雷を受けて
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
くっ……電池の減りが早い。これ以上、アプリを立ち上げておけねえか。
もう何年も使ってるせいか、バッテリーがすぐ無くなっていく。充電していないとさ。ふっと目を離すと、5パーセント、10パーセントと目減りしていってさ。なまじ数値で表されるもんだから、プレッシャーがきつい。
しかし、こうしてみると俺たちの生活は、なかば電気に支配されていると思わないか?
各種家電はもちろんのこと、お店に工場に交通手段に……停電が、いかに被害をもたらすかは想像にかたくないな。
しかし、こいつらは肉眼で見ることができない。
雷だって、電気そのものが見えているわけじゃないな。周りにある酸素や窒素が電荷に反応し、光って見せている。いわば電気の足跡のようなものにすぎない。
目に見えないだけで、こいつらが本当は何をしているのか、お前は疑問に思った経験はないか?
俺はある。何年か前に、電気関連で少し不可解なことに出くわしたことがな。お前の興味を引けるだろうかね。
その日はたまたま、親を駅まで車で送っていた帰りのことだった。その送ってもらう親の使っている車だったが、免許取り立ての俺に慣れさせるためってことで、ハンドルを握ったんだ。
行きはさほどでもなかったが、帰り道は混み混みでね。しかも詰まったのが橋の上と来ては、脇道へ逃げ込むこともできない。仕方なく、タラタラ前へ進んでいたのさ。
前方の信号を確認できない位置。前の車が進むのに合わせて、金魚のフンみたいについていくしかなかった。
が、「本当に青信号になってんのか?」と疑いたくなる、ちまちまとした歩みだった。車一台分くらい進んでは止まり、進んでは止まり、の繰り返し。思っていたより眠くはないらないが、退屈だ。
そこへ追い打ちをかけるように、頭上に湧いた雲からは、カミナリさまがゴロゴロお腹をならし出す。
送っていく時点で空は曇っていたが、このどん詰まり状態になってから、ますます雲はどす黒さを増してきていた。「早く帰りてえなあ」と、ハンドル握りながら指でそのてっぺんをトントン突っつき出したころあいで。
ピカッ、ドーンって感じだった。
光と音が、ほぼ同時に俺の周りを覆いつくす。これほど近くで雷を聞くなんて、これまでなかったからな。背中がビクンとさせるくらい、おおいにびびった。
天井を金属で覆った、ハードトップの車なら雷の被害を受けないとされる。金属の箱に落ちた雷は、表面を伝って地面へ届く。それによって中身は無事なのと、同じ原理らしい。
ひとまず、自分にダメージらしいものはない。だが雨はぽつぽつ降ってきて、ワイパーを動かし出したところで、また前がわずかに動く。
あくびをかみ殺しながら、またアクセルにちょびっと重みをかけた。
それまではこれで、徐行も徐行。しゃくとりむしのように、ちんまり動くだけの踏み具合だった。
それがぐんと前へ出て、一気に車間距離を詰めちまったんだ。あわや追突ってところで、かろうじてブレーキが間にあう。
車の影から歩行者が飛び出してきた時並みに、ビビった。お相手の車のバックライトは完全に隠れてしまい、これまでにない迫り具合を物語る。このわずかな間で、額には汗がにじんでいた。
ことここに至っては、ちまちまな進みにかえって感謝した。おかげでどれくらいの踏み具合で、どれくらい加速するか測ることができたからな。
体感で、およそ3倍はアクセルの感度が増しているのが分かった。ブレーキは変わりなく思えたから、帰宅まで久々にスリリングなドライブ体験を味わったよ。
契約している駐車場へ停めて、ほっとひと安心。この赤いセダンは親の車でもあったから、ひやひやしっぱなしだったしな。降りて異常がないか確かめてみた。
門外漢に、機械まわりのことは分からない。ざっと車体を見ただけだが、ちょうどルーフのど真ん中に、こぶし大ほどの焦げ目を見つけたんだ。
――やっぱあのとき、雷が落ちたんかな。それが原因で車が誤動作を?
