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リリカの休日①

 翌日、リリカは朝から困っていた。

 ウィルジアの言うように体は疲れていたようで、用意されていた客間の大きな寝心地の良いベッドに横たわったらすぐに眠りについてしまい、そのまま朝、侍女に起こされるまでぐっすり眠っていた。いつもは日の出と共に起きる生活をしているので、誰かに起こされるなんてかなり久々である。


「おはようございます、リリカお姉様」


 とリリカの寝ていたベッド脇に佇んでいるのは、やはり王妃様付きの侍女の一人だった。


「今朝は私が、お姉樣の身支度を手伝わせていただきます」

「王妃様のお世話はいいんですか?」

「最近では皆、仕事に慣れて、三人もいれば十分なんですよ。だから交代で王妃様のお世話役とリリカお姉様のお世話役を務めさせていただきます!」

「そうでしたか、ありがとうございます。けれど私、自分の身支度くらい自分でできますよ」


 しかしこのリリカの提案に侍女は全力で首を横に振った。


「何をおっしゃいますか! ウィルジア様より、『リリカには指一本でも動かして何かさせないように』と言い付けられておりますので、お姉様は私たちに全てをお任せし、ゆったりくつろいでいてください。では、朝のお着替えからですね」


 侍女が足に室内履きを履かせてくれ、身支度するべく移動する。

 リリカが自分でやったことなど本当に洗顔くらいで、鏡台の前に座れば全てされるがままであった。

 大量のドレスを抱えた侍女二人が室内に入ってくるなり、嬉々としてリリカの前にドレスを広げる。


「お姉様、本日のお召し物はどちらがよろしいでしょうか? こちらのホルタータイプは肩のラインが美しく見えますし、こちらのコルセットタイプはお姉さまの細い腰にきっとピッタリです。フリルが豪華なティアードドレスもございますよ」

「使用人服を着たいんですけど」

「いけません」


 リリカの願いはあっさりと却下された。


「お姉様、明るい色味のドレスはいかがでしょうか。こちらのクリームイエローのドレスなど、きっとお姉さまの美しさを引き立てること間違いなしですよ」


 そうして差し出されたドレスは、布地自体の色味もさることながら装飾が凝っていてとても綺麗な代物だった。リリカはドレスを手に取り、考える。


「この装飾、きっと縫いとめるのにすごく時間がかかっているわね。レース使いも繊細で、職人の技を感じるわ。昨日のモスリンのドレスもそうだったけれど、散りばめられた宝石が一つ一つしっかりと縫い止められていて、さすが王宮にあるドレスは生地や装飾自体の質がいいだけじゃなくって、仕立て屋の腕も一流ね。できれば今度、見学に行きたいわ」

「お姉様、ドレスを前にした感想が完全に職人のそれです」

「ごめんなさい、職業柄つい……ほら、使用人ってドレスも仕立てるじゃない?」

「ドレスを仕立てる使用人は、きっとお姉様だけだと思います」

「そうなのかしら」


 首を傾げるリリカに構わず、侍女たちは慣れた手つきでコルセットを締めてドレスを着せる。

 準備が整うと寝室の隣にある部屋に誘導され、行ってみると既に朝食の準備が済んでいた。きっちり二人分用意されている。

 リリカが所在なさげに佇んでいると部屋の扉がノックされ、侍女が開ければウィルジアの姿が。王立図書館の職員が着る、黒いローブを羽織っている。


「おはよう、リリカ。昨日は眠れた?」

「おかげさまでぐっすりでした」

「それはよかった。今日のドレスも似合ってるね。もういっそ、使用人服やめて毎日ドレス着る?」

「それはちょっと……お仕事しにくいので、遠慮いたします」


 リリカが謹んで辞退すると、ウィルジアは少し残念そうな顔をした。

 テーブルに並んで座ると、侍女の給仕を受けつつの朝食。ウィルジアはリリカの向かいで朝食を取りながら言った。


「僕、今日は図書館で仕事しないといけないんだけど、リリカはゆっくりしていてね。何もしなくていいから」

「何もしなくていいって、逆に落ち着かないのですが。王宮に滞在していますし、国王陛下や王妃様にご挨拶を……それに王立病院の件もお話ししたいので、イライアス様にもお会いしたいです」

「それは明日にするよう言ってあるから大丈夫。とにかく今日は本当に余計なことは考えなくていいから、何もしないこと。部屋でごろごろしててもいいし、読書しててもいいし、付き添いありなら王宮内を散歩しててもいいよ」

「はぁ……」

「夜に戻って来るまで、大人しくしてて」


 そうして食事を終えたウィルジアは、にこにこしながら「行ってきます」と言って部屋を去って行った。

 空いた皿が下げられていくのを見つめながら、リリカはどうしようと思う。

 ウィルジアの気遣いはとてもありがたい。

 放っておけば馬車馬のように働き続けるリリカの体を気遣ってくれているのだと思うと、嬉しい。

 しかし長年の生活で身についたリリカの働きたい欲は、ちょっとやそっとのことでは収まらず、「何もしなくていい」というのはむしろ罰ゲームのようですらあった。暇の潰し方を知らないリリカは思う。

