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蒼き月の輝く夜に

作者: 伊島尚希

 城の方角が騒がしい。

 その喧噪で女騎士・エリスは目を覚ます。

 真夜中のはずだが、一体何の騒ぎであろうか。

 彼女は宿舎のベッドから跳ね起きると、慌ててドアを開く。

 廊下では何があったのか他の騎士も困惑しているようだ。


 ここはラパール国の首都・エラド。

 この大陸の強者として名を馳せる伝統のある国家だ。


「一体何があったのです」

 エリスは騎士に尋ねるが、まだ誰もこの事態を把握しているものはいないようだ。


 外の修練場から、老練な騎士隊長の声が響き渡る。

 「諸君!貴君らは今すぐ王都の治安維持をしてもらう。集まれぃ!」


 部隊ごとに招集がかかり、その中にエリスもいた。

 ようやく事の全貌が分かった。王弟タリオが謀反の疑いで捕らえられたのだ。

 王である兄と反りが合わず、国を二つに分けるほどの派閥争いが起こっていた。

 しかし王による王弟派の激しい切り崩しの中、タリオに付いていた有力諸侯が裏切ったのだ。

 諸外国と通じ謀反の計画があると言う密告を元にタリオは近衛部隊によって捕らえられたのだという。


 エリスは夜を明るく照らす蒼い月を見上げながら、くだらぬ争いに小さなため息をつくのだった。

 年に数度の月が蒼く光る満月の夜は、不吉な事が起きると皆忌み嫌うのだがエリスは違った。

 こんなに美しいものはないと愛おしく思っていた。


 エリスはまだ齢・十九の若き女騎士だ。

 この国では、有力貴族令嬢の嫁入りの手習いとして女性が騎士道を学ぶ風習がある。

 しかし、エリスは歴とした騎士だ。武勲をたて勲章を貰うこと数度。

 細身の体ながら長い銀髪を兜から振り乱し、戦場を駆ける姿から「銀色の魔女」とあまりありがたくない異名もいただいている。


 治安維持のため招集されたのだが、この部隊は王都に向かう気配がない。

 明らかに郊外に向かっているのをエリスが訝しがった時に騎士隊長が全軍に号令をかける。

「諸君らは、これより公爵領に向かう。既に出立しているミラド将軍の軍と合流する」

 なぜ中立のはずの公爵領へと思ったエリスの耳に、衝撃の言葉が届く。

「真の謀反人はリカルドである。裏でタリオを操りこの国を乗っ取ろうとしていたのだ。リカルド家は皆殺しにせよとの王命である!」


 エリスはまさかと思った。リカルド公爵の長子の妻は大恩あるシエラなのである。


 エリスは貧乏で名ばかりの貴族の娘だ。

 十三の頃、女騎士の育成を行う学舎にかろうじて入れたのだがそれは惨めなものであった。


 周りは有力貴族の令嬢ばかり。

 持っている武器も鎧も馬も素晴らしいものであった。

 貴族同士の婚姻までの花嫁修業という趣きの学舎の中でやせっぽっちのエリスは浮いていた。


 それはそうであろう。名ばかりの貴族の娘では家柄の優れた貴族との婚姻は望めない。

 残された遺産を食いつぶしただけの賎劣な両親はそんなこともわからずに、数少ないコネを使い無理矢理にエリスをこの場へと放り込んだのだ。


 ほぼ庶民のようなエリスはいつも一人でいた。

 この年で大した学も体力もないこの娘は、体技でも、座学でも周囲に大きく後れを取っていた。

 華やかな貴族の娘たちに蔑まれ、教師にもまともに相手にされない日々が続いた。


 そんなある日の夜。

 月が蒼く光る夜だった。

 エリスは疲れているのだが、眠りにつけず学舎の敷地内の小さな丘で膝を抱え空を見ていた。

 一人ぼっちの辛い学園生活。入学して数月も経っていないのだがもう彼女は限界を感じていた。

 頬を涙が伝う。今日に限らず涙が零れない日はなかった。

 

