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第79話 準備と始まり

 広場は先ほどよりも準備が進んでいて、長机がずらりと設置されていて、既に料理も並び始めていた。


「おぉ、リリカ。ミートパイ出来たのか」

「ええ。置いてもいい?」

「もちろんだ。リリカのとこのミートパイはメインだから、真ん中にどーんと置いてくれや!」

「いやいや、それだと取り合いになるだろう。バラけていろんな場所に置いたほうが、皆が食べられていいと思うぜ!」


 テーブルのどの場所に料理を置くかで言い合う町の人々に苦笑を漏らしつつ、リリカはひとまず一箇所にパイを置く。ウィルジアが運んでくれたお皿の上に型から取り外したパイを載せ、持参したナイフで食べやすいように八等分に切れ込みを入れた。


「おい、ウィル君。ちょっと椅子並べるの手伝ってくれないか」

「これかい?」

「そうそう。ズラーっと並べて欲しいんだ」

「わかった」


 リリカが作業に集中しているとウィルジアが声をかけられてしまった。ウィルジアは快諾し、椅子を並べるという雑務を嬉々として請け負っている。


(ご、ご主人様が下町の人に混ざって、椅子を並べてる……)


 リリカは複雑な気持ちになったが、正体を隠している以上止めるわけにもいかない。グッと堪えてパイを切り分ける作業に集中した。

 リリカが残りのミートパイとお皿を運んで切り分けている間に、ウィルジアはさまざまな雑用を頼まれていた。

 続々と各家庭から持ち寄られる机と椅子を設置したり、テーブルクロスを敷いたり、大量のカトラリーを並べたりするウィルジアは一切嫌な顔をしないどころか、なぜか楽しそうに準備を進めている。


「いやぁ、リリカの仕事仲間のウィルさんは働き者だなぁ!」

「テキパキ動くから、ついつい色々と頼んじまうぜ」

「みなさん、本当に頼みすぎですっ。あまりこき使わないでくださいっ!」

「僕は構わないよ」


 ウィルジアは現在、日が傾き日没が近づきつつある下町の広場で明かりを確保するために、街灯のオイルランプに光を入れている最中だった。ハシゴを使って二メートルの高さまで上り、設置されている街灯の一つ一つにマッチで明かりを入れていくためにとてもバランスが悪く危ない作業なのだが、ウィルジアは下町の人に混じって作業を黙々とこなしている。


