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世界一あったまいい俺がゴブリンの巣からのし上がる!!  作者: 龍輪龍
第二章 堕ちて汚れた危険物、その輝きは泥濡れの
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科学が描くもの


「なに、これ……」


 ルチルは目を丸くした。

 5日間の遠征から戻った女王陛下が見たのは、すっかり様変わりした郷里の姿だった。


 確かに、里の復興はに一任していた。

 万年お留守番の0番隊隊長に。


 護衛のついでで良いからね、と申しつけた片手間仕事。――――その仕上がりの何と美しいことか。

 打ち壊された廃墟の名残はどこにもない。

 壁床の化粧石は張り替えられ、区画は見直され、景観と利便性を兼ね備えた石の都に変貌していた。


 蛍光石(けいこうせき)が照らし出す、地底の妖精郷。

 その名に相応しい輝きが、里の随所から溢れていた。


 この図面を引いたのが、まだ8歳の子供というのだから驚きだ。

 着工から完成まで、たったの5日間。

 これほど早い竣工(しゅんこう)には、実際に仕事をしたドワーフ達でさえ、いまだ信じ切れない様子だった。


 この魔法じみた早建ては、一体どのように行われたのか。


 ルチルが訊ねると、石大工は皆、不思議そうに首を傾げた。


「わからねぇんです。気付いたときには出来てやした。――新工法、だそうで」


 土木工事は発生する土砂との戦いだ。

 そこに加えて瓦礫も山積していた。それを解決したのが()の敷いた作業動線だ。

 徹底的に管理・効率化されたそれは、物資の出入りを自在にし、流れるように瓦礫を運び出し、誰の作業も止まらない。石工衆の力は100%余すところなく発揮された。


 そして切り出された石材は、どれもこれも吸い付くようにピタリと噛み合った。その気持ち良いことと言ったらない。少年の設計図には無駄というものが一つもなかった。

 ――――素晴らしい現場監督。

 皆、口を揃えてそう評した。そのことが、ルチルをなによりも驚かせた。

 ドワーフの熟練工は、ダイヤモンドより硬い頭で知られているのに。


「……護衛じゃなくて、親方にすべきだったかしら」

「わしは推薦しときますぜ」

「それで? これをやってのけた騎士隊長さんはどこに?」


 ルチルが訊ねると、ドワーフ達は顔を見合わせ、面白そうに笑った。


「水を差しちゃぁいけません。――――いま、ロマンスの真っ最中でさぁ」

「ズルい奴だよ。あれを見せられちゃあ誰でも惚れる」

(ちげ)ぇねぇ。なにせわしらも惚れかけた」




 噂の少年は今、真っ暗な洞窟を進んでいた。

 お姫様の手を引いて。


「ねぇ、ダダン。どこまで行くの?」

「じきに着くさ」


 ここは里の郊外のとある場所。

 切羽(きりは)に開いた裂け目から、奥へ、奥へと。更に降りていく。


 彼のランタンは弱々しくて頼りない。

 レヴィは、ギュッと握りを強めた。


 ドワーフの王国は地中に眠る。

 故に、どこもかしこも真っ暗――――という訳ではない。

 彼らの生活は、色取り取りの蛍光石(けいこうせき)と共にある。

 自然発光するクリスタルが、地底の妖精郷を神秘的に照らしているのだ。


 少年がライト代わりにしているのも、大蛇に砕かれたクリスタルの欠片である。


 蛍光性を持つ鉱石は、存外多い。

 透石膏セレナイトや蛍石、方解石など、人間界でも枚挙にいとまがない。

 活性剤と呼ばれる不純物が含まれていれば、大概光る。


 ただしそれらが光るのは、紫外線を当てたときだけだ。

 紫外線のエネルギーを受け取り、その一部を可視光として返す自然現象。

 この蛍光石のように、暗闇で自ずと発光し続けるのは、魔法的作用と呼ぶより他にない。


 ドワーフは光と闇の境界で生きている。

 だから闇が怖くないか、と言えばそうではない。

 むしろ、真なる暗黒がすぐ隣にあるからこそ、その恐ろしさは、他のどの種族よりも知っている。


 雪国出身者が寒さを嫌うのと同じ。

 レヴィはしっかりと少年を捕まえながら、もう片方では壁を伝っていた。


 その壁が不意に、すかっ、と消える。

 小さく悲鳴を上げ、わたわたと少年に縋り付いた。


「……なんだよ。怖いのか?」

「こ、怖くないし!」

「大丈夫。なんにも出てきやしないよ」

「なんでそんなこと言い切れるのよ」

「ここは、俺の作った場所だから」



 周囲には何もない。壁すらない真っ暗闇。声は遠くで反響し、淡い光は足元だけを照らす。

 そんな状態で真っ直ぐ進むと、不思議なオブジェに行き当たった。

 頭は巨大な鉄アレイ、足元は筐体(きょうたい)

