天才かよ
赤毛の天使的悪魔。名前をヒイロという。
ドワーフの女性陣で最も背が高く、みんなのお姉さん的存在。
実年齢は下から数えた方が早いらしいのだが、外見に精神年齢が引っ張られることは年中「でちでち」言ってるうちの母を引き合いに出さずとも自明だ。
かつて人里で暮らしていたために縫製の造詣も深く、服飾部を任されるに至ったらしい。
そんな彼女のデスクで、素晴らしい物を発見した。
銅線だ。
精製した銅を、均一に細く延ばした代物。
俺の持つ設備では、まだ作れない垂涎の一品。
「ヒイロ、これ、……使うのか? 使わないならくれ」
「いやいや、使うよ。スカートの骨組みに」
「余ったらくれ」
「んー。……全部使ってもギリギリなんだよね」
そんなはずはない。最適化すれば減らせるはずだ。俺の頭脳を持ってすれば。
製図を覗き込もうとすると、サッと隠されてしまった。
「ちょっと、ダメだよ。人の仕事は横取り禁止」
「手伝ってやる」
「……キミだって嫌でしょ? 自分で考えてる所に、横槍入れられたら」
――――確かに、一理ある。テンションガタ落ち間違いなしだ。
「じゃあ俺にも似た仕事くれ」
「……キミにはまだ難しいと思うんだけど」
「問題ない。俺は天才だ」
ヒイロはちょっと考えてから、じゃあ、と前置きした。
「私も『天才!』って思っちゃうような仕事をしてみせて? そしたら回してあげる」
机に戻った俺は猛烈に製図した。
――――俺にはアドバンテージがある。向こう600年分のアドバンテージが。
元の世界のデザイナーによる最新鋭のファッションを俺は知っている。
それらを丸パクリにはできない。
倫理的な障害ではない。センスの話だ。
俺の専門は服飾ではないし――――粋と卦体は紙一重だ。
丸々持ってきたところで、異文化の価値観にそぐわなければ、ダサいだけ。
外界では何がお洒落とされるのか、依頼書から推し量るにも限界がある。
では、なにを書けば良いか。
――――新機軸の提案だ。
コルセットの改良、或いはコルセットのないドレス。モダンなスーツ。脚を出すことを厭わないデザイン。カジュアルな普段着。バイアスカットの流れるような羽衣。スマートなフォーマルウェア。ファスナー、タイツ、スパッツ、エトセトラ。
洗練されたこれらの造形には普遍的な美がある。
機能美だ。
素材がないために実現不可能かもしれない。机上の空論かもしれない。そんな設計図を書き連ね、天才と呼ばれた男が、かつていた。――――レオナルド・ダ・ヴィンチである。
俺もあやかろう。
出し惜しみは一切しない。
それほどに銅線が欲しかった。
銅線を巻けばコイルができる。磁石は持ってるし、希硫酸から化学電池も作れる。
モーターの材料が揃うのだ。
更に逆回転させれば発電機だ。電気があればなんでもできる。
俺の筆は輪転機すら凌駕していた。
製図の山を受け取ったヒイロは、まずその量に驚いていた。
暫く流し読みしていたが、ふとした瞬間に「えぇ!?」と声を出した。
ふわっと髪を逆立てて、また始めから精読。握った紙がブルブルと震え出す。
――――我に返って、少し怖くなった。
ドワーフの宗教には理解できない地雷が埋まっている。
オバールもそれで怒ったのだ。
やはりこの時代には奇抜すぎたかもしれない。3年ずつ刻むべきだったかも。
「――――なに、これ」
「ダメか?」
「……いや、すごいっ! すごいよ! ……ううん、すごいなんてもんじゃない! 大発明だよ、これは!」
「そ、そうか?」
「そうだよ! こういうのなんだ、私が求めていたものは! ――――あぁっ、キミが入ってくれてホント良かった! ほんと、すごいっ!」
むぎゅぅっ、と抱き締められた。
柔らかな双丘に顔が埋まり、ぐりぐりと頭を撫でられる。
これほど服飾に情熱的な人が、どうして原始人のワンピースしか着ないのだろう。
不思議だが、今はそれに感謝しかない。
ふかふかのポカポカ。布一枚向こうの感触が最高すぎる。原始人万歳!
「……そ、それで、俺は『どの作品』を褒められたんだ?」
「全部!」
「お世辞はいいから。今後の参考にしたいんだ」
「ホントに全部なんだけど……、そだね。敢えて言うなら、幾つかは――――、特に最初の方のは、ちょっと流行が過ぎてるかな。だから、それ以外の全部だね」
「……やっぱりそうか」
「やっぱり?」
「外に何があって、何がないのか分からないから、一通り書いてみたんだ」
「……じゃあ、知らないで書いたの? これ全部、知識なしに……?」
「なしというと、語弊があるけど、まあ。……それより使えそうなものはあるのか?」
「そうだね――――、でも折角書いてくれたんだし、全部使いたいな!」
「えっ、大丈夫なのか? 結構難しい素材もあるだろ? 『伸び縮みする紐』とか……」
「ゴムでしょ? 発注すれば届くと思うよ」
「あるのか……」
どうやら少し外界を軽んじていたらしい。やはりこの目で見てみないことには、どうにも実情が掴めない。
「特にこのドレス、凄くいいよね。ベースの発想が素敵。……ああ、でも、もうちょっとだけ手を加えたいなー」
「人の仕事に横槍入れるなって、誰かさんが言ってたよーな……」
「お願いお願い! これ見たら黙ってらんないよ」
「……いいけど、完璧だと思うぜ。これで」
「でもねでもね、こうすると、もっと素敵になると思うんだよ」
ヒイロは楽しげにペンを走らせる。
いやいやいや。世界一あったまいい俺に赤ペンを入れようだなんて、烏滸がましいにも程が――――。
「――――ほんとだ」
「でね。ここをこうして……」
「天才かよ」
――――俺が言っちゃったよ。




