続・魔法の使い方
――――それが今朝の話。
掻い摘まんでダダンに説明し、「どうしたら魔法が使えるようになるかな」と結ぶ。
「時間稼ぎはそれで終わりか?」
わきわきと手を動かす少年。
レヴィは手首を括られ、バンザイの恰好で藁のベッドに寝かされている。
なぜこんなことになっているのか。
それは昨日、彼を引き留めたせいだ。
昨日は多くのことがあった。
黒蛇を倒し、決闘があり、叙任式から夜通しの酒宴。
――――だから、それ以前の出来事はすっかり忘れていた。
坑道を爆破し、山を出ようとするダダンを引き留めたことなど。
「里に残って」と頼み込むレヴィに対して、彼が出した条件は二つ。
関所破りの抜け道について黙っていること。
そして、『仕返し』を甘んじて受け入れること。
なんの仕返しか。
くすぐりである。
穴の中で好き放題こちょぐられたことを、彼は甚く根に持っていた。
それを晴らさずに出て行くのは、喉に小骨がつかえたようにスッキリしない。
あわよくば普段弄られている分も倍返しにしてやろうという魂胆。
念入りにガッチガチに手を縛られたレヴィは、その物々しさに、彼の本気度を推し量った。そして、己の安請け合いを後悔した。
――――これ、泣かされる奴だ。
胸元でバスタオルのように巻いた原始人のワンピース。
むき出しの腋の下に、少年の指が近付いてくる。
わきわきと動かされる指は、いかにもくすぐったそう。
レヴィは触られる前から引きつった笑みを浮かべた。
仰け反り、芋虫のように身を捩る。
「待って待って! いま話したでしょ!? 笑える気分じゃないから! また今度! あたし、いま、とても凹んでるのよ!」
「そうは見えないが」
「……そうなのよ。……魔法が使えなきゃ、役立たずで。……王様の資格もない。……こんなあたしじゃ、いざというとき、みんなを守れない。……昨日はそれがよく分かったの」
「……」
「どうして使えないのかな。……ずっと頑張ってるのに。……ホントはあたし、魔宝使いじゃないのかも……」
しおらしく落ち込んで見せ、チラッと彼の様子を覗う。
ここまで弱り切ってみせれば、彼の興も削がれるはず。「もういいよ」と言ってくれるに違いない。
――――ズリッ、と。
彼はおもむろに、レヴィのスカートをたくしあげた。
ぷにぷにのお腹まで全開に。可愛らしいパンツが丸見えになる。
原始的な服の下は、かなり文明的。
リボンのワンポイントが付いた白い下着だ。
目を白黒させて固まるレヴィを余所に、少年はあっけらかんと言い放った。
「いらねぇ心配だ。お前は魔宝使いだよ。間違いなく」
そう言って指差すのは、レヴィのお腹。
『青い紋章』が輝いている。
すらりと縦長のおへそを囲み、下腹部に伸びる幾何学模様。白磁の肌に浮かぶ蒼い光。
それこそが魔宝使いの聖痕。――――その真下はパンツ丸出し。
「――――きゃああああっ?!」
げしっ、と裸足に蹴飛ばされる少年。
「げふっ?!」
「バカッ! 変態! なにすんのよ!!」
顔を真っ赤にして暴れるレヴィ。
バンザイで縛られ、下着を隠せない。
ジタバタと足を漕ぐ度、服が余計にずり上がってしまう。
「服っ、服下げてよっ! この変態!」
「……わかった」
パンツの両端を掴んでズリ下げようとする少年。
レヴィは慌てて脚を閉じた。内股に挟まれ、ぎゅーんと伸びる白い布。脚力VS腕力の綱引きが始まる。
「ちょ、バカ! 違うっ! そっちじゃない!」
「お前が下げろって言ったんだろ?」
「わざとね!? わざと間違えてるでしょ!?」
