17 大移動
魔族アンファングらが、ラモラック隊を壊滅させた襲撃から数日後──解放軍総員を集結させ、副軍団長エリザベスが指揮を取る。
「現解放軍基地を放棄‼ これよりノーデンス隊が発見した広場への移動を開始する‼」
魔族が複数いたことから、襲撃は解放軍を殲滅するためのものだと、作戦参謀である中隊長ドロフォノスは推測した。
もしそれが当たっていれば、解放軍基地の場所が魔族に特定されていることになる。
なのでノーデンス隊が発見したという、森の中の広場を拠点とすることが決定したのだ。
「──まさか僕らが見つけた場所がこんな役に立つとはね」
俯いて歩くアーサーに、灰色髪の優男──中隊長ノーデンスが話しかけてきた。
「調査任務って基本的にあんまり成果はないんだけど、今回ばかりは違ったね。やっぱりアーサーくんがいるからかな?」
「……そう、ですね……」
顔を上げることなく、アーサーはどんよりとした雰囲気のまま言葉を返す。
それで察したのかノーデンスは声のトーンを落とした。
「ラモラックさんの件は……本当に残念だったね」
「……俺は……目の前でまだ生きてたのに……助けれなかった……」
「……僕も同じようなことが何度かあったよ。でもねアーサーくん……」
アーサーが横に目を配ると、軍団長カーティルと同様に、怖いほどに真剣な目があった。
そしてノーデンスの口からも『同じ言葉』が告げられる。
「──ここではよくあることなんだ」
「──っ」
「といってもアーサーくんはまだ子供だしね。早く慣れた方がいいと思う反面、子供にはこんな目をしてほしくない気持ちもある」
ノーデンスは迷うように目を瞑った。
まだ割り切れないアーサーは、俯きながらも内心思うところを話す。
「……ラモラックさんの件もそうです。でもそれだけじゃなくて……今から行くところって……この前の広場ですよね」
「……自然を壊したくないかい?」
「──ノーデンスさんもですか?」
「そうだね。でも軍団長には逆らえないし、住む場所がなければ人族は生きていけないでしょ?」
「──そう、ですけど……」
自然を壊して基地を立てる。アーサーには納得できないところがあった。だがそうしなければ魔族に全員殺されてしまう。
「全部を守るなんて……そんなのオーディン様でもできなかったんだから」
「──そう……ですね……」
オーディンとは──神話に出てくるこの世界の『守護神』であり、神器〈グングニル〉と聖剣〈エクスカリバー〉を使っていた神様。
かつて『破壊神』と戦い、自身の命を犠牲にしてこの世界を護ったと言い伝えられている。
「──アーサーくんに魔族を簡単に倒せる力があればいい。でも襲撃してきた魔族よりもっと強い魔族だって沢山いる。少なくとも次はあの魔族よりも強いのが来るだろうね。それに寝ている間に来るかもしれない」
起こりうる可能性の高いものを、ノーデンスは順に並べていく。
「それに全て対応して、なおかつ解放軍全員を守れるなら話は別だよ。でもそんなのは……アーサーくんどころか軍団長にも難しいんじゃないかな」
「──それは……」
「力なきものは……なにかを諦めなくちゃいけないんだよ」
えらく実感の籠もった言い草で悲しげに語りながら、ノーデンスは薄暗い空を見上げる。
この世界に雲などない。だが地球よろしく綺麗な青空はなく、泥が覆っているかのように濁っている。
「──いつか……綺麗な空が見たいな」
力なく「ははは……」と笑い、ノーデンスは自隊の先頭へ戻っていった。
すると今度は、アーサーの背後から二つの影が迫る。
「──よっ、アーサー」
「ノーデンス中隊長となに話してたんだ?」
青と薄緑の髪の少年──レークスとケーニッヒが、アーサーの肩に腕を回してきた。
「──別に……大したことじゃないよ」
「……ふ〜ん」
「アーサーは中隊長がノーデンスさんでいいよな」
「確かにそうだよな」
「──えっ、なんで?」
「俺たちなんかグェネヴィア隊だぜ?」
「……グェネヴィア隊ってそんなに嫌なの?」
入ってきたばかりのアーサーですらその名に聞き覚えがある。二人が所属する中隊の隊長グェネヴィアは、解放軍一の嫌われ者だ。
「──だってあの人、他の仲間を自分の駒みたいにしか思ってねぇぜ?」
「自分の身はしっかり自分で守らなきゃ、あの隊じゃ生きていけねぇよ」
「──そんなに?」
二人があまりにも怖い顔で話すので、中隊の先頭を歩く薄紫の髪を肩の下まで伸ばす女性に、アーサーは視線を移した。
「──この間の襲撃時も、副リーダーから合図がきたのに動く気配すらなかったし」
「任務中に仲間を盾にしたりするし」
「あんな人は解放軍にいない方がいいんじゃないかとすら思う」
「まぁ……実力は確かなんだけどなぁ……」
本人に聞こえないように気をつけているのか、二人はひそひそと小さな声で話す。
「……でも顔は副リーダーと同じぐらい綺麗じゃん? 胸も副リーダーよりあるし」
「そんなのはどうでもいいんだよ!」
「副リーダーは心も綺麗だからな!」
「──そんなに怖い人なの?」
「そうだよ‼」
二人が声を揃えてアーサーに顔を近づけてきた。
「そんなに疑うなら直接話してみればいいじゃん」
「確かにな。少し話せばやばい人だって分かる」
「……そこまで言うなら話してみよっかな」
薄紫の髪を持つグェネヴィアの元へ、アーサーは駆け足で向かう。
レークスとケーニッヒは不安そうな表情で後ろ姿を見送る。




