迫る院長包囲網
病院玄関前が騒がしかったので、何事なのかとリリカが見にいけば、院長であるバージルがつい今しがたルーイと共に退院したばかりのミミリーに絡んでいた。
バージルは嫌がるミミリーに詰め寄り、なにかを叫んでいた。
リリカは迷わなかった。
「皆さん、院長が入口前に来ています!」
それを聞いた関係者一同の動きは速かった。
医師も看護師も出入り口へと足早に向かい、バージルを取り囲む。リリカとウィルジアは輪から一歩離れたところで、事態を見守った。リリカの隣では、ミミリーと弟のルーイも一体何事かと呆気に取られた様子で見つめている。
突如現れた病院関係者に包囲され、バージルはうろたえた。
「な、なんだ、何なんだ」
これに答えたのは、ジャック・リンドン医師である。院長のやりたい放題で最も被害を被ったリンドン医師は、怒りに満ち満ちた声を出す。
「院長、あなたの不正はここまでです」
「は……はぁ? 俺が、不正?」
「とぼけても無駄ですよ」
リンドン医師がそう言えば、パメラがずいっと前に出る。
「あたしが作らされていた病院の収支報告書が偽物だったって、証言するから」
パメラの夫も前に出る。
「俺は夜な夜な酒場で飲んだくれているばかりだったと証言しよう」
「そっ、そんなもの……デタラメだ。言いがかりだ!」
「ここにいる全員が、あなたのやっていることを知っている。あなたが来てから病院がどんなにひどい状況に陥ったのか、理解している」
リンドン医師は静かに、しかし抑えきれない怒りを滲ませつつ、バージルをはったと睨んでいた。往来を行く人々も、一体何事なのかと足を止め始めた。
この場に味方がいないと悟ったバージルは、顔を歪めて叫ぶ。
「……お前たちがどれほど訴えようが、何の意味もないぞ! 俺より身分も家格も低いようなお前たちじゃあ、何を言っても無駄だ! 全員まとめて、王都で暮らしていけなくなってもいいのか!!」
バージルの脅迫にたじろぐような人間はこの場にいなかった。
医師も看護師も、口々に言い返した。
「上等だ!」
「捕縛して騎士団に連行してやる!」
「もう院長に怯えてじっとしているだけの俺たちじゃないぞ!」
「やれるものならやってみなさいよ!」
「う、ぐぅ……!」
「縄持ってこい、こいつを縛って騎士団まで連れて行くんだ!」
一人の医師がそう言うと、バージルを押さえる係と縄を持ってくる係とに分かれ、バージルは数人に取り押さえられて地面に沈んだ。
バージルは掌でぐいぐいと地面に押さえつけられながら、なおも叫ぶ。
「おい! 俺にこんな真似をしていいと思ってるんだろうな! 騎士団に連れて行ったところで無駄だぞ、あそこには知り合いが沢山いるんだ。すぐに出てきて、お前ら全員クビにしてやる!!」
現場は騒然としている。
叫ぶバージル、取り押さえる医師たち、縄を手に病院から戻ってくる看護師。
その時、バージルの発言を聞いたウィルジアが、突如動いた。
リリカの隣に立って成り行きを見つめていたウィルジアがゆっくりと歩き、騒ぎの渦中に向かって行く。何をするのだろうかと思ってリリカが見つめる先、ウィルジアはぐいぐい縛られながらもまだ口汚く周囲を罵るバージルに目線を合わせるようにしてしゃがみ込んだ。
「君はもう二度とこの場所には戻ってこられないし、彼らをクビにすることもできないよ」
その声は、いつものウィルジアからは想像もつかないほど冷ややかだった。
「な、何だお前は。平民の分際で俺によくもそんなに偉そうな口を聞けるな。お前らもだ! 全員覚悟していろよ!」
「覚悟するのは君の方だ」
そう言ってウィルジアは、変装用に被っていたかつらも眼鏡も取り去った。
ウィルジア本来の柔らかな金髪があらわになり、全員が一瞬、視線を釘付けにする。
ウィルジアは周囲の注目を一心に浴びつつも、全く臆せず、堂々と名乗りを上げた。
「初めまして。アシュベル王国の第四王子、ウィルジアだ。王立第二病院で起こっていたことは全て見ていた。僕が責任持って君を騎士団まで連れて行き、信頼出来る者に引き渡そう」
一瞬の静寂。
のちに周囲は、これまでとは比較にならないほどの大騒ぎとなった。
「だ……第四王子!? ウィル君が!?」
「あの、引きこもりで有名な……!?」
「王位継承権を放棄して、森で暮らしているという噂の……!!」
さしものリリカも、ウィルジアの突然の正体暴露に驚かざるを得ない。
