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20 大災害

 ──月光差し込む漆黒の城。

 王座の間の扉がゆっくりと開かれる。足音もなしに歩く人物から場違いな声が響く。


「──帰ったよ〜ん」


 少女のように高い声でふざけたような喋り方をする魔族に、王座の間の空気はぴりっと険悪になる。


「……人族は殲滅できたのか?」


 赤に黒点の混じった髪。王座に座す魔王パズズは血のように真っ赤な瞳で、おちゃらけた雰囲気を醸し出し平伏せずケラケラと笑う魔族を睨む。


「いや〜無理だった〜」


 髪色は全体的に灰色だが、前髪の左側は炭のように真っ黒。

 特徴的なのがその顔。左側がただれており、抉れたような深い傷跡がある。

 右側だけ見ると綺麗な容姿だが、底の見えない常闇とこやみに染まった右眼に、機能を失った真っ白な左眼。

 性別的な特徴が一切なく、見た目からは男とも女とも取れる。


「──なんだと? ではなぜ帰った」

「だって〜、僕のぬいぐるみの吸収できる許容範囲を超えてくるんだも〜ん」

「……災害級クラスというわけか」

「あそこら辺はまだ死の匂いが浅いしね〜。僕一人じゃむりむり〜」


 内容は深刻なことのようだが、話し方のせいであまり危機感を感じられない。


「──パンドラ。魔王様の御前だぞ」

「別に僕には関係ないじゃ〜ん」


 パズズの横に立つ紫髪の魔族ダエーワから注意を受けるが、パンドラは適当に返す。

 しかし次の一言を聞き流すことはできなかった。


「……またアスラを呼ぶしかあるまいか」

「──ちょ! それは卑怯だよ〜!」

「ならば真面目に報告しろ」

「……はぁ……へいへ〜い。わっかりやした〜」


 きつく言われるがおちゃらけた雰囲気のまま返事をする。


「だから僕だけじゃ勝てないんだよ〜」

「……」


 パズズはなにも答えず沈黙が流れる。


「…………僕だけじゃ勝てないんだよ〜……チラッ」

「……言われずとも用意してやる」

「良かった〜。僕がうざくて無視されてるかと思ったよ〜」


 わざとらしくホッと息をつく。するとダエーワが一歩前に足を踏み出す。


「自覚があるなら直せ」

「り〜む〜」


 ベロベロベロと声に出しながら舌を動かす。

 ふざけた態度を取るパンドラを見て、ダエーワの眉がピクリと反応する。


「魔王様。アスラを連れてまいります」

「ちょま──」

「早急に準備しろ」


 お辞儀をしてダエーワは王座の側から離れた。刹那──目の前に現れたパンドラが必死に足止めする。


「分かったって! 分かりました〜! ちゃんとやるからアスラだけはやめて〜」

「……ならば続けろ」

「はい!」


 大袈裟な敬礼を見て、ダエーワはため息をつきながらも戻っていく。

 ──気付けば元の位置にいたパンドラは報告を再開する。


「え〜っと〜……とりあえず化け物が二匹いるね〜」

「……化け物だと?」

「めちゃんこ強い。多分ダエーワちゃんと同等レベル」

「──ダエーワと、だと?」


 パズズはピクリと指を動かす。


「さすがに一対一ならダエーワちゃんが余裕で勝つだろうけど〜、二体一ならワンチャン負けちゃうかもにゃ〜」

「……ならばマーラに任せるか」

「それが適任かと」


 あるじの思案にダエーワは相槌を打つ。


「マーラちゃんか〜」

「お前もだ」

「だよね〜」


 パンドラは頭を搔きながらケラケラと笑う。


「まぁいいよん! じゃあマーラちゃんと一緒に、解放軍を全員殺して戻ってくるよ〜ん」


 最後までふざけた態度で王座の間を離れる。パンドラと共に険悪な空気は消え去った。


「──やはり食えん奴だ」

「しかしパンドラはあれで優秀でもあります。今度は成功するでしょう」

「……しかし奴はどこから神器を……よもやの者らではあるまい」


 玉座から立ち上がりパズズは宝物庫へ足を運ぶ。


「──クリスティーナよ。扉を開け」

「かしこまりました」


 七色の綺麗な首飾りをぶら下げているクリスティーナと呼ばれた女が、宝物庫の巨大な扉を開く。

