リリカとウィルジアと釣り①
夏の日差しが降り注ぐ中、王都外の湖のほとりで複数の人間が釣りを楽しんでいた。
「ウィル君、魚がかかったぞ!」
「バケツだ、バケツを用意してくれ!」
「う、うん」
ウィルジアは茶色いかつらと眼鏡をかけた変装状態で、言われた通りにバケツを持って走った。既にそのバケツの中には魚が超満員状態だ。ウィルジアがバケツを置くと、つい今しがた釣れた魚がその中に放たれ、ぎゅうぎゅうのバケツの中で狭そうに泳いだ。ブラックバスだ。本日五十回は見ただろうブラックバスを前にして、ウィルジアは「釣りって短時間でこんなに釣れるものなのか」と閉口した。そしてまた新たな水飛沫の音と、誰かが叫ぶ声が聞こえる。
「ウィル君の釣り竿がしなっているぞ!」
「ひとまず私が引き受けます!」
勇ましいリリカの声がしたかと思った直後、釣竿がしなるギシギシという音と一際激しい水飛沫の音が聞こえる。
「くっ……これは大物です!」
「よぉっし、やっぱりリリカと釣りに来ると、大物がかかるな!」
「すでに俺たちが今季釣り上げた魚以上の成果が出ているし、さすがリリカだ!」
「リリカといると、釣りがはかどって仕方がねえや!」
「なんで!?」
ウィルジアは思わず叫んだ。リリカは構わず、湖の中の魚に逃げられないよう両足でふんばっていた。釣竿が折れ曲がりそうなほどたわんでいる。
あちらこちらの釣竿で魚が入れ食い状態で大騒ぎだった。ウィルジアはその光景を見て、思った。
(なんか違う……僕が思っていた釣りと、全然違う!!)
リリカとウィルジアは本日、湖にいた。下町の万霊祭の時に街の人たちとした釣りに行くという約束を果たすためだ。
ウィルジアは今日という日を楽しみにしていた。そろそろ暑くなって来た日差しの中、湖のそばに生えた木立の影に座り込み、のんびりと釣り糸を垂らして獲物がかかるのを待つというのはとてもウィルジアの好みだ。激しく体を動かしたり、獲物を自ら狩りに行くというのは遠慮願いたいが、ひたすら魚がかかるのを待つだけならばウィルジアにもできるだろう。釣れなくても構わない。リリカと一緒にゆったり時間を過ごすということこそがウィルジアにとって何より至福の時間だ。
そんな風に思いながら自室で変装して準備を整え階下へ行くと、そこにはすでに釣りに行く準備を整えたリリカが待っていた。
「ウィルジア様、準備はいかがですか?」
「バッチリだよ。リリカも準備万端そうだね」
「はい、完璧です!」
にこやかに言うリリカの足元には、さまざまな釣り道具が準備されていた。釣り竿、釣り糸、釣り針。妙に大きい縦長の四角い箱は床に置かれているにもかかわらず、ひとりでにガタガタとうごめいている。
「リリカ、その箱の中身、何?」
「魚を誘き寄せるための餌です」
「生きてない?」
「生き餌の方が食いつきがいいので、今朝、森で捕まえて来ました」
「あ、そうなんだ……」
うごうごしている箱をなるべく見ないようにしながらウィルジアはそう返事をした。
王都外の湖までリリカと一緒に馬を歩ませる。リリカはアウレウスに荷車を引かせていた。荷車の中には釣りの道具と調理道具が詰め込まれている。湖面にリリカと並んで座り、釣り竿を握る姿を想像したウィルジアは、ロキを歩ませながら朗らかに言った。
「釣り、楽しみだなぁ」
「私もです。下町の皆もきっと楽しみにしていますよ。何せ、タダで夕食の材料が手に入るんですから。私も今晩のお夕食は魚料理にしようと決めています」
「夕食用に二匹くらいは釣れるといいね」
そうウィルジアが言うと、隣でアウレウスに乗っているリリカが首を傾げた。
「最低でも十匹は釣れると思いますよ」
「十匹? あぁ、他の人と合わせて、全員でってこと?」
「いえ、一人十匹は釣れると思います」
ウィルジアは釣りなどしたことがなかったが、釣りは元々貴族の遊びなので話にだけなら聞いたことはある。それによると釣りというのはなかなか魚がかからず、時にはほとんど釣れない時もあるが、そうして待っている時間に軽食をつまんだり雑談をしたり、ゆったりするのも醍醐味なのだという話だった。
「僕が知っている釣りだと、そんなに釣れないと思っていたけど……」
「平民と貴族の方々は、きっと同じ釣りでも違うのかもしれませんね。少なくとも私たちにとっての釣りとは、今晩のメインディッシュがかかった壮絶な戦いです」
「あ、そうなんだ……」
「ウィルジア様は今日は変装しての釣りなので、きっと万霊祭の時のように皆にこき使われるかもしれないのですが」
リリカが心配そうな面持ちになった。
「大丈夫だよ。そういうものだとわかってるから」
「無礼がないように、なるべく見張っています」
「いいよ、気にしないで」
そうして馬を進ませると、王都をはさんでちょうどウィルジアの屋敷があるルクレールの森とは反対側にある湖が見えて来た。なだらかな丘の合間にある湖は夏の日差しを反射してキラキラと輝いていた。湖面スレスレを飛ぶ水鳥の姿も見える。
湖の手前には、約束していた下町の人々の姿があった。こちらも荷車を引いていたが、馬の姿がないことから、自力で押して来たのだろう。
「よぉ、リリカ。万霊祭ぶりだな!」
「ウィル君も、今日はよろしく頼むよ!」
各々が持参した釣り道具で、釣りがはじまった。
「今日はリリカがいるからなぁ。来られなかった下町の奴らに分けられるくらい大量に釣るぞ!」
そして今朝までの己の考えが間違っていたということを、ウィルジアは釣りを開始してすぐに思い知らされた。
リリカが用意してくれた餌は異常なほどに魚たちを誘き寄せ、五分おきに釣竿がしなった。
どんどん釣れる魚たちに、ウィルジアもリリカも街の人たちもてんてこ舞いだった。
バケツの中はどんどん魚でいっぱいになり、ピチピチ跳ねていて、もはやこれ以上魚を入れるのは不可能なのではないかと思うほどだ。
そして今の状況に至る。
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試し読みも始まっています。
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