 少年が筐体を弄ると、強烈な白光が溢れ出した。


「きゃあっ?!」


 眩いフラッシュに悲鳴を上げるレヴィ。

 広大な花崗岩のドームが照らし出され、また闇に沈んだ。


「間違えた」

「……なんだったのよ、いまのは」

「まあ見てろ。次は上手くいく」


 少年がダイヤルを回した。

 レヴィは閃光に備えたが、杞憂に終わる。

 細く絞られた光線は、遙か頭上に放たれていた。


 レヴィ達の真上。


 暗闇を彩る、白の点描。

 寄る辺のない虚空は、一転して光の海に。


 ――――天の川を(たた)える孟秋(もうしゅう)の夜空が、そこにあった。


 天象儀、プラネタリウム。

 地中に閉じ込められていては見ることの叶わない、壮大な一枚絵。

 それがここに。美しい満天の星空が、『(そら)』に広がっている。


 レヴィは生まれて初めて仰ぎ見る光景に圧倒され、「わぁっ」と呟いたきり、言葉を失った。



「これが『星空』だ」

「……ほし……ぞら?」

「一つ一つの点が星。それを抱える天井が空……」

「……綺麗」


 まんまるく開かれたレヴィの瞳に映り込む、光の宝石箱。

 少年は星を指差し、目立つものから順々に解説していく。

 首が痛くなった二人はその場に寝転んで、更に続けた。

 いつもは魔導書と睨めっこするだけで眠ってしまうレヴィも、今回ばかりは瞳を輝かせて続きを促す。


 プラネタリウムは星の運行を描き続け、夜空は緩やかに流れていった。




「さぁ、魔法を使って見せろ」

「……えっ」

「この景色を見たレヴィになら、できる! はずだ。……昨日までのお前とは違う! はずだ」

「はずはず、って」

「ふん。俺とて断言したいがな。仮説は実証するまで仮説でしかない」

「この前は、『魔法を使わせてやる』って断言してたわよね?」

「……くすぐり倒したかったからな!」

「この嘘つき。……どーして見ただけで、急にできるようになるのよ」

「魔宝使いが魔法を使うとき、必ずこの光景を思い浮かべている。――――或いは、思い浮かべてすらいないのかもしれない」

「……どっち?」

「星空ってのは、知識として当たり前の概念なんだ。意図して使う必要すらない。……レヴィはそれを知らなかった。そして今、(おぎな)った。きっと使える」

「……失敗したら?」

「『この方法では上手くいかない』ということが分かる」


 少年のアプローチは、魔法に対してどこまでも科学的だ。

 物理学者のジョン・ザイマンも、こう述べている。


 ――――アナロジーとメタファーなしには、人は何一つ考えることができない。


 AがBに似ている。それが、類推(アナロジー)暗喩(メタファー)

 光の性質が波に似ている。原子の内部構造が惑星に似ている。その着想を得たことで、科学は発展を繰り返してきた。

 オブジェクト指向がなぜ優れているか。『イメージしやすいから』に他ならない。


 贋物の星空が彼女に何を与えたか。

 イメージだ。



 杖を構え、瞼を閉じたレヴィには、星空が見えていた。

 ガヤガヤと混ざっていた『魔宝珠さんの囁き』が八方に散り、的を絞った一つからよく聞こえる。

 これは『星の歌』だったのだ。

 ――――歌詞は、まだよく分からないけれど。


 呼吸を合わせることはできる。

 実にシンプル。


『スーッてしてると、ゾゾゾーってのがくるから、フヨンフヨンして、ゾクンッてなったときに、カッとしてギュンッ』


 母はそう言った。今なら少し、分かってしまう。

 レヴィは歌うように呪文を唱え、杖を振った。



 バスンッ!


 と、流星弾が打ち出される。

 それは酷く小さく、魔法と呼ぶにはあまりにもみみっちいものだった。

 にも関わらず、反動ばかりは一人前で、レヴィはしたたかにお尻を打った。

 明らかな失敗魔法。


 じわり、と涙を浮かべる少女。


「……ま、まぁ、初めはそんなもんだ」


 少年の慰めにも反応しない。

 瞬きすると、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ち、彼はぎょっとした。


「だ、大丈夫か?」

「……うへ」

「うへ?」

「うへへ。……あはははははっ」


 レヴィは少年の肩を捕まえ、勢い余って押し倒した。

 星空を背にして、清々しい笑顔。

 自分が泣いていることにも気付いていない。


「見た!? 見た!? あたしっ、あたし今! 魔法を! 使ったわよね!? 夢じゃないよね!? いまズバンッて! 魔法、ズバンッて!!」

「お、おう」

「ありがとう、ダダン! ありがとー!」


 ぐじゅ、と鼻を啜って、そのまま抱き付く。

 顔を汚すヌメヌメを、ちーんっ、と(ぬぐ)った。彼の服で。


「うわっ、てめぇ、コラ! 鼻水っ」

「えへへへへへへ」

「えへへ、じゃねぇ!」


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