19 最狂VS最狂
「俺の庭でなにやってんだてめぇら」
「──っ!」
解放軍最強であるカーティルでさえ、突如現れた目の前の男を警戒する。
「──な、なんだてめぇは……」
角もなく肌も真っ黒ではない。全体的には青とも取れる藍色の髪だが、前髪の毛先は紫に近い赤色。腰に剣が一本と背中に大剣を背負っている。
「俺はカイザー」
「……てめぇは魔族かぁ?」
「見りゃ分かんだろ? 俺は人族だ」
「……じゃあなんで……そんな殺気立った魔力をしまわねぇんだ」
カイザーと名乗る男から放たれる魔力だけで、解放軍の半数以上が意識を失っていた。
「つえぇ奴がいるからなぁ」
「──ほぉ」
「てめぇも同類だろ? つえぇ奴と戦いてぇ……ただそれだけだ」
カーティルとカイザーは互いの正体が分かり、片方の口角を上げてニヤリと微笑を浮かべる。
「──ここはてめぇの庭だったのかぁ?」
「ああ。奪いたきゃ俺に勝つしかねぇなぁ」
「そうかぁ。んじゃ殺りあうかぁ!」
ガキィィンと金属音が響く。いつの間にか鞘から抜いていた二人の剣がぶつかった。
──打ち合う二人を眺めながら、アーサーは不安そうにぎゅっと拳を握る。
「人族同士で殺し合いなんて……今はそんなことをしてる場合じゃないのに……」
「──あれが『最狂の戦姫』」
焦るアーサーの肩にノーデンスの手がポンと置かれた。
「──え?」
「軍団長の別名だよ。最も狂うで最狂」
「最狂の……戦姫?」
「軍団長もそうだけど、相手も相当な戦闘狂だね。……あの二人には強い者と戦う以外に、戦う理由はいらないんじゃないかな」
「──でも今は……そんなことしてる場合じゃ……」
──そう思いはする。だが例え聖剣を使っても二人を止めることなど到底できない。
「……力がなきゃ守れないのか……」
他の解放軍メンバーには、二人の戦いをただ眺めていることしかできなかった。
──そこへ場違いにも少女のような声が響く。
「──やっと見つけたよ〜」
剣を交えるカイザーとカーティルの間に、突如現れた『熊のぬいぐるみ』が喋った。
「か、かわっ──」
可愛いものが好きなエリザベスは、愛くるしく動くぬいぐるみを見て口元を押さえるが──
「あぁ? んだてめぇ」
「魔族かぁ?」
この世界には熊もぬいぐるみも存在しない。魔族だと思ったカイザーがすぐさま剣を振り下ろす。
「まぁまぁ。そう慌てなくてもいいじゃないか〜」
ふわっと宙を移動して避けると、ふざけたような高い声で話し始めた。
「はじめまして〜! 僕はパンドラ。君たちが解放軍かにゃ〜?」
ぬいぐるみはパンドラと名乗り、ペコリとお辞儀をして首を傾げる。
可愛い仕草にエリザベスが悶絶する一方で、カイザーとカーティルは鋭い眼光で睨む。
「──解放軍だぁ? お前らが噂に聞く、魔族から人族を解放するとか言ってる組織かぁ?」
「ああ。俺が軍団長だぁ」
「無視ぃ〜? でも、まっいっか〜。一人だけ違うのが混ざってるみたいだけど〜、結局邪魔な存在だよね? 全員死んでくれにゃ〜」
バイバイと手を振った瞬間、広場全体を覆うほどに大きく口を開き、凶悪な魔物を思い起こさせる巨大な鋭い牙を見せる。
「…………えっ……」
寸前まで可愛かった仕草を微笑んで見ていたエリザベスだが、化け物のように豹変した姿にショックを受けた。
──カイザーとカーティルはまるで動じず、巨大な口に手をかざす。
「その程度で俺は殺せねぇよ」
「解放軍軍団長を甘く見過ぎだなぁ」
カイザーはゴオォオと燃え盛る炎。カーティルは煌めく閃光。『超級魔法』を同時に無詠唱で放つ。
〈爆炎弾〉と〈閃光〉が直撃し、ぬいぐるみは風船が膨らみすぎたようにパンッと破裂した。
「──消えたか……」
「案外呆気ねぇなぁ」
「んじゃ肩慣らしは終わりにしようぜぇ」
「ああ。俺もこいつを使ってやるよぉ」
魔力が完全に消失したことを確認すると、カイザーは剣を腰に掛ける鞘にしまう。背負っている大きな鞘から、黄色に黒い線の模様がついた柄と銀色の刀身の間に赤く光る宝石が埋め込まれている大剣を取り出す。
──災害級に次ぐ威力の魔法を使い、それが肩慣らしという二人に、アーサーは驚愕を隠せない。
「…………今のが本気じゃなかったのか……」
座り込むアーサーを余所に、カイザーは背中に背負う大剣を掲げる。
「こいつは神器〈クラウソラス〉だ」
「俺の靴が神器〈カルケウス〉だ」
カーティルが履いている変わった靴には、青色に輝く宝石が埋め込まれていた。
神器は剣だけでなく靴や指輪など、武器ではないが身に着ける物の場合もあるのだ。
「──さぁてぇ……行くかぁ!」
「本気で行くぜぇ!」
──戦闘狂同士の戦いが再開した。
カイザーが〈クラウソラス〉を素振りすると、それだけでとてつもない衝撃波が解放軍を襲う。
姿を消したカーティルが真横から剣を突き出す。回避されるが『空中に作った足場』を蹴って方向転換し、追撃の手を緩めない。〈クラウソラス〉で受け止められ、逆に衝撃波で吹き飛ばされるが空中に着地する。
立ち止まった二人はふははと声を上げて笑う。
「──なるほどなぁ。空中に足場を作るってのが〈カルケウス〉の能力かぁ」
「てめぇの〈クラウソラス〉は、一振りで衝撃波を飛ばす能力だなぁ」
互いに相手の神器の能力を知り、楽しくなってきたのか、ダンッと同時に大地を蹴り速度を上げる。
魔族相手にすら多対一で勝利したカーティルの本気に、カイザーは互角以上で渡り合う。
「──全く見えない……」
戦闘狂同士の戦いを見ようとするが、アーサーでは目で追うことすら困難。眺めることしかできない中、ノーデンスが話しかけてきた。
「一つだけ言える事があるとすれば──」
見えない戦いを見ていても仕方がないので、ノーデンスの言葉の続きに耳を傾ける。
「──魔族から見ても化物と言えるあの二人がいてもなお。……人族は魔族に勝てていないと言うことだね」




