俺も会いたい
騎士団の訓練場のど真ん中で奇妙なティーパーティが開催されている。
参加者は、この国を統べる王室一家であり、アシュベル王国で最も身分が高い六人である。
そんな尊い血を引く六人であるが、会話の内容は市井の庶民とあまり変わらなかった。二番目の兄のエドモンドは、ティーカップを持ち上げつつニヤニヤした笑いを浮かべてウィルジアに切り込んだ質問をする。
「で、ぶっちゃけウィルとあの使用人の関係性は今、どうなってんの?」
「どう、って……」
「もう手ェ出したのか? 寝た? ヤッた?」
「そんなことするわけないだろっ!」
王族としての威厳のかけらもない、あまりにも直球な質問に、ウィルジアは全力で否定した。しかしエドモンドは唇を尖らせつまらなさそうな顔をする。
「えーなんだよ。まだなのかよ」
エドモンドの本能が赴くままな質問に対し、父のコンラッドが素朴な疑問を浮かべる。
「てーか、そもそも恋仲なのか?」
「それは……まぁ……一応は……」
「両想い?」
畳み掛けるような父の質問に、ウィルジアは顔を赤くしてかすかに頷く。すると喜びの声を上げたのは、母であるエレーヌだった。
「あらぁ! そうだったのねぇ! じゃあじゃあ将来、リリカがわたくしの娘になるってことなのかしら? だとしたらとっても嬉しいわぁ! 娘になるのならわたくしがウィルのお屋敷に遊びに行ってもおかしくないし、王宮にも呼びやすくなるわぁ!」
「いや、来なくて良いし呼ばないでくれ」
「つれないわねぇ。わたくしはリリカとおしゃべりしたいのよ」
「なんだ、エレーヌはその使用人に会ったことがあるのか」
「ええ! もうもうとっても気が利く子でね、わたくしの侍女をみーんな教育してくれたの。性格も良くって、明るい子でねぇ。わたくしはリリカが大好きだわ」
「私も会ったことがありますよ。妻のユーフェミナと子供たちを連れて、ウィルの屋敷に遊びに行った時に。確かに気が利く使用人だった。おまけにうちの双子に懐かれていた」
「俺もあるぜ。手合わせしたけど、めちゃめちゃ強かった」
「え、なんだよ。エレーヌだけじゃなくてハリーもエドも会ったことあるの? じゃあ俺とイラだけが会ったことないのか。ずるい。俺も会いたい。なぁイラ」
「いえ、別に……」
「会いたいよな! つーわけでウィル、そのリリカって使用人に会わせてくれよ!」
「嫌だ」
ウィルジアは当然のように父の願いを却下した。
ウィルジアの家族に会わせたって良いことなどひとつもないし、むしろ悪いことが起こる予感しかしない。
しかし相手は腐っても国王、ウィルジアが却下したところで諦めるはずがなかった。
「えーいいじゃん。父親としてウィルがどんな子を好きになったのか、知りたい」
「知らなくていい」
「よし、今からウィルの屋敷に行く」
「はぁ!?」
「俺もイラも今日はこの後予定がないんだ。むしろ今日以外に行ける日がない。行くぜ!」
「あらぁ、ではわたくしも行くわ。ハリーとエドも行きましょうよ」
「いえ、私は別に……というか問題が起こったわけではないのなら、もう自分の屋敷に帰ります。妻と子供たちが待っている」
「なんだよハリー兄上、つれないなぁ。一緒に行こうぜ!」
「おいエド、放せ」
「おーし、皆でウィルの屋敷に遊びに行こう!」
エドモンドは渋るハリエットとイライアスの肩に腕を回し、無理やり連行した。
「ちょっと、父上! 突然こんな大人数で押しかけたらリリカが迷惑するからやめてくれ。うちには使用人がリリカしかいないんだから!」
「どうせ長居はしないし、何ももてなさなくいいと伝えるから大丈夫だ」
「全然大丈夫じゃない。リリカは絶対に全力でもてなそうとするだろうし、どう考えても嫌な予感しかしないからやめてくれ!」
「ウィルの恋人に会えるの、楽しみだなー!」
「聞いてないね!?」
浮かれまくっている父は、ウィルジアの声なんて全く耳に届いていなかった。
これに助け舟を出したのは、珍しいことにエレーヌだ。
