魔法の使い方
「ママはどうやって魔法を使ってるの?」
酒宴の明けた翌日のこと。
昼過ぎにのっそりと起き出してきた母へ、質問を投げるレヴィ。
母は二日酔いの頭を揺らし、「んー?」と生返事した。
ドワーフ特有の長髪を寝癖で爆発させた姿は、まるでピンクの毛玉のよう。
こちらが魔導書を抱えているのを見つけ、嬉しそうにのしかかってくる。
「おー! レヴィちゃんは勉強熱心でちゅね~。偉いぞ~」
「うわっ?! ちょっとママ?! ――――お酒臭い!!」
絵に描いたようなダメ人間。……こんなのが女王様の正体だなんて、里のみんなには知られちゃいけない。
――――自分はちゃんとしなくっちゃ。
幼いレヴィは母の醜態を見て、心に固く誓った。
髪を梳かし、身なりを整え、女王という権威を身に纏ったルチルは、娘を連れて家を出る。
復興作業が進む里の中心地へ。
手を振ってくるドワーフ達へ、軽やかに手を振り返す女王陛下。――――それが作られたカリスマ性であることを、レヴィはよく知っていた。
「魔法の使い方、ね」
いつになく神妙な顔で、母は言った。
「よく見てなさい」と杖を構え、ピタリと止まる。目を瞑って、1秒、2秒……。
「こうやって、……スーッてしてると、ゾゾゾーってのがくるから、フヨンフヨンして、ゾクンッてなったときに、カッとしてギュンッよ!」
杖から流星弾が飛び出し、積み上がった瓦礫を容易く粉砕する。
レヴィはポカン、とそれを見送り、首を振った。
「……わからないわ。なにもわからない」
「こればっかりは、肌で覚えるしかないわね」
「……そんなこと言ったって……。ママは、初めて魔法を使えるようになるまで、どうやって練習したの?」
「うーん……。覚えてないわ。物心ついたときには、もう使えてたから」
天才肌め。レヴィは口先を尖らせた。
どうしてこの才能は遺伝しなかったのだろう。
達人過ぎて参考にならない。出来ない人の気持ちが分かってない。
「あたしに聞くより、魔宝珠さんとお話しした方がいいわ。こうして」
ルチルは祈るように、杖をおでこに付けた。
根元に填まった藍色の魔宝珠が淡い光を宿す。
「言葉では難しいことも、感覚で理解できる。すごい先生なのよ。魔宝珠さんは」
それが出来たら苦労しない。
レヴィも真似して祈ってみるが、頭の中に響くのはいつも通り、ガヤガヤしたノイズだけ。何を言っているか、判別できない。
「ほら、ね? 声、聞こえるでしょ?」
「うん……」
「あとはそれに従えば、最初の魔法は使えると思うんだけど」
理論上は。
母からは、それ以上のアドバイスが出てこなかった。
族長の家には歴代の魔宝使いが残した書物や実験器具が揃っている。
しかしどの魔導書も――初歩の初歩でさえ――、レヴィの参考にはならなかった。
赤ちゃん向けに『ハイハイ』のやり方を書いた本が無いのと同じ。
魔宝使いであれば本能的にできること。
レヴィは、その段階にすら達していなかった。
俯く彼女を、ルチルは優しく撫でた。
「大丈夫よ。いざとなれば、あたしがいる。お爺ちゃんもいる。焦ることないわ」
「でも……」
「でも?」
「……みんなを守るのが王様だもん。……あのヘビだって、あたしがすぐにやっつけてたら、こんな――――っ?!」
――――悔しそうな呟きは、途中で遮られた。頬を、むにゅーっと潰されて。
「こら。気負いすぎよ、レヴィ」
「だって……」
「ゆっくりでいいのよ。あなたにはあなたのペースがあるんだから。……ね?」
優しさに満ちた母の言葉。
けれど、このまま甘えていていいのだろうか。
誰かを守りたいと思ったとき。怪我人を救いたいと思ったとき。自分に何の力もなかったら、きっと後悔する。
求められれば力を貸し、颯爽と熟してみせる後ろ姿に憧れた。
難しい理屈は分からない。
けどきっと、それが王の有るべき姿。
自分も、そうなりたいのだ。
何でも出来ちゃう、彼みたく――――。