「危ないから私がやるわ!」

「でももうこれで最後の一灯だし。……はい、おしまい」


 器用にオイルランプに明かりを入れたウィルジアが梯子をするすると降りて地面に戻ってくる。


「これで準備はおしまいかな?」

「うん、あとは皆が揃うのを待つだけ」


 ウィルジアは広場に持ち寄られた料理の数々を見回し、感嘆の息を漏らした。


「これだけたくさんの料理が集まるのは見たことがないや」

「ちょっと雑多だけどね」


 王宮や貴族の屋敷で開かれる夜会で振る舞われる料理とは違い、形式など存在しないため、集まる料理はどうしても寄せ集め感が強い。それでも量が量なため、圧巻だった。

 準備を終えた人々が続々と広場へと集まってくる。

 中でも子供たちのはしゃぎようは尋常ではなかった。


「わあ、すごい! ご馳走だ!」

「おれ、ミートパイが食べたい!」

「デザートもある!」


 子供たちは普段お目にかかれないほど沢山の料理を目の前にして、瞳をキラキラと輝かせ、待ちきれない様子でテーブルの周りをぐるぐるしていた。


「まだ食べちゃダメなのか!?」と母親のエプロンを引っ張っては「皆が集まってから」と言われ、それでも我慢できなさそうに料理を見つめ続けていた。

「やれやれ、賑やかだこと」

「おばあちゃん」


 リリカとウィルジアの元に、家の後片付けを終えたヘレンおばあちゃんがやって来た。


「おばあちゃん、大丈夫? 疲れてない? 座ってて」

「あぁ、どうも、ありがとう」


 リリカが椅子を引き寄せると、おばあちゃんはどっこいしょと言いながら腰掛ける。


「あぁ、ウィル君も座ったらどうだい?」

「僕はまだ疲れていないので平気です」

「そうかね?」


 ヘレンおばあちゃんは佇むウィルジアをじっと見つめ、柔らかく微笑んだ。


「うん、いい顔をしていらっしゃる。今の暮らしが充実していそうで何よりです」

「リリカのおかげで毎日飽きません」


 ガヤガヤと賑わう広場にはようやく全員が揃ったようで、万霊祭が始まった。

 と言っても特別な挨拶などは何もなく、皆が思い思いに料理を食べ、お酒を飲み、親しい人ともそうでない人とも会話を交わしながら楽しく食事をするというだけだ。

 お皿を手に取った町の人々は、うわぁーっと一斉に料理に向かって殺到した。

 人気が高いのはリリカたちの作ったミートパイで、五十個も作ったパイはあっという間に数を減らしていく。

 リリカはお皿を手に取り、料理に群がる人の群れを見つめた。


「さて、私たちも行かないとあっという間に料理が食べ尽くされるわ」

「……この人だかりの中を、料理を取りに行くのかい?」

「当然。尻込みしていたら、すぐになくなっちゃうんだから」


 お上品な食事しかしたことのないであろうウィルジアは、目の前で繰り広げられる光景にたじろいでいた。

 大人も子供も関係なく、テーブルの上の料理を奪い合うようにして自分のお皿に載せている。もはや食事風景というよりは、さながら戦いのようであった。リリカは圧倒されているウィルジアに向かって、力強く請け負った。


「私に任せて! おばあちゃんの分と合わせて三人分、お料理を持って来てみせるから!」


 そしてリリカは座るヘレンと立ち尽くすウィルジアをその場に残し、お皿を持って人だかりに突撃した。

 下町の人に人気があるのはスタミナのつく肉料理だ。そして広場のテーブルにはありとあらゆる肉料理が乗っている。

 リリカの作ったミートパイを筆頭に、ローストチキン、豚の丸焼き、牛すじのシチュー、骨つきラム肉のガーリック焼き、ゆで卵をひき肉で包んで焼いたスコッチエッグ、ソーセージや厚手に切られたベーコンなど。

 それから丸ごとのじゃがいもにバターをたっぷりのせて蒸したもの、薄くスライスしてから揚げたじゃがいも、魚のフリット、インゲン豆をトマトソースで煮詰めたベイクドビーンズ、マフィン、パンケーキ。

 貴族の食卓にのぼるような彩やバランスを意識した料理とはほど遠い、ボリューム満点でお腹が満たされる料理ばかりがテーブルの上に所狭しと並べられている。

 皆、朝から準備して夜を楽しみにしていたため、料理を取る手は尋常ではなく早い。

 リリカはお皿を手に、人混みを縫うようにして動き、華麗な手さばきで次々に片手に持った三枚のお皿の上に料理を盛り付けた。


「お待たせしました! どうぞ!」


 リリカは勝ち取った料理を手に、ウィルジアとヘレンの元へと戻っていく。

 雑多な料理たちはリリカの手によって、一皿のうちにバランス良く美しく盛り付けられていた。


「ありがとうリリカ」

「ありがとね、リリカ」


 ウィルジアとヘレンはそれぞれ礼を言い、フォークを手に料理を食べ始める。

 なお椅子の数が足りないため、基本的には立食形式だ。座っているのは老人もしくは子供である。

 リリカは久々に食べる下町の人の料理に、じんわりと感動した。


(このローストチキン、懐かしい味がする。それにスコッチエッグ、大好きだったなぁ。素朴な味の蒸しじゃがいもも美味しいし、魚のフリットも大好物!)


 一年ぶりの万霊祭で食べる料理。各家庭の味が出ていて、一つ一つが今日のために腕によりをかけて作られていた。

 リリカがおばあちゃんと作ったミートパイも自信作だ。

 亡き人に捧げる料理は、丹精込めて作られて、生者も死者も等しく味わう。

 リリカは万感の思いを込めて毎年料理を作っていた。


(お父さんお母さん、私こんなに料理が上手になったんだよ。食べてくれてるかな)


 そしてリリカはちらりと、隣で立ったまま食事をするウィルジアを見た。


「ウィル……その、味はどうかしら……?」


 リリカは少々不安だった。何せ普段ウィルジアに出している料理とは全く違うタイプのものばかりだし、使っている素材からして数段は劣るものばかりだ。

 実はお口に合わないんじゃないかしらと思いながらウィルジアを見上げると、予想外に機嫌よく食べ進めるご主人様と目が合った。


「美味しいね。色んな料理が一度に食べられるから飽きないし、それに、賑やかで面白い」


 ウィルジアは広場で思い思いに談笑しながら料理を食べる人を見つめながら、言った。


「僕は社交の場での食事や会食がすごく苦手なんだけど、こういう人の多さならいいな、って思うよ。それに、リリカと一緒に食べられるっていうのが嬉しい」

「私と一緒に?」

「うん。普段は別々だから、隣にリリカがいるだけで、僕は嬉しいよ」

「…………!」


 ウィルジアの言葉に、リリカの心臓が妙に高鳴った。


「……き、今日のウィルは、いつもと違う……」

「そりゃあ、いつもの僕じゃないからね」


 ウィルジアの言葉は意味深で、真意を探るのが難しかった。




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― 新着の感想 ―
[一言] くそぅ、こんな時間に読んじゃったら飯テロじゃないか ふと思った。ウィルジアの方が年上だから敬語禁止しなくてよかったんじゃ…
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