45 逆鱗の魔女
意識を失ったランスロットにも容赦することなく、ゴルロイスは剣を振り下ろす。
だが突如玄関の天井が崩れ、頭上から炎が降ってきたため、後ろに飛んで家の外に出る。
「てめぇ……」
炎と化しているエレインは、ゴルロイスを睨みつけるが、その瞳からは涙が溢れ出ていた。
「私の……命よりも大切なアーサーを……」
エレインはアーサーの傷口を炎で炙って塞ぐと、刹那のうちにゴルロイスを殴り飛ばす。
「もう殺すことを躊躇はしねぇ」
炎と化しているエレインは、今までとは雰囲気が変わっており、炎の体は今まで以上に、激しく燃え盛る。
「逆鱗の魔女」
エレインの姿を見たモルゴーンは、複雑な表情で言葉を漏らす。
「エレインのそれは、久しぶりに見るな」
死んだはずのゴルロイスだが、やはりすぐさま再生していく。
「簡単には死なねぇか……それは好都合だ」
エレインはゴルロイスを再び殴り飛ばすと、再生する前に炎剣で斬り刻む。
「てめぇがアーサーにした行いは、死ぬだけじゃ償われるわけねぇからなぁ!」
再生した瞬間にゴルロイスの体をバラバラにし、エレインはそれを繰り返す。
「操ってる奴も……操られてるてめぇも……許さねぇ……死なねぇんなら何回でも殺してやるよ!」
瞳からは涙が溢れ出ているため、視界が使えないはずのエレインだが、それでも圧倒的な力で何度もゴルロイスを殺していく。
しかしエレインの意識はどこか遠く、ぼんやりと昔のことを思い出す。
◇◆◇◆◇
まだアーサーと同じ年だった頃──エレインは村人たちから恐れられていた。
「チッ」
自分に向けられている畏怖の視線を感じ、エレインの表情は怒りで歪む。
エレインがしばらく歩くと、村の外れにある小屋のような自宅に到着する。
「……帰った」
「エレイン……その様子じゃまたなんかやらかしたな?」
「降りかかる火の粉を払っただけだ」
「だがなぁ……」
「うっせぇなぁ。お前になにが分かんだよ」
なにも言わないモルゴーンを尻目に、エレインは魔物を村で売ったお金を、机の上に投げるように置く。
二階に上がろうとすると、当時まだ六歳のアーサーが降りてくる。
(新しい父親が拾ったとかいう子供……モルとママは可愛がってるが、はっきり言って私は嫌いだ。なんで自分の弟でもない奴の子守を、わざわざしなきゃなんねぇんだよ)
エレインがまだ十二歳の頃、ちょっとしたことで喧嘩になった村人の一人が、母であるイグレーンのことを悪く言った。
──旦那が死んだあと、すぐに別の男と結婚する人でなし。再婚相手の男は、捨てられた子供を拾って育てる偽善者だと。
しかも再婚してすぐに、二人は解放軍から抜けてしまう。
イグレーンの元旦那であり、軍団長でもあったゴルロイスは、強いだけでなく人柄もよく、村人からの信頼も厚かった。
ゴルロイスが死んでしまったあと、その妻であるイグレーンが、すぐに別の男と結婚したという事実は、村人からすれば裏切られたように感じたのだ。
だがエレインは母の悪口を黙認できず、その村人と戦い重症を負わせる。
村人は解放軍の中隊長であったのだが、当時たった十二歳の少女であるエレインは、まるで怒りそのもののような、荒れ狂う炎を操り、圧倒的な力で一方的に叩きのめした。
その時のエレインを見た村人たちは、畏怖の意味を込めてこう呼んだ。
『逆鱗の魔女』と。
エレインの恐ろしさを直接見ていない村人は、そのことで度々絡んでくるのだが、そういった輩には、毎回必ず大怪我を負わせていた。
そんなことがあって以降、母が悪く言われるようになった原因であるユーサーと、それが連れてきたアーサーを、エレインは心底嫌っていたのだ。
(ママのために仕方なく、アーサーと仲良さそうに振る舞ってはいるが、本当はすぐにでもこの家から排除したい)
荒ぶる炎を抑えながら、エレインは二階に上がるために、アーサーとすれ違う。
「おねえちゃんだいじょうぶ?」
「え?」
エレインは思わず立ち止まる。
「つかれてるの?」
「……だ、大丈夫」
「……ほんと?」
(なんだこいつ……とっとと終わらせて寝るか)
階段から足を下ろすと、エレインはアーサーと同じ目線までしゃがみ込む。
「ほんとだよ」
愛想笑いを浮かべるエレインの頭に、アーサーの小さな手が置かれる。
「よしよし」
「……なにしてんだ?」
「おねえちゃんがんばってるから、いいこいいこしてあげる〜」
「いい子いい子って……私はもう子供じゃねぇんだが……」
優しく微笑むアーサーを見て、エレインは自然と涙を流す。
「えっ? な、なんで……」
「おねえちゃん、なかないで」
一度溢れた涙はなかなか止まらず、エレインは自分の涙に戸惑う。
「止まらない……くっそぉ……止まれぇ……」
涙を拭こうとするエレインだが、まるで今まで溜まっていた感情がこぼれ落ちるように、涙が溢れて止まらない。
「よしよし、だいじょうぶだよ」
「うぅ……」
アーサーに宥めるように撫でられ、エレインはますます涙が出てきてしまう。
(六歳の子供に頭を撫でられただけで涙腺崩壊するって……おばあちゃんかよ……成人したばっかなのに……)
「……アーサー……ごめんなさい……ありがとう」
エレインはそれからしばらく、六歳のアーサーに撫でられながら、静かに涙を流した。
◇◆◇◆◇
「アーサーありがとう」
怒りで我を忘れていたエレインだが、昔の記憶で少しだけ落ち着きを取り戻し、ゴルロイスから離れる。
「お前はパパじゃない……腐った肉の塊だ」
(もう終わらせる)
ゴルロイスにエレインは手をかざすが、その腕を誰かが掴む。
「お前を父殺しにはさせない」
「え? パ、パパ!?」
エレインが後ろを振り向くと、そこには今の父であるユーサーがいた。