「あら、先客がいるなんて珍しいわね」

 柔らかいカールをかけた金髪が映える凛とした美少女。

 この学校の最上級生で主席のシエラだった。

 エリスは彼女を見ると慌てて立ち上がり

「すいません。もう行きますから。邪魔して申し訳ありません」

 そう言うと、その場を後にしようとした。


「別にいいのよ。一緒に月を見ましょう」

 シエラはそう言うとその場に腰かけると、エリスへ手招きをする。

 動けず固まっているエリスを見ると、自分が座っている横の地面をポンポンと叩き隣に座るように促すのであった。


 断ることも出来ずに、緊張したままエリスはシエラの横に座る。

 シエラはエリスの顔の涙を確認すると、ハンカチを差し出した。

 どうしていいかわからずおろおろするエリスの頬の涙をシエラは優しく拭うのであった。


「月の蒼い夜、あなたは好き?」

 そう問いかけるシエラ。

「とても綺麗だと思います」

 エリスは小さな声で答えた。

「気が合うわね、私たち。皆、不気味だと嫌うのだけれど私も蒼く輝く月が大好きなの。なんか心が洗い流されるような気がするわ」

 

 二人はその後、言葉も交わさずしばらく蒼い月を見ていた。

 シエラは手に持ったハンカチをエリスに渡すと立ち上がった。

「じゃあ、私は先に帰るわね。そのハンカチはとても良いものだから使ってくれると嬉しいわ」

 そう言い残すとシエラは学舎へと戻っていった。


 エリスは美しい少女との蒼い月の下での幻想的なひと時を過ごし、少し心が和らぐのを感じたのだった。


エリスが特に苦手にしていたのは乗馬だ。

他の生徒は入学前からすでに馬に乗ることに慣れ親しんでいた。

しかし庶民同然の貧乏貴族のエリスは、馬に乗ったことがなかったのだ。


他の生徒が自分の馬も馬丁も用意していたのに比べ、エリスが乗る馬は学舎にいる年老いた暴れ馬だ。

何度乗っても、振り落とされるエリス。

こうやって何かの間違いで入ってきた生徒を馬からだけでなく、学舎からも振り落とす役割を担っているのであろう。

周囲からの嘲笑がエリスの心に影を落とす。

他の科目は苦戦しながらも合格点の成績を収めていたのだが、こればかりはもうどうしようもないと思っていた。

乗馬での赤点を理由に来年の春には、きっと退学に追い込まれるのであろう。


何度も何度も振り落とされ、土や砂だらけになりながら馬場に座り込むエリスに声をかける者がいた。

それは伯爵令嬢のシエラだった。

先日の邂逅以来、会うのはしばらくぶりだった。

彼女は乗馬というにはみすぼらしい小さなくすんだ灰色の馬を連れて来て

「あなたにはこの馬がお似合いよ」と告げるのであった。


それを見ていた他の令嬢たちは、ひそひそと陰で笑うことも忘れ、一斉に噴き出すのであった。

皆が皆、エリスの惨めな姿を指さし大いに笑い転げるのであった。


最上級生であり、成績優秀で皆に慕われるシエラまでもが惨めな小娘・エリスを疎んじる態度を見て、すべての生徒のわずかに残っていた奥ゆかしさが消散してしまったのだろう。いつまでも嘲笑は終わらなかった。

