<コミカライズ開始記念>ウィルジア先生とジェラール先生
それは、ジェラールが静かに書庫で書物と向き合っていた時。
廊下をバタバタと慌ただしく走る音が聞こえたかと思えば、書庫の扉がバァンと開いた。
扉の前に立ち尽くしていたのは、ジェラールの友人にして同僚のウィルジアだ。
ウィルジアは心底困り果てた様子で言う。
「ジェラール、大変だっ、講師が一人足りなくなった!」
「またか……」
四日に一度は繰り返されるやりとりに、ジェラールは書物を閉じると深々と息をついた。
歴史編纂家としての仕事をサボって王立第二病院に行ったウィルジアは、戻ってきてから変わった。
「平民の識字率を上げるために図書館で平民向けの読み書き講座を開く」と言い出したのだ。
ウィルジアは王族であるし、国のことを考えて何かやろうするのは非常に良いことだと思う。本来、彼はこんな薄暗い書庫に閉じこもっているべき人物ではない。ようやく王族としての自覚を持った友人をジェラールは微笑ましく思い、何かあれば手伝う、と言ってあった。
しかし。
「今日はお前の他に、司書の三人が担当するって言ってたじゃないか」
「そのうちの一人が出来ないって言い出して」
ウィルジアはジェラールの座るデスクの前まで行くと、かがみこんで訴えてくる。
「なんで出来ないんだ?」
「いや、なんか……」
「どうせまた妙なお願いをされたんだろう」
じとりと眼鏡越しに目線を向ければ、ウィルジアは前髪を握りつぶしながら全力で訴えた。
「……だって、その人、なんて言ったと思う!? 『今度デートしてくれるならやってもいい』って言い出したんだよ!? そんなの、受け入れられるはずないじゃないか、僕にはリリカがいるんだから!」
ジェラールはウィルジアの訴えに、額に手をやりうつむいた。
もう百回くらい聞いた話だった。
読み書き講座を開催するにあたり、館長と話し合いを経て許可を取り、講師を募るためにウィルジアは最近図書館の上階によく顔を出すようになった。
そして、以前とはあまりにも変わった風貌を人前に晒すようになったのだ。
見事な金髪をこざっぱりと切り揃えて整った顔立ちを露わにし、きちんとした衣服を身につけ、そして人前ではきはき自分の意見を主張するようになった。
その見た目は王立図書館中で評判となり、ウィルジアは今かつてないくらい人気があったーー端的に言えば、めっちゃモテていた。
講師を希望する司書は八割女性だし、彼女たちは完全にウィルジア狙いであった。
それを隠そうともせずに迫っていくものだから、ウィルジアとしては困惑するばかりである。
「僕には心に決めた女性がいる」と言っているのをジェラールが何回目撃したことか。そしてフラれた女性は涙ながらに去っていくので、ウィルジアとしてはなんで相手が泣いているのかわからない。そして「講師やめます」と言われてますます困っていた。
ジェラールは手早く片付けると立ち上がる。
「お前はもっと味方を増やすべきだ」
「わかってるよ、いつも代役頼んでごめん」
ジェラールに追いすがりながらウィルジアは謝罪をする。
ウィルジアの志は立派だが、平民に文字を教えることを厭う貴族は多い。特に、読み書きは貴族階級の特権だと考えているような連中には理解しづらいことだろう。識字率が向上した結果、仕事を奪われてはたまらないと思う人は多いのだ。
ひとまずジェラールはウィルジアと共に上階に行き、講座用に使っている部屋へと急ぐ。
「いっそリリカさんにもこの講座の指南を担当してもらったらどうだ。彼女、文字読めるだろう」
「けど、リリカの仕事をこれ以上増やすわけには……」
「じゃあこういうのはどうだ」
ジェラールは、歩きながら一つの提案をした。
「王宮で侍女をしている俺の妹のコレットが、リリカさんのことをずっと気にしてる。王妃様の侍女は最近人手が余っているようだし、一人抜けたところでどうということもないらしい。……屋敷仕事をコレットに任せ、リリカさんに先生をやってもらえばいいんじゃないか」
「え……」
ウィルジアの返事を待たずして、講座室の扉を開く。
ーー詰めかけている平民の数は、尋常ではなかった。
大人から子供まで、さまざまな人が押し寄せている。皆、それだけ期待しているのだろう。中には座るところがなく、壁際に立って講座を受けようとしている人までいた。
こうまで人を集めたのだ、半端なことはできない。
さてウィルジアはいったいなんと答えるのだろうか。
ジェラールは頼もしくなった友人を横目で見つつ、ともかく講座を始めることとした。
コミカライズ連載が開始いたしました。
幼少期リリカが鬼かわいいのでぜひご覧ください!
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