リリカとウィルジアの平和な食卓
朝である。
自室にて目を覚ましたリリカは、夏用の使用人服に袖を通し身支度をした。
そして夜の間に澱んだ空気を一掃するべく、屋敷の窓を開け放つ。
屋敷の中を吹き抜ける風は、朝から熱気をはらんでいた。
「おはよ、リリカ」
「おはようございます、ウィルジア様」
厨房にいるリリカの下に、夏服に身を包んだウィルジアがやってくる。
「朝から暑いね」
「はい、すっかり夏ですね」
「厨房で火を扱ってるとしんどくない?」
「慣れていますから。ウィルジア様は無理なさらないでください」
「まあ、兄上と訓練している時に比べたらどうってことないよ」
ウィルジアはエドモンドとの訓練を継続しており、すっかりたくましい体つきとなっていた。
「できた。ごはんにしよ」
「はい」
ウィルジアが焼き上げたオムレツと、リリカが用意したパンやサラダを厨房横の小さなテーブルに並べ、向かい合って座った。
正面に座るウィルジアをリリカは見つめる。
「どうしたの?」
「いえ、まだ慣れないなぁと……給仕したい欲求が出てきてしまって……」
「そろそろ慣れようよ」
「うぅ……」
リリカは向かいで朝食を食べるウィルジアに倣い、ナイフとフォークを手に取った。ウィルジアが手ずから焼き上げたオムレツを口にする。程よい半熟具合のオムレツは完璧な出来栄えで、とても王族の血をひく公爵様が作り上げたとは思えない代物だ。
「どう? 美味しい?」
「はい。とっても美味しいです」
「リリカの食べてる姿、可愛いよね」
「!?」
「もぐもぐしてる」
「…………!」
食べてる姿をまじまじ見つめられるというのは落ち着かない。
リリカは赤面しながらも、どうにかこうにか食事を終えた。
並んで食事の後片付けをしてから、ウィルジアは仕事に行くため支度を整え、リリカはその隙にウィルジアに持たせるための昼食を用意し、バスケットに詰め込む。暑さで傷んでしまわないよう、食材は今まで以上に気を使う必要があった。
降りてきたウィルジアにバスケットを手渡すと、リリカは門前まで出てウィルジアを見送る。
「はい、どうぞ、ウィルジア様」
「ありがとう。じゃ、行ってくる」
そう言って屈んだウィルジアがリリカのおでこにキスを落とした。
「!」
にこりと微笑みロキにまたがったウィルジアが屋敷を出ていくのを見送る間も、リリカの顔の火照りは治らない。
両頬を自分の掌で包み込んだリリカは、はーっと大きく息をついてから高鳴る胸の鼓動をどうにかしようとその場にしゃがみ込んだ。
リリカとウィルジアの関係性は、使用人と雇用主以外にもう一つの側面を持っている。
すなわち、恋人同士というやつだった。
想いが通じ合った後もそこまで生活に変わりはないのだが、ウィルジアの距離が若干近くなっていて、それがリリカを動揺させる。
「ウィルジア様……」
主人であり愛しい人の名前を呟くリリカの顔は、完全に恋する乙女のそれであった。
しばらくそうして一人佇んでから、はっとした。
「あっ、いけない。早くお仕事終わらせなくっちゃ! こんなぼうっとしている場合じゃないわ」
リリカは立ち上がり、己の本分である使用人としての仕事に取り掛かるべく動き出した。
なんで恋人になった後も使用人を続けているのかといえば、リリカが自分でやりたいと申し出たからだ。
五歳の時におばあちゃんに引き取ってもらってから、リリカは一人前の使用人になるべく育てられており、逆にいえばそれ以外の生き方を知らない。働いていないと落ち着かない性分のリリカは、「このまま使用人のお仕事をやらせてください!」とウィルジアに訴えた。
リリカのお願いをウィルジアが断れるはずもなく、今に至る。
「お掃除とお洗濯、お庭仕事、アウレウスのお世話をして、毎日毎日暑いから、氷をたくさん買いに行かないと」
リリカは屋敷の仕事でやるべきことを呟きながら歩く。
「よーし、今日も頑張るわよ!」
そして一人屋敷の中で元気に声を出した。
リリカとウィルジアの生活は、誰に邪魔されることもなく、平和そのものだった。
外伝開始です、よろしくお願いします。





