二肌脱ぎましょう
「ギャラララララララララッ!!」
坑道よりも太い体。
規格外の大蛇がうねる度、黒い甲鱗が岩盤を削る。
ズガガガガガッ、と山を揺らす。
文字通りのモンスタードリル。
ついに岩盤を砕き割って飛び出した。そこにレヴィとダダンの姿はない。
頭を低くして、先割れした舌でチロリと空気を舐める。
それだけで二人の逃げた方向が分かってしまう。
野生の蛇が鼠の通り道を辿って獲物を狩るのと同様に、『蛇』の権能を受け継ぐジェイドも、二人の残り香を追うことができる。
レヴィの味はよく覚えている。柔らかな頬の感触も、乳臭い香りも。
体をくねらす毎に匂いが強くなる。ぐんぐん距離を詰める。
狭い道も削り壊して猛追する。
蛇のようにしつこい、という修辞表現がある。それは真実だ。
一度狙った獲物は逃がさない。
何十時間かけてでも必ず追い詰める。
警察犬以上の嗅覚。それに加え、ピット器官と呼ばれる『第三の目』によって、赤外線を感知できる蛇に死角はない。
人類がサーモグラフィを実用化したのは、ここ50年以内のことであるが、ヘビは有史以前より、その能力を備えていた。
いくら物陰に身を潜めようと、『体温』までは隠せない。
岩の後ろで震えるレヴィを透視して、回り込みを掛ける。
彼女の姿を肉眼でも捉えた――――瞬間、大蛇の右目が爆ぜた。
レヴィがマグナム弾をブッ放ったのだ。
大の大人でも正しい姿勢で撃たなければ、肩がぶち壊れるほどの反動を味わうそれを、ドワーフの膂力で無理やり扱ってみせた。
激痛に暴れ回る大蛇。
レヴィはその隙を突き、這うように逃げ出した。
シューシューと息を巻いて追跡する大蛇。
二人の匂いは鍾乳洞の奥に続いていた。
ムワッと立ち込めるどぶ川のような悪臭。人間さえ吐き気を催す劣悪な空気だ。嗅覚の鋭敏な蛇にとっては拷問に等しい。爬虫類的な無表情を限界まで歪めた。
臭いの原因は天井にある。
ぶら下がった無数のコウモリが落とす糞尿、そして死骸。
それらは柔らかな土と混ざって発酵し、ジリジリと熱を放っている。
まるで蒸し風呂かサウナのよう。
そこら中が熱源なのだ。『第三の目』が映す世界はオール・レッド。使い物にならない。
――――視界を奪って不意打ちする気か。
嗅覚とピット器官を潰された大蛇が、唯一残った片目を凝らす。
暗闇にぬぼぉ、と光る蛇の片目。……そこへ再び銃弾が刺さった。
爆ぜる眼球。横倒しになり、のたうち回る大蛇。
苦悶の絶叫が反響する。土埃が舞う。
そんな中、大蛇は微かな匂いを嗅ぎ取った。彼が執着して止まないレヴィの匂いを。
一緒にいるダダンの匂いを。
か細い糸を手繰るように猛進する。
怒りに支配された巨体にブレーキはない。
ぐぉおおおおおおっ、と開かれた大顎が、レヴィとダダンを丸呑みにした。
――――ゴクンッ。
飲み込んだ瞬間、大爆発。耳をつんざく轟音が吹き抜ける。
体内から弾け飛ぶ黒蛇。
彼が飲み込んだのはレヴィとダダンではなく、二人の服を羽織った人形だったのだ。
中に仕込まれたダイナマイトは、600本。
頭と胴が永久に別れたところへ、氷柱石の天井が落ちる。
断末魔もなく、大蛇は岩の中に沈んでいった。