「大丈夫よぉ、ウィル。わたくしの侍女たちも連れて行くからもてなしは彼女たちにしてもらいましょう」
「そういう問題!?」
「あなたたちだってリリカに会いたいでしょう?」
エレーヌが隅に控える侍女たちに話しかけると、皆一様に目を輝かせて首を縦に振った。
「はい!」
「リリカお姉様に久しぶりにお会いしたいです!」
「ほらぁ。リリカは何もしなくて良いから、彼女たちに任せなさい」
「いや、なんで僕の屋敷で母上の侍女がもてなすんだ」
どう考えてもおかしな状況だが、誰も何も言わない。
「そうと決まれば時間が惜しい。早速行こう!」
かくしてウィルジアの願いも虚しく、王室のご一行が乗った馬車が王都の外れに向かって疾走し、そのまま王都を出て森に入り、ウィルジアの屋敷に向かったのだった。
***
屋敷に帰ると既にリリカは玄関ホールで待ち構えていた。いつものように亜麻色の髪をひとまとめにし、使用人服を身に纏ったリリカは、いつもと変わらない笑顔を浮かべながらウィルジアと唐突にやってきたウィルジアの家族を出迎える。
「おかえりなさいませ、ウィルジア様。それに王室の皆様方、ようこそお越しくださいました」
「うん、ただいま……」
頬を引き攣らせるウィルジアの背後から、無理やり屋敷に押しかけてきた家族たちが顔を覗かせリリカに挨拶をした。
「よう! いきなりで悪いな!」
「コンラッド国王陛下、お会いできて光栄です」
「お久しぶりねぇ、リリカ、会いたかったわぁ!」
「王妃様、お久しぶりでございます」
「前はうちの双子が世話になった」
「ハリエット様、またお子様を連れて遊びにいらしてくださいね」
「なぁ、手合わせしないか?」
「エドモンド様。今は流石に……また時間がある時にぜひお願いします」
リリカはウィルジアの家族に全く怯まず、淀みなく会話をする。まるで今日来ることが予め決められていた事で、想定内の出来事であるかのようだった。
親そうにリリカに話しかけるウィルジアの家族の中、唯一イライアスだけがどうして良いのかわからないといった様子で一歩離れて様子を眺めている。当然だろう。イライアスはリリカと面識がないし、特にリリカに興味を持っているわけでもない。
しかしそんなイライアスに気がついたリリカは、自らウィルジアの三番目の兄に話しかけた。
「イライアス様、お初お目にかかります。ウィルジア様のお屋敷で働かせていただいております、リリカと申します」
「あ、ああ。どうも。イライアスだ。突然押しかけてすまない」
「いえ、とんでもございません。もうお時間も遅いので、みなさまお食事をされて行かれますか? 僭越ながら私が調理と給仕を担当いたしますが」
「その事なんだけれどねぇ、今日はわたくしたち、リリカとお話ししたくて来たの。だから給仕その他諸々はうちの侍女に任せて、リリカも一緒に座っておしゃべりしましょうよぉ!」
「えっ!?」
「うちの侍女が優秀なのはリリカも知っているでしょう? だから大丈夫よぉ!」
「で、ですが、私がみなさまと同じテーブルに着くのは恐れ多いです……! それに給仕は侍女の皆様ができても、調理は無理でしょうし!」
扉が開いた玄関ホールの外で待機していた侍女たちがリリカの言葉を聞き、会話に言葉を挟んできた。
「安心してください、リリカお姉様!」
「ちゃんと王宮の料理人も連れて参りました!」
「人数分の食材も運んできていますので、お姉様はお寛ぎになってくださいませ!」
「ほらぁ、リリカも一緒に行きましょう」
「え、えぇ……!?」
エレーヌはウキウキとリリカの腕を取ると、弾むような足取りで勝手にウィルジアの屋敷に上がり込み、我が物顔で食堂へと向かった。
「ちょっと母上、リリカが困ってるからやめてくれ」
「何よぉ、わたくしのリリカに用があるっていうの?」
「母上のじゃないだろう」
ウィルジアが慌ててついていって止めても、どこ吹く風だった。
全く状況がわかっていないリリカは食堂へと連行され、なぜか椅子の一つに座らされると、ウィルジアの家族と共に夕食を取ることを強制されたのだった。