「何の話か分からないなぁ」
「もう怒った! 全部バラしてやるっ! ママに言い付けてやるから!」
「そしたらレヴィも道連れだ。――――俺達は共犯だからな!!」
「卑怯よ?!」
「どっちがだ!!」
不毛な争いの果てに、ぜーはーと息をつく二人。
「大体な。悩んでるフリして、約束を反故にしようって魂胆が見え見えなんだよ」
「……悩んでるのは、ホントだもの」
と、口先を尖らせるレヴィ。
「……そんなに気にしてたのか」
「当たり前でしょ」
「まぁ、確かに。……呪文を唱えてもまるで使えないってのは、不思議だな」
レヴィの青い紋章に、そっと手を乗せる。
魔宝使いにとって、ここは体の全神経が集中した、最も敏感な場所。レヴィも御多分に漏れず、ヒッ、と身を強ばらせる。
――――家族にだって、触らせたりはしないのに。
文句の一つも言おうと思ったが、珍しく真剣な彼の表情に、はたと見とれて。
その機会を逸してしまった。
「魔器は励起してる。魔力も十分だ。……他には何が足りない……?」
「……みえるの? 魔力が……」
「当然だ。なぜ俺に視えないと思う?」
「……だって。ダダンは魔宝使いじゃないでしょ? 『眼』を持ってないはずよ」
「確かに。特別な『眼』は持ってない。――――必要ないのだ。そんなものは」
「え?」
「眼球は窓でしかない。差し込んだ光から映像を作るのは、脳の仕事だ」
『魔力の流れ』を視られる人間は限られている。
何故か?
脳にとって理解できないノイズだからだ。
錯視に騙されるように、盲点を保管するように、脳は平然と嘘をつく。
視えないと言い張る。
世界一の頭脳ならば、どうか。
末端まで優秀な視神経は取りこぼさない。
彼は、青く輝く魔力の流れを、はっきりと手繰っていた。
おへその辺りを、とんとん、と触診される。
その度、悦感の混じったくすぐったさが腰に響く。レヴィはぎゅっと息を噛み殺した。迫り上がってくる妙な声が、喉から溢れないように。
「レヴィ。呪文を唱えてみろ」
なんと無茶な注文か。
ぶんぶんぶんぶんっ。首を横に振った。
しかし彼は許してくれない。無理やりに杖を握らせ、「本気で魔法を使いたいなら――」と追い込んでくる。逃げる選択肢はなかった。
「せれす・おるたしゅ……っ♡ むひゅっ♡ んひひっ♡」
「真面目に」
「だっ、ダダンっ♡ そっちが……ぁんっ♡ と、トントンやめ……っ♡ ふししっ♡」
「拍を取ってるんだ」
「う、嘘よ。くすぐってるだけ……っ!」
「……くすぐるってのは、こうやるんだ」
それまで単調に動いていた指が、かりかりかりっ♡ と少女の最も敏感な場所をくすぐった。
途端、レヴィの笑い声が爆発する。
時間にして2~3分。彼女はくすぐり倒された。
「ほら。落ち着いたか? ちょっとは慣れたろ? 呪文を唱えろ」
「……鬼。悪魔。……きししししし?! うそうそうそっ!! うしょだってぇへへへへへっ♡」
そんなこんなで、長い長いフレーズの呪文を、何とか唱え切る。
もちろん不発。
――――こんなことで何が分かるというのか。
少年は、ふむ、と考え込んだ。
「同調が出来てない。きっとこれが原因だ」
「……どういう意味?」
「俺は魔宝使いじゃない。だから、感覚的な部分は知らない。……ただ、昔、知り合いから聞いたことがある。『魔宝珠の中には世界が入ってる』んだと。そして、同調するときは、その世界に潜るんだと」
「……世界に、潜る?」
