王族として
リリカを部屋に送り届け、一緒に夕食を取った後、ウィルジアは父の執務室へ向かっていた。扉をノックして開けると、そこには三番目の兄のイライアスと宰相もいて、それぞれローテーブルを囲んでソファに座っている。ウィルジアも空いている席に腰を下ろした。
「わざわざ夜遅くに集まってもらってすみません」
「なぁに、遅くまで働いてるのはいつものことだ。で、今日はわざわざ俺たちを集めてどうしたんだ?」
「王立第二病院の院長を捕縛したので、報告に」
すると三人は一様に驚いた顔をし、それから父は眉根を寄せてウィルジアに問いかけた。
「それはお前じゃなくてあの使用人に頼んだ仕事だったと思うが」
「心配だったので手伝いに行きました」
「それでここ数日、王宮に姿を見せなかったのか。逃げ出したのかと思ってたぜ」
ウィルジアは父の言葉にゆるゆると首を横に振る。
「院長の身柄は拘束してエド兄上に渡してあります。正規の収支報告書を作成している医師がいたので、それと虚偽の申告書を照らし合わせればどれほど横領していたのかがわかるはず。不当に解雇された医師たちの証言も得られましたし、もうこれで逃げ場はないかと」
「完璧だな。そこまでお前がやってくれるとは思わなかった」
父は満足げに笑い、ウィルジアに労いの言葉をかけてくれる。
「で、何で一人で報告に来た? リリカはどうした」
「疲れているだろうし、今日は王宮で休んでもらってます。呼び出すのはもう少し経ってからにしてあげてください。最低限明日いっぱいはリリカに休みをあげたい」
「ふぅん、気を使えるようになったわけだ。ウィルもちょっとは成長したな」
「新しい院長選びは慎重にお願いします」
「おう、然るべき人員を派遣するよう命じておく。にしても手柄だな、ウィル。よくやった」
「……褒めるならリリカにお願いします」
どれほど褒められようと、ウィルジアの気持ちは少しも高揚しなかった。
院長の不正は暴いた。
王立第二病院は息を吹き返し、職員一同で患者を助けるべく日々運営していくだろう。
それはいい。
しかしウィルジアは今回の件で、心に思うことがあった。
ウィルジアは仮にも王族で、生まれた時から最上の暮らしを送っていた。
少しでも体調を崩そうものならすぐに王宮に滞在している専属の医師が飛んできて診察をしてくれたし、当然のように薬も貰えた。
周囲には世話を焼いてくれる人がたくさんいて、家庭教師もつきっきりで勉強を教えてくれ、食べるものに困ったこともない。
ただそれが決して当たり前ではないことに初めて気がついたのだ。
以前リリカと共に万霊祭を見に下町に行った時、皆明るく楽しそうに暮らしていたので思い至らなかったが、平民の暮らしというのは基本的に王侯貴族に比べれば貧しく、大変である。
入院中のルーイは、医師になるのが夢だがきっと無理だろうと諦めていた。
医師になるには金がかかるし、その金額を用意できないと気がついていたのだ。
貴族が当然のように享受しているものを大多数の国民は受けられない。
そうした事態をなんとかするために、王族というのは存在しているはずだ。
それなのにウィルジアは自分のことしか考えておらず、兄たちと比較して能力が劣っているからと勝手に自信をなくし、内向的になり、結果何もかもを捨て去って森の中の屋敷に引きこもって生きていた。
そんなんでいいはずがないと、受けた分の暮らしの良さだけ国民に返す義務があるのだと、ようやく気がついたのだ。
ウィルジアは目を上げて、国で最も権力ある三人の顔を順繰りに見る。
「……父上、兄上、それに宰相殿。僕にも何か出来ることってあるかな。その……この国の王族の一人として」
父はウィルジアの問いかけに、抑揚のない声で尋ね返してきた。
「逆に聞くけど、何をどうしたい?」
「平民の識字率を上げたい。文字を読めれば就ける職種の幅も広がるだろうし、独学で知識を得られるだろうから。学校を作るとなると予算も人員も確保する必要があるし、準備に時間がかかるだろうけど、前段階として王立図書館の一角で平民向けに簡単な読み書きの講座を開いて、一定の基準に達したら閲覧室への立ち入りを許可する……っていうのはどうだろう」
父も兄も宰相も、微笑んでくれた。
「いいんじゃないか? 王立図書館も王立病院と同じで、国の金で運営している。なら解放する身分を限定するべきじゃな
いしな」
「今度館長を交えて会議しましょうか、父上」
「そこには当然、言い出したウィルジア様も交えませんとな」
三人の答えにウィルジアは胸を撫で下ろす。
「ウィルが自分から国のことを考えて意見を言うようになるなんて、お父様は嬉しいぜ!」
「大した変わりようだな、ウィル。昔は逃げ回っているだけだったのに」
「なんの。ウィルジア様は誰よりも心がお優しい。いつかきっと化けるだろうと私は思っておりましたぞ」
ウィルジアは眉尻を下げ、少し笑った。
「兄上たちみたいに目覚ましい功績は上げられないかもしれないけど、僕は僕なりに頑張ってみようと思うんだ」
そう思えるようになったのは、ウィルジアを外の世界に連れ出してくれたリリカのおかげで。どうしようもなかったウィルジアを否定せず、懸命に支えてくれたリリカがいたからこそ今の自分がいるわけで。
色々なものに目を向けるようになった今、改めてリリカに対する感謝の気持ちが心の中に湧きあがった。
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