Relate／聖剣使いの英雄譚

村の外れに住む少年

2 神器

　とにかく逃げることだけを考え、しばらく走ったあと、アーサーは後ろを振り返る。そこに魔族の姿はなかった。

　すでに体力が限界に来ており、膝に手を当てて息を切らす。

　──禍々しい魔力を背後から感知する。

「もう終わりか？」

「──っ！」

　人族一人などいつでも殺せるはずの魔族だが、頑張って生き延びようとするアーサーを面白がり、あえてギリギリまで殺さずに楽しむ。

　逃げている途中で隠れられそうな洞窟を見つけると、アーサーは急いで入口（いりぐち）へ向かう。

　その背中を傍観していた魔族は、クククと笑い声を漏らす。

「洞窟？　いや……『迷宮』か……。そんな場所に入るとは……実に愚かだな」

　単なる洞窟ではなく、魔物が蔓延（はびこ）る迷宮だったのだが、アーサーは気付かず入ってしまう。

「人族が魔物に殺されるところを見るのも面白そうだが、どうせなら自らの手で殺したい」

　不敵に笑う魔族は、迷宮に入っていったアーサーを歩いて追った。

◇◆◇◆◇

　迷宮を進んでいくと、徐々に入り口からの明かりが届かなくなっていき、現在アーサーのいる場所は、漆黒に包まれていた。

　暗闇を魔法で照らそうかという考えが一瞬頭を横切るがすぐに掻き消す。

　魔法を使ってしまうと、発動する際に発生する魔力と明かりで、魔族に居場所が気付かれてしまう。なので容易に使うことができない。

　入ってすぐに迷宮だと気付いたが時すでに遅く、魔力探知で魔物との遭遇を回避していく。すると徐々に視界が元に戻る。

　自身の魔力を抑え息を潜めながらも、暗闇を照らす光を道標とし、更に奥へ奥へと進む。

　迷宮の中に光があるなど、聞いたこともなかった。しかし確実に視覚を取り戻しつつある現状が、アーサーに光があることを知らせる。

　なにも見えない不安感から解放されると同時に焦りを覚える。

　──このままだと魔族に見つかる。

　とはいえ魔族と鉢合わせになるため戻ることはできない。意を決して光のある方へ駆け出すが──後ろから影が迫る。

「そろそろ終わりにしようか」

「──っ！」

　魔力を抑えていたが、明るい場所に出てしまったため、魔族の視界に捉えられてしまった。

　魔族が放った〈影刃（シャドウブレード）〉が直撃する。

「──がはっ！」

　迷宮の奥に体を打たれ、腰に掛けていた剣を落とす。

「くっ……」

　直前で〈身体強化〉を使ったが、後頭部からは血が流れる。なんとか意識を保ち、〈回復《ヒール》〉で傷を癒やしていく。

　その隙を狙われ影の刃を使われるが、横に転がり紙一重で躱す。

　ある程度傷口が塞がったことで、〈光剣（ライトソード）〉を生成して魔族に斬りかかる。

　ガキィィンと金属音が響き渡り、光の剣は漆黒の剣によって止められてしまう。

「えっ……」

　先程まではなにも持っていなかったはずの魔族だが、漆黒の刀身と柄の間に青く輝く宝石が埋め込まれた剣を持っており、腰にはもう一本の剣がかかっていた。

　〈身体強化〉を発動させているアーサーだがそれは魔族も同様である。人族は魔族に力では勝てない。

　アーサーは押し負けて体制を崩す。体制を整える前に突き出された剣を避けきれず、胸から血が吹き出す。

「うぐっ！」

「人族の子供にしては中々に強いが、それでも直（じき）に『幹部』となるこの俺──アルワ様には到底及ばんな」

　痛みに苦しむアーサーを見下し、アルワは笑みを浮かべる。

「この剣がどこから現れたのか不思議だろう？　俺を楽しませてくれた褒美に教えてやろう！」

　アルワはご機嫌に語り始める。

「この剣は神器〈カルンウェナン〉！　影の中に物を潜ませる能力を持つのだ！」

　『神器』とは、『すべての世界』を合わせて僅か百個しかないそれぞれ特殊な能力が備わっている輝く宝石が埋め込まれた宝具のこと。

「──じ……じん……ぎ……」

　ただでさえ純粋な力で負けているのに、神器まで使う魔族になど勝てるわけがないと思い、アーサーは諦めて全身から力を抜いた。

　そんなアーサーにアルワが近づく。

「そろそろ殺してやるか。少しは楽しめたぞ」

　心の中で家族に謝り、アーサーが死を覚悟したその時──後ろから強烈な閃光が煌めく。

　あまりにも眩（まばゆ）い光にアルワは咄嗟に目を腕で覆う。

「──ちっ、なんだ⁉」

　目も開けられなくなったのかアルワは後ろに下がる。

　なぜかアーサーはその光から眩しさを感じない。振り向くとそこは『行き止まり』だった。いつの間にか『迷宮最奥』まで来ていたのだ。

　最奥にあった『祭壇』のような場所にある岩に突き刺さり、金色（こんじき）に光り輝く宝石が埋め込まれ柄が出た一振り剣があった。

　──そこに剣が刺さっている。

　アーサーに抜かない理由はなかった。

「よし、抜けた！」

　岩から抜かれた剣は更に輝きを増す。

「な、なんだ……なんなんだその剣は！」

　天井のない迷宮最奥なのにも関わらず、黄金の刀身からは燐光（りんこう）が発せられており、神々しさすら感じるほどだった。

　対象にアルワは、剣から溢れ出る『聖なる魔力』を感じとり、危機感を覚える。

　だが人族相手に背を向けるというのは、魔族にとっては考えられない。逃亡という選択肢は端（はな）からなかった。

「さっさと終わらせてやる！」

　アルワはダンッと大地を蹴る。

　猛スピードに驚いた様子で反応しきれていないアーサーから、乱暴に剣が振り下ろされる。

　それを剣で受け止め〈カルンウェナン〉でとどめを刺す──はずだった。

　だが受け止めたはずの剣はまるでバターのようにスッと斬れる。

「──え？」

　気付けば──アルワの体は真っ二つに割れていた。

「…………す、凄い……」

　目の前で死体となったアルワを見て、アーサーは思わずそう漏らす。そして手に収まっている剣の力に驚愕する。

　空（くう）を斬るかのように一切の手応えはなかったが、確かに斬れていた。

　斬った感触が手に残っておらず、殺したことにいまいち実感が沸かない。しかし目の前で綺麗な死体が転がっている。

　チクリと胸の奥が痛む。呼吸の速度が上がり、苦しくなった胸を左手で押さえる。

「──殺らなきゃ殺られてたんだ……」

　だからしょうがない。そう思い込むことで、ほんの気持ち程度だが、胸の痛みを和らげた。