シエラは暴れ馬を容易くいなすと厩へ繋ぎ、令嬢たちの方へ向かいそして皆と連れ立って昼食へと行ってしまうのだった。


一人残されたエリスは目の前に残された貧相な馬へ向かっていった。

優しくしてくれたシエラの仕打ちに落ち込んではいた。

だが僅かに残った意地をかき集め、空腹でそして疲れ切った体を何とか奮い立たせ手綱を取る。

大人しい馬だ。そしてまだ幼駒なのであろう、背も低い。

エリスは今までの暴れ馬との格闘が嘘かのように馬に跨ぐことができた。

そしてキャンターを踏むことができたのであった。

馬の背の感触を楽しむように馬場を何周も何周もした頃、シエラ一人が馬場へ戻ってきて問う。

「どう、乗り心地は?」

「は、はい。とても素晴らしいです。馬に乗ることがこんなに楽しいなんて思いもしませんでした」

 顔を紅潮させ、弾む声でエリスが答える。

「まだ小さいけど素直でいい馬でしょ。とはいえこんなに簡単に乗りこなすとはあなた、実は乗馬向いているのかもね」


 シエラはそう言うと、手綱を握りエリスに馬から降りるように促した。

 エリスが馬から降りると、馬を水場の方へ連れて行こうとした。

 付いていこうかと思ったが、逡巡しているエリスにシエラは

「あなたもついてらっしゃい」

 と声をかけるのだった。


 馬を水場の近くにつなぐと、初めて出会った小さな丘へ二人は歩いて行った。

 そこでエリスは鞄から水筒と包みを取り出しエリスに渡す。

「あなたももう喉カラカラでしょう。そしてお腹もすいたでしょう」

 そう言って優しく微笑みかけるのであった。


 その言葉に呼応するようにエリスの腹の虫が鳴る。赤面するエリス。

「簡単で申し訳ないけれど、早く食べてしまいなさい。次の授業に間に合わないわよ」

 シエラにせかされ、慌てて包みを開く。

 包みの中のサンドウィッチを見て「食べてもいいのですか」という表情をするエリスに、シエラは「当たり前でしょ」と笑うのであった。


 そこからエリスの学生生活は一変した。

 いつもシエラが後見人のように面倒を見るようになったからだ。

 周囲からの表立っての揶揄はなくなった。

 シエラが卒業するまでの間でエリスは、驚くべき成長を遂げた。

 平均より低い身長も大きく伸びた。

 元々運動神経も良かったのだろう、同級生でエリスに体技で適うものはいなくなった。

 それに合わせ、おどおどとした面も消えていったのだ。


 シエラが学舎を卒業した日の夜、二人は例の丘の上にいた。

「明日から、私は従軍することになるわ。もう一人でも平気よね」

「はい。何か言ってくる奴がいたら片っ端から引っぱたいてやります」

 エリスがシエラに頼もしく宣言する。

「もう心配いらないわね。まぁ正直頼もしくなりすぎよ」

 シエラがあきれ顔で返す。


「形ばかりの従軍が終わったら、どこかの貴族に私は嫁ぐことになるわ。もしかしたらもう会うことはないかもしれないわね」

 シエラが寂しげに言う。

「一つ聞きたかったんだけど、エリス。私、鬱陶しくなかったかしら?」

「いえ、そんな事はありません。こんな私に優しくしてくれてとても感謝しています」

 エリスはシエラに深々と頭を下げる。

「でもどうしてシエラ様は、私にこんなに良くしてくれたのですか」

 シエラが夜空を見上げて言う。

「そうね。どこか私に似ていると思ったのかもしれないわね」

「シエラ様と私が似ている点なんて一つもないと思うんですけど」

「そうでもないのよ。私、七人兄弟のハズレ扱いでね。家の者からもあまりいい扱い受けていない程度には出来が悪かったのよ。馬に乗るのも苦手で仕方がなかったのよ。まぁ、貴方ほどではなかったけれどね」

 そう言うとシエラは、エリスを優しく抱きしめて耳元で囁いた。

「あなたは私の大事な妹よ。頑張ってね」

 その言葉を聞いたエリスは滂沱の涙を流し、強くシエラを抱きしめるのであった。

 そしてシエラもまた、強く抱きしめ返すのであった。


 そんな二人を蒼い満月の光が、優しく包むのであった。

 

 エリスの前方に赤い光が見えた。

 公爵領の方角だ。おそらくは居城に火が放たれたのあろう。

 中立を装っていた公爵は、王がここまで一気呵成に攻め込んでくるとは思ってもいなかったであろう。

 

 ミラド将軍は、この国で最強の猛将だ。

 精強な兵を持たない公爵軍はそう長く持たないであろうとエリスは思った。

 私たちが、城に着くころにはこの戦いは既に終わっているだろう、と。


 シエラは無事であろうか。

 他家の出身であるとは言え、当然皆殺しの対象になってしまっているだろう。

 だが、シエラはただの軟弱な貴族の娘ではない。

 形ばかりの従軍の際に図らずも起こった戦で武勲を上げ、公爵の目に止まり息子の嫁にと迎えられたような人だ。

 もしかしたら上手く落ち延びているかもしれない。


 エリスはきっとそうだろうと思う事にした。

 だとしたら助けに行かねばならない。

 一体、どこへ向かっているだろうか。


 伯爵領に向かっているだろうか。

 いやそれはないだろうと思った。

 両親・兄弟との仲の悪さは学生時代常々聞かされていた。

 ただ信頼に足る叔母が隣国に嫁いでいると聞いたことがある。

 もしそうだとしたら、公爵領の森を抜け、西の国境を目指しているはずだ。


 エリスは愛馬に拍車で合図を送る。

 それに合わせ、馬が態勢を崩し倒れこむ。

 エリスもそのまま、馬から投げ出され地面に叩きつけられる。

 