「瞼を閉じれば、全天を埋める星々。その一つ一つが魔法の欠片。私達は観測者。星々の囁きと同調し、干渉し、増幅する。2つ、3つ、と星を執り、繋げた星図が術となる。天の理を地に。現世の揺動を、魔法と呼ぶ――――わかるか?」」
「……わかんないわ」
「それでいい」
「え?」
「今のは魔法の発動プロセス。レヴィが感覚的に備えているはずのもの。……分からない箇所があるなら、そこが躓きだ。――――さて、どこが分からなかった?」
「全部」
「……よーし、良い度胸だ。ここまで付き合わせて無気力解答とは。俺を怒らせるのがよほどお上手と見える」
「ま、待って! 待ってよ! ホントに分かんないのよ! 『星』? とかって――――」
「……星って、星だぞ? 空にキラキラお星様……っていう。わかるだろ?」
「わかんないわ。『空』っていうのが、その、アズライトより真っ青な石の天井、ってことは知ってるけど。……そんな変なもの、見たことないもの」
少年はあっけにとられ、それからくつくつと笑いはじめた。
「な、なによ。見たことないでしょ!? ダダンだって!」
「――――あぁ、そうだ。〝俺達〟は見たことがない。空も、星も! ……ふはははは! 気付いてみれば単純な話だ」
実に楽しげに。力強くレヴィを捕まえた。
「喜べ。お前の蒙を啓く算段が付いた。魔法を使わせてやる」
「ホントに? ……よくわかんないけど、期待して良いの?」
「俺が嘘を吐いたことあったか?」
「……それはいっぱいあるけれど。今回は信じるわ」
緩やかに微笑むレヴィに、彼も白い歯を見せた。
「元気、出たみたいだな」
「まぁ、ね。こういうときのあなたは頼っていい。そうでしょ?」
「ああ。これで心置きなく――――」
――――指先がレヴィの腋に滑り込み、踊り出す。
こちょこちょこちょっ、と。
唐突な不意打ちに、肺の空気を全て吐き出してしまうレヴィ。
更なる追い打ちをかけられる。
「ふひゃあっ!? あははははっ!? ま、待って待゛っ! なんっ!? どしてぇ!? んしししししっ♡」
「もう凹んでないもんな! 遠慮する理由がなくなったぞ!」
「そんにゃっ!? にゃぁーははははっ♡ それだめっ、それだめぇぇぇっ! うひゅひゅひゅひゅっ♡」
「随分簡単に笑うんだな。俺はもっと我慢させられたが」
「だ、だって! えへへへへっ、ふししししっ♡ 無理っ、むぅりぃぃぃっ♡」
「まだまだ。こんなもんじゃ済まさないからな」
「だひゃひゃひゃあははははははっ?! だっ、だめぇっ♡ ごっ、護衛の癖にっ! こんなことぉっ!! うへへへへへっ♡ や、やめなしゃいぃぃぃぃひひひっ♡」
「おっと。今度は権力を盾にする気か? 悪い奴め」
「まっ、ママに、言い付けゆからぁっ!! あっ、あははっ♡ あんっ、んふふふふっ♡ あんたなんか、クビよっ、クビ!」
「そりゃ嬉しいね。俺は晴れて地上行きだ」
「あははははははっ! んにゅひひひひっ♡ くしゅぐいっ、くしゅぐったい! ――――腋は、腋はやめへぇぇぇぇっ♡」
「じゃあ、次はお腹っと」
「あひゃっ、あはははは!? もうやめっ、やめぇッ♡ 死んじゃうっ! 死んじゃう! ――――んぎひひひひひっ?!」
滑らかに全身を這い回る十本の指。
汗ばんだ腋、脇腹、足裏、お腹……、更に敏感な弱点までも。
腰を浮かせても、背を反らしても、逃げられない。
レヴィは顔をくしゃくしゃにして許しを請う。
笑いながら、息も絶え絶えの「ごめんなさい」
返答は、サディスティックな微笑みだけ。
――――くすぐりの刑は、それから一時間も続いたのだった。




