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チャンチャンチャララ~チャンチャンチャララ~♪チャララララララララララララ~♪
「あ、もうお迎えの時間か」
アラームを止め携帯片手に玄関へ行き、鏡の前でささっと髪を手櫛で整えて家を出た。子供達の幼稚園の送迎バスは、有り難いことに家の前に停まるので鍵も開けっぱなしだ。
田舎なのもあるが、玄関の目の前の歩道でバスを待つので、空き巣も入る隙が無い……はず。
子供と言っても我が子ではなく、実家に敷地内同居している兄夫婦の子供だ。元々兄嫁とは高校時代からの親友で、私の結婚式で兄と出会い結婚したので、義姉と言うよりいまだに親友って感じだ。
6年前、元夫の浮気が発覚した時も、お腹が大きいにもかかわらず仕事中の父や兄の代わりに駆けつけてくれて、上手く頭が回らない私を実家に連れ戻してくれた。
弁護士さんも探してくれて、子供がいなかったわりには慰謝料もそこそこいい金額を貰えた。
まあ、子供が出来てたみたいだから、少しでも早く離婚届に判を押して欲しかったみたいだし、お金で解決できるならって感じで両家の親が出したっぽい。
諸々の手続きが終わって慰謝料も無事一括で受け取ったあと「子供が出来なかったお前が悪い~」みたいなことを話し合い中ずーっと言われ続けて怒っていた母が、印籠のように婦人科の診断書を掲げ、それを見た両家のポカンとした顔は傑作だった。
弁護士さんに促されてそそくさと部屋を後にしてすぐに誰の子だーなんて声が聞こえたけど、お互い接近禁止だしどうなったのかは分からない。
私に異常がなかっただけで、元夫に異常があるって訳でもないしね。単にタイミングや相性が悪かっただけの可能性が高いと思ってる。
母は弁護士さんにちょっとお小言を言われていたけど、満足そうだった。
兄夫婦が実家の土地に新居を建てて敷地内同居していたから、このまま実家でお世話になるのもなと思っていたけど、産前産後不安定になっていた親友に泣きつかれて、結局そのまま実家に住んでいる。
小さい頃からお世話してるから、甥っ子姪っ子が可愛くて仕方無い。兄は土日休みの仕事だし、親友と母は平日に3~4日パートに出ているので、誰もいない日は平日休みの私が子供達のお迎えをしている。
おばちゃんが多い職場では子供がいないから土日入れる有り難い人材として重宝され、色々任されるようになってやりがいを感じている。
仕事では出会いも全く無いし、出会いの場に行く気力もないから、もうこのまま実家で将来の親の介護や自分の老後のために貯金を頑張りながら、甥っ子姪っ子にたまに貢ぐ生活も悪くないなと思っている。
今日もバスを待つ間、いつもの通販サイトを開く。特に何が欲しいと言うわけでもなく、売れ筋ランキングを見たり子供服を見たり、来月は母の誕生日だったな~等と検索していた。
「やった、成功だ!」
急に近くで男性が叫んだので、驚いて顔を上げた。何故か男性4人と女性1人に囲まれていた。
しかもみんな親ほどの年齢なのに、近世ヨーロッパ調のコスプレをしている。
そしてみんな外人さん……めっちゃ似合ってて羨ましい。
はて……?外にいたはずなのに室内?しかもここはどこ?
『まいちゃん、ただいま~』
『お帰り~。先生ありがとうございました~』
『りおちゃん、はやと君ばいばーい!また明日幼稚園で遊ぼうね~。では、失礼します』
目の前には大きなモニターがあり、何故か私と子供達が写っていた。しかも、モニターの中の私は何故か肩甲骨まであった髪がショートになり、中々成功しなかったダイエットにも成功していた。
『まいちゃん髪切った?可愛いね~』
『ありがと~。今日は幼稚園どうだった?』
『ゆいちゃんとピアニカの練習したよ~』
『はやとは、ダンゴムシつかまえた』
『ぎゃー!ダンゴムシはお家に入れないでね。そこの土にポイしなさい、ポイ!
りおはゆいちゃんとピアニカの練習したの?よかったね~』
『ダンゴムシちゃんバイバイ……まいちゃん、お腹すいた』
『はいはい、手を洗って着替えなさい……って2人ともめっちゃ汗かいてるじゃん!おやつの前にちゃちゃっとシャワー浴びちゃおう!』
『『は~い』』
パタン。ガチャッ
玄関が閉まり、鍵のかかる音がしたあと、スーッとモニターが消えて無くなった。
「は?」
は?何、今の……?てかはやとダンゴムシ捨てたふりしてポケットに入れてたし!この前家の中でダンゴムシ見つけたのは、やっぱりあいつが犯人だったのか!ってちがーう!
何、今の?え?あれ誰?え?え?
「混乱させてしまい申し訳ありません。今ご覧になった通り、あちらの世界は大丈夫ですので、ご安心ください」
「いやまって、あれ誰!?子供達は大丈夫なの!?」
「先ほどの女性はあなた様の本体ですので、何の問題もございません」
「本体……?え?え?じゃぁ私は……?」
「とある事情でどうしてもこちらに来ていただきたかったのですが、家族に囲まれて幸せに暮らしておいででしたので、全て来ていただくことは断念いたしました。
その代わり、無くなっても問題の無い髪の毛と贅肉を少々いただいて魔力で他の部分は補わせていただきました。
ついでにお礼と言ってはなんですが、本体の病気等も治させていただきました。
と言いましても、肌荒れ以外は特に病気も無く、血液をサラサラにしたくらいですが……」
え?アトピー治ったの?それめっちゃ嬉しいんですけど!って血液ね……コレステロールと中性脂肪値が少々高めだったもんね~
「いや待って、え?私、髪の毛と贅肉で出来てるの?手とか普通だし……いや、明らかに細いし綺麗だけど……って何この髪!?長っ!黒っ!
ちょっと色々わからないけど、私はもう戻れないってこと?え?家族は?仕事は?え?」
「申し訳ありません……戻れませんし、ご家族と会うことはもう出来ません……ですが、あちらは本体様がいるので全く問題ございませんので……」
ええええええ~!いや、問題大有りじゃない!?二度と家族や親友に会えないって……本体がいるからあっちはいいとして、私は?私はどうなるの?
あれ?なんかおかしい……二度とみんなに会えないのは物凄く悲しいはずなのに……何だろう?驚きが勝りすぎて実感できてないのかな?
思わず胸に手を当てて首をかしげてしまった。
「ああ、ご安心ください。想像より悲しく感じられないのは、あちらのご家族への愛情を10%だけ残して本体へ移したからです。
100%持ってきても0%にしてしまっても精神的に壊れてしまいますので……申し訳ございません」
な、なるほど……寂しいけど胸に穴が開くほどではないのは、そう言うことなのね……向こうにはちゃんと私の本体がいるから大丈夫って、納得してしまってるのも確かだった。