ウィルジアはいつも目立つのが嫌で、静かにひっそり暮らしていたいと言っている。自分からこうして堂々と名乗りを上げるとは思ってもみなかった。
しかし権力を嵩に着たバージルには効果がてきめんだったようで、泡をくったような顔でウィルジアを見つめている表情がリリカからはよく見えた。
ウィルジアはバージルを縛り上げた看護師から縄の端を受け取ると、立ち上がる。
「彼は僕が責任を持って連れて行くから、皆は仕事に戻ってくれ。今日も患者が待っているだろうし」
ウィルジアの一声に、病院の関係者たちは驚きつつも頷いた。
「じゃ、行こうか」
「おい、待て! 待て待て待て!」
「兄がいるといいんだけどなぁ」
「兄ってもしかして、『笑顔の殺戮王子』エドモンド・アシュベル様か!? やめろ、絶対にやめろ!」
喚くバージルはなんとかして逃げようと足を踏ん張らせてウィルジアと逆方向に向かおうとするが、最近力がついたウィルジアにとってそんなものは子供を相手しているのに等しい。
リリカはバージルを連行しようとするウィルジアに近づいた。
「ウィルジア様、私もご一緒します。万が一にも暴れたり逃げ出したりしたら大変ですので」
「うん、ありがとう」
リリカを見つめるウィルジアの顔は、いつも通りに柔らかい。しかしバージルの縄を持つ手は緩んでおらず、逃げ出さないよう油断なく意識を送っていた。
リリカはバージルがちらりと横目でミミリーを見て、それから舌打ちするのを見た。
「ミミリーめ……酒場で俺があんなに貢いでやったのに、恩知らずめ」
バージルはギリギリと歯噛みをしながら渋々と歩き出した。
「バージルさん、いいことを教えてあげます」
「お前は、俺から金をむしり取っていった看護師じゃないか。偉そうに、一体何なんだよ。どいつもこいつも、俺の言うことを聞きやしない。ミミリーだってあそこで俺を糾弾した医師だって、いい思いをした奴らはいるはずなんだ! それなのに、なんで……」
「バージルさん。人の心は、お金じゃ買えないんですよ」
「……なん、だと……!?」
バージルは信じられないものを見るかのようにリリカを見て、それから悔しそうにガックリと項垂れると、引っ張られるようにして騎士団までの道のりを歩いた。
騎士団本部にたどり着いたウィルジア、リリカ、バージルの三人。
最近ほぼ毎日騎士団に顔を出しているウィルジアを見つけた門兵が、ウィルジアに向かって挨拶をした。
「お疲れ様です、ウィルジア様。……その縄にかけられている人物は……?」
「王立第二病院で不正を働いていた院長。捕縛したから兄上に引き渡したいんだけど、いるかな? 討伐任務に行ってるんだっけ」
「つい先ほど戻られたところなので、中におります」
「じゃあ悪いんだけど、呼んでもらえる?」
「はっ!」
ウィルジアは勝手知ったる様子で騎士団本部の中へと入っていく。
騎士が大勢うろうろしているその場所で少々待っていると、ウィルジアの兄にしてアシュベル王国の第二王子であるエドモンドがやって来た。
「よーっ、ウィル!」
「兄上、任務帰りのところ呼び出してごめん」
「全然いいって。割と楽勝な任務で、あっという間に片付いて帰ってこられたし」
どこかに任務に行っていたらしいエドモンドは疲れを感じさせない口調でそう言うと、ウィルジアの肩越しに縛られているバージルを見た。
騎士団までの道中、バージルは暴れることなくついて来ていて、「お金じゃ、人の心は買えない……?」とずっとブツブツ呟いていた。リリカの一言が何か心に響いたらしい。
「こいつが、父上とイラが言ってた第二病院の院長?」
「そう」
「不正の証拠掴むんじゃなくて、本人連れて来たんだ」
「うん。他の人に引き渡すともみ消されるかもしれないから、兄上に取り調べして欲しい。後で不正に使われた書類とか、証人とかも連れてくるよ。病院閉まってからの時間になるだろうから、多分夜になると思うけど」
「オッケーオッケー」
エドモンドは捕縛されたバージルの身柄をウィルジアから受け渡されると、赤い瞳を細めて獰猛に笑った。
「じゃあ、嘘を言わずにちゃあんと俺の聞いたことに答えろよ?」
「ヒィ……!」
エドモンドの迫力ある笑顔を見たバージルはたじろいだ。
無事にバージルをエドモンドに引き渡したウィルジアとリリカは、今度は病院に戻るべく騎士団を出た。
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