6 両親
──外は暗闇に包まれる。濁った夜空が月明かりを遮り、魔法なしに視界は使えない。
真っ暗な森を抜けると、ぽつんと小さな小屋がある。アーサーたちの家だ。そこへ二つの影が接近する。
「──お〜い帰ったぞ〜。開けてくれ〜」
「は〜い!」
外から聞こえた声に反応し、エレインが家のドアを開ける。そこには──金髪の男性と水色の髪を持つ女性が立っていた。
「ただいま」
「ただいま〜」
「おかえり〜。パパ、ママ」
仕事を終えたアーサーたちの両親。金髪の父ユーサーと水色髪の母イグレーンが帰宅した。二人をエレインとアーサーが出迎える。
「……おかえり」
「おっ、珍しいな。こんな時間にアーサーが起きてるとは」
「いつもなら奥の部屋で、気持ちよさそ〜に眠っているのにねぇ?」
「……少し眠い」
普段なら就寝している時間のため、アーサーは今にも閉じてしまいそうな目を擦る。
「だったら寝ればいいじゃないか」
「無理は良くないわよ」
「そのことなんだけど──」
帰ってきた二人にエレインが説明する。
──アーサーが迷宮最奥で聖剣を抜いた。レークスとケーニッヒが聖剣に選ばれた者を解放軍に迎えたいと。
「──というわけで、アーサーをどうするべきかを二人にも相談しようと思って」
「……なるほどな」
「まさか聖剣だなんて……」
二人は眉間にしわを寄せて考え込む。
「……そのレークスとケーニッヒくんはいつここに来るんだ?」
「仕事場にお休みが取れるか聞いてみなくちゃね」
「……多分……明後日ぐらいだと思う」
「明後日か……分かった」
「明日聞いてみるわ」
アーサーの正面に二人が座る。
「──さてアーサー」
「……なに?」
「ちょっとその剣貸してくれ」
「……うん。いいよ」
二人が席を立つ。
剣を受け取るがやはり音もなく床に突き刺さった。
「──本当に持てない」
「私も……強化魔法を全力で使ったのに……」
「……なんか俺しか持てないらしい」
アーサーが剣を抜くところを二人はまじまじと観察する。ユーサーは息を吐きながら腕を組む。
「──本当に聖剣らしいな」
「でも……なんでアーサーが?」
「……俺にもよく分かんない」
「──そうだろうな」
二人は席に戻る。
「とりあえず明日休みを取れるか聞いてみよう」
「細かいことは明日決めましょう」
「……うん」
「そうだね〜」
アーサーとエレインはこくりと頷く。するとイグレーンがなにかを探すように部屋の中を見渡す。
「……モルゴーンは?」
「兄さんなら俺の代わりにランスロットとガラハッドを寝かしつけて、そのついでに寝た」
「ああ〜。そうなのね」
ユーサーとイグレーンが立ち上がり階段の方へ向かう。
「とりあえず細かいことは明日明後日でだ」
「今日はもう寝ましょう。私たちも仕事で疲れたわ」
「……俺も……もう……眠──」
最後まで言い終える前にアーサーはゴンッと机に頭をぶつける。
一人だけになり静寂に包まれた空間。エレインは寝ているアーサーの頬を指先でツンツンと突く。
「…………可愛い……。はぁ……癒やされる〜」
ふにふにとした弾力を持つほっぺた。数分間触り続けて満足したあと、エレインはアーサーを抱き抱える。
「お姉ちゃんが部屋まで連れてってあげる」
階段を登りエレインは部屋のドアを開く。そこでは三人が眠っていた。
ランスロットは寝相が悪く布団を蹴飛ばし、ガラハッドとモルゴーンは正しい姿勢で、すぅと寝息を立てる。
寝相が悪いのはいつものことなので無視し、離れた場所に敷いてある布団の上で横になる。
「──ふふっ。おやすみアーサー」
エレインはアーサーの頬に軽くキスをして、抱き枕のようにぎゅっと抱き締めたまま眠りにつく。
◇◆◇◆◇
コンコンと叩かれたドアが開かれる。外には鎧をまとった総勢十名の集団がいた。先頭の人物が兜を取る。
出迎えたユーサーと兜を取った白髪の老人がお辞儀をして軽い挨拶を済ます。
「どうぞ」
「……失礼します」
鎧を着た白髪の老人が家に入る。その後ろには鎧ではなくボロボロの服を着た青と薄緑の髪を持つ二人の少年がいた。
「──いや〜……こいつらがお騒がせしてしまったみたいで……すみませんね」