「大丈夫か」

 同僚達が手を貸そうとするが倒れこんだままエリスはそれを制す。

「いえ、問題ありません。すぐに追いつきますから皆さまは先に行って武勲を立ててくださいませ」

 その言葉に安心して、騎士たちは歩を緩めずに前にと進んでいくのだった。


 エリスはゆっくりと立ち上がると

「完璧な演技だ」というように愛馬の首筋を優しく撫でる。

 そのような芸を仕込む方も仕込む方だが、きちんと覚えていた馬を褒めるべきであろう。

 再び、馬に跨るとエリスは部隊の後方から外れ、西の方角へと向かうのであった。


 整備されてない大地を進み、公爵領の森からの小道に繋がる街道にエリスは至った。

 公爵の城からは馬で数刻の距離だ。

 シエラが無事であれば、そして馬を確保できていればきっとこの道を通るに違いないと読んでいた。

 すでにこの地点を通過しているのであれば追手の心配ないであろう。

 きっと逃げ切れるはずだ。

 だが、もし全速力とはいえ、遠方から回りこんできた自分より後にシエラがここを通るようであれば、追撃は免れまい。

 

 蹄の音が近づいてくる。

 シエラだろうか、それとも軍の者であろうか。

 音からすると数騎であろうと思われる。

 木陰へと人馬ともども身を隠す。


 小道から一騎の馬が飛び出してくる。

 幼子を抱える白いネグリジェを着た女だ。

 それを追いかけるもう一騎は騎士だ。


 女にようやく追いついた騎士は槍を振るい、女を刺し殺そうとするが危機一髪、左手に持った剣で跳ね返す。

 姿は良く見えないがシエラだとエリスは思った。

 その瞬間、愛馬とともにエリスは駆け出し前方に気を取られている騎士に追いつくと全力で剣で薙ぎ払い、馬から叩き落とした。

 そして素早く馬から降りるとその騎士を仰向けにし、鎧の隙間から首に剣を突き刺すのだった。


 騎士を仕留めたエリスは先を行く女の乗る馬を追おうとしたが、少し先でその馬はもんどりうって倒れこんだ。

 追いついたエリスは女のもとへと馬を走らせ、近づくと飛び降りて駆け寄った。


 やはりその女はシエラだった。

 彼女の髪は乱れ、息が荒い。疲れ切った態だった。

 胸元に紐で縛り付けた二、三歳に見える子供を抱きかかえていた。


「シエラ様!」

 エリスはシエラが生きていた、その事に深く安堵するのであった。

「ご無事で何より。他の追手もすぐに来るでありましょう。私の馬をお使い・・・・・・」

 エリスの言葉を遮り、シエラが言う。


 シエラは久しぶりの再会を喜ぶこともなくエリスに告げるのだ。

「先ほどは一騎だけだったがそろそろ多くの追手が来るであろう。私がここで敵を足止めする。申し訳ないがエリス。この子を連れてラシャ国の伯爵夫人、ティリア様の元に届けてはもらえないか」


「何をおっしゃるのですか、シエラ様。そんな事が出来るわけがないではありませんか。私が食い止めます。あなたが連れて行ってください」

 エリスは強く反論する。

「実は右肩を斬られて、手綱を握るのも限界だ。お前に託す方が確実だ」


 エリスは馬に下げた革袋から傷薬と包帯を取り出す。

「まずは手当てが先です。その子をお貸しください」

 手当を渋るシエラから、半ば強引に子供を奪い取るとエリスは黙々と治療を始めた。


「まぁこんなものでしょう。ラシャまではそう距離はありません。頑張ってください」

 エリスは治療を済ますとシエラに言った。

「この子は女の子ですか。シエラ様に似たのかな。かわいらしい顔立ちをしている」


「無関係なエリスを死なせるわけにはいかない。頼む、お前が連れて行ってくれ」

 シエラはエリスの肩を掴むと懇願する。

「意外と聞き分けが良くありませんね。この子はあなたの娘。ならば私の姪も同然。その子から母親を失わせるわけにはいきません。だいたい大した身分でない私がこの子を守り切るのはここで敵を食い止めるより難しい事ですよ。さぁ早く」


