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世界一あったまいい俺がゴブリンの巣からのし上がる!!  作者: 龍輪龍
第二章 堕ちて汚れた危険物、その輝きは泥濡れの
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魔法の代金


 彼はダダン。転生者である。

 その秘密は誰にも話していない。


 話せるはずがないのだ。

 殺戮兵器を売り捌き、世界を混沌の渦中に追いやった最凶最悪のマッド野郎などと。

 歴史に名を刻んだ武器商人は、自らの正体に口を噤む。


 そんな男が一人の少女のために、無償でプラネタリウムを作ったりするだろうか?


 ――――否。断じて否である。


 ここにもまた、裏の目的があった。


 初めて魔法を使えたあの日以来、レヴィは毎日練習に勤しんでいるが、成果の程は芳しくない。

 魔法が出るだけで嬉しい期間は終わり、モチベーションにも陰りが見える。

 そんな彼女の耳元で「もっと力が欲しいか」と囁けば、どうなるか。


 偽物の星空を見ただけで、魔法が使えるようになったのだ。

 本物を目にすれば、力は完全に開花するだろう。


 重要なのは、これをレヴィ本人に思いつかせることだ。

 彼女が一人で閃いて、勝手に地上へ向かえば、護衛騎士として放っていくわけにはいかない。

 なし崩し的に地上に出られる。

 一度外に出てしまえば「街で美味しいものを食べよう」とか何とか(たぶら)かして連れ回せば良い。

 あとでお叱りを受けるのはお姫様だけ。お尻が赤く腫れるのもお姫様だけ。


 完璧なプランだ。



「なぁ、レヴィ」「ねぇ、ダダン」


 声を掛けるタイミングが被った。


「……お先にどうぞ」「あんたこそ」


 そうしてどちらも喋り出さない。

 少年が更に促すと、レヴィはもじもじと体を揺すった。


「……えっとね」

「どした?」

「……あ、あのさ……。あたし、魔法を使えるようになったでしょ? は、半分ぐらい、ダダンのお陰で。……だからその。……お礼を、したい、というか。……しなくっちゃ……いけないわよね……?」


 もにょもにょもにょ、と口籠もり、髪を弄る。


「お礼?」

「だからその……っ! ……あ、あ、あたしの初めてを、もらってほしいのっ」


 プラネタリウムの中心で、レヴィはそう言い放った。

 真っ赤に頬を染めて。

 少年はピシリと固まる。自称・世界一の頭を以てして、意味不明な発言。


「いま、なんて?」

「なっ?! 何回も言わせんな……っ!」

「よく聞こえなかった」

「……あ、あたしの初めて、もらってってば!」


 ――――聞き間違いではなかった。


 フリーズした思考を再起動し、目を閉じる。そしてタコのように口を窄めた。

 これが答えのはずだ。


「ちっ、違うわよ?! なに考えてんの、このスケベ!!」

「……ああ、そっか、チューはもうしたもんな!」

「お、思い出させないで! あれはノーカン! ノーカンだから!」


 二度目のキスは頬を掴まれて阻止される。

 瞼を開けば、茹で上がったレヴィの顔が目の前に。

 彼女はゆっくりと手を離し、小箱を差し出してきた。


「受け取って」

「どゆこと?」

「中身、見たら分かるから」


 小箱を開けると、中身は空。事態は混迷を極めた。レヴィまで不思議そうな顔をしている。


「あれ? おかしいわね。ちゃんと入れたのに」

「入れたって、何を?」

「……あたしが初めて魔法を撃ったとき、出てきた石」

「おう。マジでいらねぇもん寄越すな」

「なっ!? なんで!? 初めての記念品でしょ!? ……ちゃんと大切に取っておいたのに。どこかに落としちゃったかな……」

「……ああ、いや。魔力だけで作ったものはな、時間が経つと消えちまうんだ。固定化するには別の技術がいる」

「……そうなの?」


 レヴィの覚えた魔法は、小型の隕鉄を飛ばすものだ。

 流星弾と言えば格好良いが、その実、パチンコ玉を弾く程度のものでしかない。

 ドワーフの豪腕で石を投げつけた方が、ずっと強い。


 閑話休題。少年はボロボロの的を指した。


「この的にも、弾痕はいっぱいあるけど、弾丸(いし)はもう消えちゃってるだろ?」

「……ダダンが摘まみ食いしたんじゃなくて?」

「俺はそこまで食い意地張ってません。――――誰かさんと違って」

「なによぅ……。……むぅ」


 レヴィは残念そうに息をついた。



「あたしの人生で、一番の宝物だったんだけどな……」

「……それは別に、消えてないだろ」

「え?」

「魔法を出せた瞬間のことは、俺もしっかり覚えてる。その思い出は、ずっと消えない。だから、まぁ、その――――なんだ」

「…………」


 レヴィはきょとん、と目を瞬いた後、にまーっと深い笑みを浮かべた。


「……もしかして元気づけようとしてくれてるの?」

「ち、違ぇよ。俺はただ、間違いを訂正しただけで」

「えー? ホントに? ホントにそれだけ? 『思い出は、ずっと消えない』――――って。うふふっ! めっちゃ格好付けて――――むぐぐっ?!」

「うるせぇ。どーせこれが目的なんだろ! 大人しく食ってろ」


 口に鉱石(おやつ)を詰め込まれ、もごもごと頬を膨らますレヴィ。


「……それ(しょえ)で、そっちは?」

「ん?」

「あなたも、お話があるんでしょ?」

「……あぁ。でも、気分じゃなくなった」


 少年は小さく笑って、ポケットに空の小箱をねじ込んだ。

 それから不意に、レヴィの後方を見やる。


「あれ? ルチル様」

「ふぁっ?!」


 焦ったのはレヴィだ。手に持ったおやつを口に隠し、一気に噛み砕く。


「ち、違うのよママ?! これは、つまみ食いとかではなくて――――」


 振り返っても、誰もいない。

 きょとん、とするレヴィの腋の下に、両手が差し込まれて。

 こちょこちょこちょ♡ と。


「にゃひんっ?!?」

「お前ってズルいよな。こんな時ばっかり良い子ちゃんで」

「な、何!? 何の話!? ――――んひひひっ♡」

「ムカつくからくすぐっていい?」

「もう、くすぐってるじゃんか! ダメ! 絶対ダメ!! ぁははははっ♡ や、やめれっ、腋は、腋は弱いのっ♡ 弱いの、知ってる癖にぃっ!! いぎひひひひっ♡」


 ただより高い物はない。

 プラネタリウムの対価は、そのように支払われた。

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