「いえいえ」
白髪の老人とユーサーは席につくやいなや姿勢を正す。
「では改めて──私は解放軍軍団長を任されているラモラックです」
「俺はアーサーの父ユーサーです」
家に訪ねてきたのは解放軍。外にも九人待機している。白髪の老人ラモラックは軍団長だった。
「それにしても軍団長直々とは……」
「私が直接出向くべき案件なので」
「……やはり、聖剣ですか?」
「はい。その通りです」
ラモラックが肯定するように頷く。
「その剣はアーサーくん以外、持つことができないのでしょう?」
「……そうですね。俺たちの方が力はあるはずなんですが、なぜかアーサーにしか持てない」
「──なるほど……やはり。アーサーくんは聖剣に選ばれたのでしょう」
ユーサーは困ったように腕を組む。
「……そうなりますよね」
「……そうですね。話は少し変わりますが、アーサーくんが解放軍に入るという話は、現状どこまで進んでいますか?」
「……それについてなんですが──」
「──アーサーはまだ十二。成人になる十五までは私たちでアーサーを鍛えておきますよ」
イグレーンがユーサーの隣から会話に加わった。
「──ほう。しかし成人になるまで、こちらで鍛えたほうがいいと私は思うのですが……」
「それについては問題ないです」
「俺たちが鍛えた方が絶対いいので」
見た目はさして強そうではない二人。魔力も平均より少し上ほど。
──聖剣に選ばれた少年を鍛えることができるのだろうかと、ラモラックは疑問に思う。
「──ふふっ」
「俺たちは強そうに見えないからな」
「い、いえ……別にそういうわけでは……」
「隠す必要はないですよ」
「手合わせしてもらえれば、俺たちが適任だと分かります」
自信に満ちた表情をする二人を見て、ラモラックは顎に生えた髭を擦る。
「……分かりました。では私が直接相手をしましょう」
「じゃあまずは俺から」
「──二人がかりではないのですか?」
「一人ずつでいいですよ」
「……分かりました」
三人の会話をアーサー・エレイン・モルゴーンは離れた位置から聞いていた。
「──父さんと母さんってそんな強いの?」
「あっそっか……アーサーは知らないっけ? 二人はあたしの師匠なんだ〜」
「え⁉ 姉さんの⁉」
「一応俺のでもあるぞ」
「パパとママはね──強くないからこそ強いよ」
エレインの言ったことの意味が、アーサーには理解できなかった。聞こうとするがユーサーたちが外へ出ていく。一旦思考をやめてあとを追う。
辺りが静まり返る。ザァーと草木のざわめきが響く。ユーサーとラモラックは木剣を構えた。
「私は人族を守る解放軍の軍団長です。私から行くわけにはいきません。どうぞそちらから」
「──じゃあ遠慮なく」
ユーサーがダンッと地面を蹴る。距離が近づく。観察するラモラックだが特に強いとは思えなかった。走る速度も特段速いわけではない。
ユーサーから槍のように突き出された木剣を軽くいなす──はずだった。
「──っ!」
受け止めた途端、持っていた木剣が手元からするっと落ち丸腰になってしまう。気付けば首元にユーサーの木剣が突きつけられていた。
「──私の勝ちですね」
「……参りました」
二人をじっと凝視していたアーサーだが、なにが起きたのか全く分からなかった。
「──姉さん、今なにが起きたの?」
「あれはパパが得意な『剣技』だね〜」
「……ケンギ……?」
横にいるエレインに見て、アーサーは首を傾げる。
「パパは身体能力も魔力も普通ぐらいだけど、それを補う強者を倒せる『技術』を持ってる」
「──でもそれは姉さんも使ってるでしょ?」
「純粋な剣技だけなら、あたしなんか相手になんないと思う」
「──そんなに凄いんだ……」
──分かったような分からないような。それが表情にも出てしまっていたのか、アーサーの頭にエレインの手がぽんっと置かれた。
「アーサーにはよく分かんないか〜」
「……うん」
「でもこれから教えてもらえるからね〜」
「──よし! 俺も剣技を使えるようになる‼」
「うん。その意気だよ!」
心落ち着く優しい手が離れる。今度はラモラックとイグレーンが向き合っていた。