 ──中には国宝と呼べるであろう代物や、まばゆいほどに光り輝く金銀財宝。さらには無数の武具が並んでいた。


「……しかしそれ以外には……だが奴にそこまでの力はない。となるとやはり……」


 後ろについてきていたダエーワが一歩進む。


「──アスラに探らせますか?」

「……お前の判断に任せる」


 宝物庫から離れパズズは再び王座に座す。


「ダエーワよ! 奴の狙い及びその正体を探れ!」

「──ハッ‼」


 王座の側から離れ、パズズの正面で平伏すると、ダエーワは王座の間をあとにした。




◇◆◇◆◇




 ──光と闇が相殺し大気が震える。

 遥か上空でのぶつかり合いだが、地上にまで余波が及ぶ。

 鮮やかで緑豊かな自然を壊さぬよう、カイザーとカーティルは上空で戦っていた。

 目の前の燃え盛る炎を見て、カーティルは思わず感嘆かんたんの声を漏らす。


「──なんだぁその魔法は……」


 闇属性と炎属性の二属性使いであったカイザーは自らの体を炎と化す。

 〈炎化オーバーヒート〉によって体に重量がなくなり、宙に足場をつくる神器〈カルケウス〉がなくとも飛行することができたのだ。


「ちぃっ! 俺の攻撃が通らねぇ」


 ──いかなる魔法を放っても、炎と化して速度の上がったカイザーを捉えられなかった。

 痺れを切らしたカーティルは、輝かしい膨大な光の魔力を左手に集める。


「仕方ねぇ‼ 俺のとっておきを見せてやらぁ‼」

「次の一手で終わりだなぁ‼」


 カイザーは禍々しい闇の魔力を凝縮する。

 ──静寂を突き破るように二人は同時に叫ぶ。


「〈破滅の光(エクスシオンレイ)〉」

「〈侵略の闇(インヴェイドダーク)〉」


 輝くだけではない高密度の魔力を圧縮した光と、うごめきながら全てを飲み込まんとする闇。二つの災害級が上空でぶつかった。

 音を置き去りにする大爆発が起きる。時間差で地上にも風圧が押し寄せ、ドゴォォンと爆発音が鳴り響く。


「──くっ……」


 吹き飛ばされぬよう、アーサーを含めた解放軍メンバーは、木にしがみついたり剣を地面に突き立てたりして耐えた。

 しばらくすると突風は収まる。刹那──広場の中心で小規模な隕石が落下したような衝撃。反動で地面が揺れ、周辺に砂埃すなぼこりが舞う。

 ──砂の煙が薄っすらと晴れてくる。

 アーサーの視界にまず映ったのは、──大の字で倒れているカーティルに、カイザーが〈クラウソラス〉の剣先を向ける姿だった。


「──なかなか楽しめたぜぇ」


 服は全て燃え尽きており、全身に火傷を負って肌が赤いカーティル。〈クラウソラス〉の衝撃波で斬れた頬の掠り傷から血が伝う。


「まだ死んでねぇだろぉ? てめぇは俺と来い」


 カイザーがスッと手を差し伸べる。

 常人なら死んでいるであろう傷だが、カーティルは微かに口を動かす。


「……ぅ……ん」


 ──解放軍に衝撃が走る。

 軍団長が敗北した挙げ句、軍を抜けてしまうというのだ。

 引き止めるためにエリザベスは果敢に歩く。


「──ほ、本当に行ってしまうんですか⁉」


 なにも答えずカーティルはカイザーの手を掴む。


「肩を貸すぜぇ。さっさと行くかぁ」


 絶対に勝てないであろうカイザーの進行方向を、エリザベスは恐怖と戦いながらも両手を広げて塞ぐ。


「──ちょっと待って!」

「あぁ? 雑魚は引っ込んでろ」

「軍団長……どうして……なんでその男に……」

「──れた」

「……え?」


 完全ではないが傷を治療したカーティルは、カイザーに抱きつくと──頬へキスした。


「惚れた……。カイザーしゅきぃ……」


 全身の火傷はある程度治ったはずだが、カーティルの頬はまだ赤く染まっており、とろんとした瞳にはカイザー以外なにも映っていない。

 ──エリザベスの思考が止まる。


「……は?」


 ぽかんと開いた口が塞がらない。

 数十秒の沈黙でなんとか状況が理解できた。だがあまりの衝撃に我を忘れて叫んだ。


「──はぁあぁぁあ⁉」

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