どちらにせよ親の車だ。俺が勝手に判断していいもんじゃない。
夜、また親を迎えにいく予定がある。仕事づきあいで酒を飲むから、運転はまた俺がやるよりなさそうだった。
早めに駅のロータリーの片隅に停め、改札前で親を待っていた。
飲んだ量は少ないらしく、受け答えはしらふの時とほぼ変わらない。事情を話し、実際に車体も見てもらうが、そこで指摘されて俺も初めて気がついた。
後ろのトランク部分の中央が、屋根と同じように焦げ付いている。しかし、屋根のようにこぶしがおさまる丸い形じゃない。
しっかり貼りついていたシールを強引にはがし、中途半端に残してしまったような、雑な形の焦げ目だったんだ。
出発したとき、このような傷はなかった。駅までの運転でも、どこかにこすったりしなかったし、そもそもこの位置なら上から何かがぶつかってこない限り、まずつかないだろう。
一応、広く確かめるとのことで、親は行きで乗った助手席ではなく、後部座席へ腰を下ろす。俺自身も、異様なアクセルの効きによる加速への注意を促した上で、再度運転を試みた。
駅から家までは、およそ3キロ。例の橋を使わないともう2キロほど遠回りをする必要がある。
あの雷のことで、俺は橋を通りたくなかったが、親としては「現場に手がかりがあるかも」などと、ミステリーの登場人物じみたことを言い出す。
やむなく、俺は橋方面へハンドルを切るも、途中で親が制止をかけてきた。
ブレーキをかけると、それに遅れてかすかに「カラ、カラ」と硬い何かが転げる音がしたんだ。
二人して降りて、車体を改める。
親は後部座席のあの傷から、わずかに塗装がはがれたと話す。ついでに屋根も見ると、あのこぶし大の焦げ目も、若干ではあるが広がっているような気が……。
店に持っていくことは確定。とはいえ、時刻はすでに午後10時を回っているし、次の日かなあと話している俺たちの前で、ポロポロとまた塗装がはげ落ちていったんだ。
ひとりでに、というより、車そのものに問題あり。
なぜなら、キーをつけてエンジンもかけているとはいえ、サイドブレーキを引いて停まっていた車が、嫌な金属音を立てて数メートル前に、ぽんと飛び出すように動いたんだ。
塗装はその動きについていけず、脱落したんだろうが、車はそれで止まらない。
キッと、サイドブレーキが勝手に下がったのが、ウインドウ越しに見えた。そしてそのまま、前方の橋目掛けてかっとんでいったんだ。走り去る後に、ポロポロと赤色の塗装をこぼしながら。
父親と二人で追いかけるも、車はどんどん遠ざかっていく。
ついには橋のたもとの登り坂へたどり着くも、減速するどころか更に勢いをつけている始末。俺たちはむざむざ橋を上りきった向こうへ消えていく、車のケツを眺める羽目に。
「かかるな! ここの直線は長いぞ!」
「タイムスリップする気か? プルトニウムも積んでないのに!」
親父と二人でアホなコメントを飛ばしつつ、ゼエゼエ息を切らしながら、ようやく橋を渡っていく。
他に車のいない夜の車道。そこに赤い塗料とその下の鉄をばらまかれ続けていた。
車は向かいのたもとの交差点直前で停まっていたよ。
やや坂道かつ、エンジンはかかりっぱなし。サイドブレーキあがりっぱなしにもかかわらずだ。
だが、俺たちの目には、先ほどまで見た車の姿はない。すっかり赤色を失った車は、内側に潜んでいただろう、黒々としたボディをあらわにしている。
それこそマンガで見るような、雷に打たれた者の末路のようだ。
俺たちがおそるおそる乗り込んでみると、急に物理法則を思い出したかのごとく下り出して、あわててブレーキを踏み直したよ。
あの3倍敏感アクセルは、元に戻っている。
予定通り、翌日には親父が車屋へ持っていて、塗り直してもらったらしい。機能についても見てもらったが、異常はないとのこと。
俺はというと、朝早くに歩きで昨日の現場へ戻ったものの、はげた塗装はみじんも残っていなかった。
あれから数時間しか経っていないのに、早すぎる対処だ。まるで待ち受けていたかのように。
俺はあの雷が、人には伝わらない神託だったんじゃないかと思っている。
車の塗装を欲する何者かのために、提供して差し上げろ、という具合に。それが一時的に車へ力を与えた。
あの塗装を引きはがす手助けとする、力をさ。