 エリスは子供をシエラに返すと、愛馬の手綱を引き早く馬に乗るように促す。

「私ならば、ここで敵を食い止め離脱することも不可能ではありません。ご心配なさるな」

 エリスはシエラに「任せてください」といった表情で微笑みかける。


 まだ逡巡するシエラにエリスは告げる。

「シエラ様。いえ、その・・・・・・姉上。ここは不肖の妹にお任せください」


 その言葉を聞いてシエラも覚悟を決めた。

「エリス、わかった。困らせて済まなかった。私は必ずこの子を連れてラシャへ行く。お前も程々のところで逃げてくれ」

 

 エリスはうなずくと、シエラに早く馬に乗るように言う。

 そのエリスをシエラは抱きしめる。

「私はあなたのような妹を持てて幸せだ」


 エリスは革袋からいくつかの荷物を降ろすと、シエラとその子供が乗った馬の背中を「さぁ行くんだ」というように前方へ押しだす。

「エリス、必ず無事でいてくれ」

 そう言うとシエラは馬を走らすのだった。


 エリスはシエラの後ろ姿を見送った。

 遠くへ徐々に小さくなっていく姿を見て、安堵するのであった。


 エリスは街道に繋がる森の小道に戻ると細工を始めた。

 馬から降ろした縄を木と木の間に何ヵ所か、馬の脚を絡めとれるように結ぶ。

 軍馬を食い止めなければいけないので、強く強く頑丈に結び付けた。

 そして、草を剣で刈り集め進路に積み上げていく。


「このまま見失ってくれていれば、楽なんだがな」

 そう独り言つと、騎士たちが来ないのを祈りつつエリスはその場で待った。


 だが、そうは上手くいかない。多くの蹄の音が徐々に迫ってきた。

 先頭を駆ける騎馬が、罠に上手くかかり前方へ派手に弾け飛んで倒れた。

 「よしっ」それを確認するとエリスは集めていた草の山に火を放つ。

 手持ちの油を撒いておいた草は良く燃え、周囲を赤々と照らす。

 少々、手持ちの油は少なかったが、馬をひるませるのには充分であった。

 軍馬は暴れだし、騎士たちの動きも混乱する。


 そこへエリスは剣を抜いて、躍り出た。

 騎士ではなく、馬の脚だけを狙い剣を振るう。

 十数騎。この馬たちの動きを止めれば目標は達せられる。

 エリスは、馬から叩き落され動揺する騎士たちを尻目に、ただただ馬の脚を斬っていく。


 目に入る最後の馬の脚を叩き切った時だった。

 エリスは横合いから、強い衝撃を受けた。

 軽めの鎧を纏うエリスは、重武装の騎士たちの攻撃を華麗に躱しつつ獅子奮迅の働きを見せていたのだが、ついに捉えられた。

 吹っ飛ばされるエリスはすぐに、立ち上がるが騎士たちに攻撃を受けた。

 一人目の剣は、かろうじて跳ね返したが二の太刀、三の太刀はそういかなかった。

 薄い鎧では剣を受け止めきれずに、体で斬撃を受け止める事になった。

 それでも倒れずに、健気に剣を振るうが襲い来る剣をまともに返す事は出来ず、一方的に切り裂かれた


 傷だらけのエリスは、ついに森の草むらの上に仰向けに倒れこむ。

 騎士たちは罵倒しながらなおもエリスに剣を突き立てる。

 混濁の意識の中で「ここだと月が見えないな」とかすかに思ったが、すぐに息絶えるのであった。

 

 それから二十年後、ラシャ国の伯爵家の養女である姫がかわいらしい娘を産んだ。

 蒼い満月が輝く夜に産まれたその娘は「エリス」と名付けられたのだった。




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