルジアも一緒に行くと言ってついてきており、二人を王宮前で待ち受けていたのは第三王子のイライアスだ。

 馬から降りると使用人が丁重に厩舎へと連れて行く。リリカはイライアスへと向き直った。


「突然、面倒な仕事を押し付けてすまない」

「いえ、とんでもありません」

「そう思うんなら自分たちで解決してくれよ」


 愛想の良いリリカとは裏腹に、ウィルジアが呪詛でも吐き出すかのように呟くとイライアスが苦笑する。


「ウィル、お前には後で話があるから」

「…………」


 ウィルジアは地面に視線を固定したまま、目も合わせたくないといった様子だった。イライアスは弟の反抗的な態度には構わず、リリカの方を向く。


「王立第二病院の院長はバージルという名前で、噂によると街の高級酒場で毎日のように飲んだくれているらしい。かなり羽振りがよく、どう考えても支給されている賃金だけでまかなえているとは思えない。十中八九病院の金を使い込んでいるのだろう。証拠を押さえて逃げられないようにし、捕縛したいと考えている」

「かしこまりました」

「無茶を頼んでいるのは重々承知だ。尻尾だけでも掴んでくれれば、あとはこちらでなんとかする」

「はい」

「リリカ、本当に無茶なことはしないでくれよ。嫌だと思ったらいつでも逃げていいから」


 なおもリリカを心配してくれるウィルジア。捨てられた子犬のような目で見つめられると、リリカの決心が揺らぎそうになる。

 リリカとて、できればウィルジアのそばにいて、全身全霊で毎日お世話したいと思っている。

 しかし、今この状況でそれは許されない願いだった。

 リリカがウィルジアのそばに居続けるためには、ウィルジアの父に認められなければならない。そのために、リリカは頑張る必要がある。


「ウィルジア様……私、ずっとウィルジア様のおそばにいるためにも、今回の件を絶対に解決してみせます」

「!」

「早く、また一緒に暮らせるように頑張りますね!」

「う、うん」


 リリカの意志が伝わったのか、ウィルジアは納得したようで少し顔を赤くしながら頷いた。


「では、行って参ります」


 リリカはウィルジアとイライアスに向かって丁寧にお辞儀をしてから、王立第二病院に向けて歩き出した。


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