 今すぐに使用人服に着替え、床にかがんでお掃除がしたい。

 あるいは食器洗いでも、お洗濯でも、庭仕事でもいい。

 なんでもいいから労働に従事したい。

 差し出された紅茶を手に、ソファに座って静かに労働意欲を高まらせるリリカ。

 ちらりと目を上げれば、そんなリリカの気持ちを見てとったのか、侍女がにこりと笑って提案をした。


「お姉様、よろしければお庭をお散歩しませんか? 今、王宮の庭ではラベンダーが見頃なんですよ」


 リリカはこの提案に即座に乗った。


「ぜひ、見に行きたいです」

「では一緒に参りましょう」


 王宮の庭を日傘を差しながら散策するのは中々に楽しいひと時だった。

 侍女が言うように庭にはラベンダーが咲き乱れ、他にも季節の花が品よく植えられ、美しく花をつけている。リリカは草花をしげしげと見つめた。


「さすが王宮の庭師は手入れが素晴らしいわね。雑草が一本も生えていないのは当然のこととして、散策する人に花びらが見えやすいように計算されて植えられているわ」

 リリカが見回すと、ちょうど植え込みにしゃがみ込み、剪定をしている庭師を見つけた。

「すみません、お話お伺いしたいんですけど!」

「あっ、お姉様!」


 侍女の慌てる声を気にせず、リリカが庭師に近づいて話しかけると、振り向いた庭師はドレス姿のリリカを見て驚いた顔をする。リリカはこれにも構わなかった。


「お庭の花があまりにも素敵に咲いているので、どう手入れをしているのか気になってしまって。私も花を育てているんですけど、ここまで綺麗に同じ背丈にそろえられないので……一体どんな肥料を使っているんですか? 剪定方法は? 水やりの頻度や量などを教えていただけないでしょうか。あっ、手入れ方法を見たいので、手は動かしたままでどうぞ!」

「あ……あぁ」


 見た目完全にどこぞのご令嬢にしか見えないリリカに、矢継ぎ早に具体的な草花の育て方を聞かれた庭師はかなり呆気に取られていたが、勢いに押されたのか手を動かしつつ説明をしてくれた。


「……つまり、害虫を寄せ付けないためにはただただ切り揃えるだけじゃなく、枝と枝の間に隙間を作って風通しを良くすることが大切なんです」


 見事な手さばきで生垣を剪定する庭師に感銘を受けたリリカは、いてもたってもいられなくなった。


「なるほど……! ちょっと私もやってみてもいいですか?」

「え、えぇ!?」

「鋏を貸してください」 

「リリカお姉様、ドレスで生垣の剪定はちょっと……!」


 侍女にそう言われリリカは我に返った。


「そうだった、今、ドレスを着ているんだったわ。せっかく王宮で用意してもらった高価なドレスに穴でも開けたら一大事、止めてくれてありがとう」


 そしてリリカはしゅんと眉を下げつつも、庭師に向かって丁寧にお辞儀をする。


「お仕事のお邪魔をしてしまってすみません。色々教えていただき、ありがとうございます。私もお屋敷に帰ったら早速生垣の剪定をしたいと思います」

「あぁ……頑張ってくれ」


 庭師は、「なぜ王宮にいる令嬢が生垣の剪定をするのだろうか」とでも言いたげな不思議な表情を浮かべつつも、そう返答してくれた。


「お姉様、あまり長時間散策をされては体に差し障りがございます。そろそろお部屋に戻ってはいかがでしょうか」

「もう? あと五時間くらい庭にいても私は平気ですけど……」

「お姉さまの体力、どうなっているんですか??」


 侍女の問いかけに、リリカはにこりと微笑むに止めた。リリカはまる一日中真夏の外にいても倒れない自信がある。


「もうっ、お姉様、ダメですよ。お部屋に戻って一休みしましょう!」

「けれどすることがなくて……そうだ、王宮内にも図書室がありますよね。私行ってみたいんですけど」

「それでしたらまあ、構いません」

「やったわ!」


 リリカは弾む足取りで王宮内に入ると、図書室に向かって元気に歩き出した。




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― 新着の感想 ―
[一言] うっうっう……。 11/2に入荷連絡が届いたのに、ウン年ぶりの風邪で声が出なくなってしまって引き取りに行けません(筆談するのも考えてみましたが、慣れないことで咄嗟の反応ができないし)。 熱は…
[一言] まー確かにリリカにとってはご褒美と言うより罰だよなー そしてリリカにそんな罰を与えた王子にも罰だ! 病院に凸る前、同僚は何と言っていたかな?
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