再生の王立第二病院
病院に戻ると、医師も看護師もウィルジアの姿を見て一様に姿勢を正した。
中でもリンドン医師の慌て具合は凄まじい。ただでさえ血色の悪い顔に冷や汗をかき、しどろもどろに言った。
「まさか第四王子のウィルジア殿下とはつゆ知らず、こき使って申し訳ありません。王子様に病人の食事の配膳や受付業務をやらせていたかと思うと、寿命が縮まる思いです」
「変装していたし、僕がやりたくてやっていたことだから気にしないでほしい」
「寛大なお心、感謝します……!」
それからリンドン医師はリリカの方を向いた。
「もしかしてリリカ君も、尊い身の上の方なのでは?」
「私はウィルジア様のお屋敷で働くただの使用人です」
「だが、最初に恋人と名乗っていたような……」
「えーっと、それは……偽装! 正体を隠すための偽装です!」
「なるほどそういうことだったのか」
リンドン医師は納得してくれたが、隣に佇むウィルジアはかなり不満そうな顔をしていた。
外来の診察がひと段落した頃、リンドン医師とパメラが書類を持ってくる。
「こっちが本物の収支報告書」
「それでこっちは、アタシが院長に言われて作っていた偽の収支報告書」
「差分を見れば院長の懐にどれだけ金が転がり込んでいたのか、一目瞭然だ」
「わざわざリンドンさんが本物の報告書を作ってたんですか?」
リリカの驚きにリンドン医師は肩をすくめた。
「いつか何かの役に立てばいいと思って。作っておいて正解だったようだ」
「アタシはこれをもって騎士団へ行く。証言ならうちの夫に任せておいて」
「俺たちも、どういう経緯で不当に解雇されたのかを訴えに行く」
そうして夜間の病院の機能が麻痺しない程度に人が残り、半分ほどの医師と看護師が騎士団へと行くことになった。
リンドン医師はふぅと息を吐き出す。
「やれやれ、やっと家へ帰れそうだ」
「奥様とお子様、きっと待っていらっしゃいますよ」
「娘に顔、忘れられてないといいんだが……」
「二歳、ですよね……」
「そうだ。最後に会った時は一年前だから、まだ一歳だった」
一歳の子供と一年会わずにいて、顔を覚えられているというのは難しい気もする。
「まあ、これからですよ、リンドンさん。これから!」
「ああ。そうだな。リリカ君、お世話になった。本当にありがとう。それからウィルジア殿下も、色々とありがとうございます」
「院長は兄に引き渡したから、もう大丈夫だと思う」
「はい」
リリカとウィルジアは、病院の面々を見回した。
誰も彼も、目の上の瘤であるバージルがいなくなったことでイキイキとした表情をしていた。
もうこれならば大丈夫そうね、とリリカは思う。
王立第二病院院長の不正による人手不足は解消した。
事件は無事、幕引きとなったわけだ。
「じゃ、リリカ、行こうか」
「はい」
用がなくなったリリカとウィルジアは、病院の関係者一同に見送られてその場を後にした。
「ありがとうございます!」
「ウィルジア殿下、感謝します!」
「噂は全部、嘘だったんですね!」
「殿下のこと、大好きになりました!」
「今度ウィルジア殿下のことを悪く言う人に出会ったら、誤解を解いておきます!」
よく見ると病室の窓にも患者たちが連なり、リリカとウィルジアに手を振っていた。その中にはリリカが何かと世話をしていた老婆のマーレもいた。マーレは皺皺の顔に笑顔を浮かべ、左右に手を振った。
最前列に陣取ったジェシカが、声を張り上げる。
「リリカ、色々とありがとう。私、あなたみたいに立派な看護師になれるように頑張るわ!」
リリカはにっこりした。
「ええ、ジェシカなら大丈夫よ。期待しているわ!」
盛大な感謝の声を背中に受けつつ、リリカとウィルジアの二人は王立第二病院を後にした。
「すごい感謝されてましたねぇ、ウィルジア様」
「ちょっと落ち着かなかった。手柄のほとんどはリリカと病院関係者のものだと思うし……」
照れ笑いを浮かべるウィルジアの表情は、確かに少し困っているようだ。
「私としてはウィルジア様の素晴らしさが他の人にも知れ渡って良かったと思います!」
ウィルジアの屋敷で働き始めて間もない頃から、ウィルジアの名誉を回復したいと考え続けていたリリカとしては非常に喜ばしい。
「ところでウィルジア様、今どちらに向かっているんですか?」
「王宮だよ。歩くと時間かかるから、辻馬車拾っていこう」
ちょうど通りかかった辻馬車に乗り込んだリリカとウィルジアは、そのまま王宮へと向かう。
降りたところは当然、正面だった。
「えーっと、アウレウスとロキを連れてくるので、このままお屋敷に戻りますか?」
「ううん。今日はもう遅いから、王宮に泊まる」
「左様ですか。では私は一足先にお屋敷に戻って、清掃などを……」
「ダメだよ」
皆まで言わせずウィルジアはリリカの肩を抱いた。
「リリカも今日は、王宮に泊まって」
「王宮の……使用人宿舎でございますか?」
「違うよ。普通に客室」
「えっ?」
「今日はリリカは客人としてもてなされる側に回って」
「え……ええっ!?」
「はい、行くよ」
「えっ、えっ、えぇーっ!」
大慌てするリリカに構わず、ウィルジアはリリカの肩を抱いたまま正面から王宮内へと入って行った。
「おかえりなさいませ」と複数人の使用人に出迎えられる……と言うわけではなかったが、ウィルジアが入ってきたのを見た瞬間、衛兵たちは挨拶をするし、立ち働いていた王宮の使用人たちがお辞儀をする。
ウィルジアはそのうちの一人を捕まえた。
「僕の恋人が今日、王宮に泊まるから、部屋の手配と世話をする人間をつけてもらえないかい。とりあえず湯浴みの手伝いしてあげてほしい」
「はい、かしこまりました」
二つ返事で使用人が返事をし、リリカに向かってそっとお辞儀をする。
「では、こちらについて来ていただけますか」
「は、はぁ……」
リリカにはもう、何が何だかわからない。どうすればいいのかもわからない。
ちらりとウィルジアを見てみると、とっても素敵な笑顔を浮かべていた。
「準備終わったら、ちょっと来てほしいところがあるんだ」
「……はい……」
何を言ってもきっと無駄だろうと悟ったリリカは、大人しく王宮の使用人の後をくっついて行くことにしたのだった。
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