ゼロの騎士
――――ピンクのしましまだった。
多くの観客が見守る中、女王陛下は自分自身に魔法をかけた。
レヴィの姉にしか見えなかった10歳のちびっ子が、俺の目の前でみるみる成長していく。
年齢は倍ほどに。胸は倍以上に。白いドレスははち切れんばかりに伸びきってパッツパツ。色気のないつるぺたロリは、瞬く間にヘソ出しルックの巨乳美女になってしまった。
際どいミニスカートから伸びる健康的な太股が、跪く俺の視線の高さにある。
見上げれば、ルチル女王は「にひっ」と笑って胸を張った。
「小っちゃいと威厳が出ないからね」
スカートが、前にチラッと翻る。その中身は――――。
叙任式は順調に進み、いまは司祭が舞台上。
――――大地に坐すテリア様。親愛なる真祖の母。願わくば、これより騎士となる同胞に祝福を。山の外で石に還ることの無きように。
重たい歌声が石のドームに反響し、染み入るように消えていく。
司祭がパタン、と聖典を閉じ、やがて静謐が場を支配した。
大勢のドワーフが式を見ているはずなのに、誰の息づかいも聞こえない。
シィンとした空間には、女王の衣擦れだけが響く。
彼女の足が、頭を垂れる俺の前で止まった。
女王の翳す宝杖の先が、俺の肩に置かれる。
「――――汝に問う。闇より出でし石塊の、何を以て高貴というか」
「――――我は至宝の在処故。――――燃える義心は赤銅鉱。清き至心は白銀鉱。腐らぬ初心こそ黄金。……輝ける魂が闇を払う」
「騎士の鉄則、違えし日には砕かれる。――――命を差し出す覚悟はあるか」
「我が心臓は女王陛下に。我が正道は、テリア様と共に在り」
「よろしい。誓いの口付けを」
――――マウス・トゥ・マウスかな?
冗談でもそんなことをすれば袋叩きにされるのは、俺だって分かる。
女王陛下の差し出す杖の先へ、恭しく口付けを落とす。
――――もちろんフリだ。
これは騎士の受ける通過儀礼。儀式用の杖を通して、どこぞのおやじと間接キッスは嫌だからね!
彼女は宝杖を上げ、跪く俺の両肩を一度ずつ、トントンと杖で触れた。
「宣誓は結ばれた。――――汝はこれより騎士団の一員。……ルチル・ド・ヴェルグの名において、大将校の称号を授けます」
――――大将校?
従者達にどよめきが広がった。
神聖な儀式中にも拘わらず、困惑の声がここまで聞こえてくる。
女王陛下は「にへっ」と悪戯っぽく笑い、俺の服に勲章を結わえる。
「そしてこれが、その証。勲二等エトナ宝章――――」
「お、お、お待ちください、ルチル様」と従者が進み出る。
「なぁに、ズォーツ」
「新人は勲五等。一兵卒から始めるのが習わしです。そこから順に武勲を挙げて――――」
「じゃあ、聞くけれど。……彼と同じこと出来る人、他にいる? 駐屯部隊を壊滅させた化け物を、たった三人で倒せる騎士が。……あなた達、寝ていたでしょ?」
従者達は、ジーッと眺め回す女王の視線を避け、顔を見合わせ、何も言わなかった。
彼らの抱く不甲斐なさが空気に溢れる。
ズォーツと呼ばれた細腕の老人だけが、尚も意見した。
「士気に関わりますぞ。このような〝飛び級〟は」
「大いに結構。あたしは公平に評価するわ。――――みんな、励んで頂戴。新人くんに負けっぱなしは嫌だものね?」
騎士達は、そこでようやく女王を見上げた。
もはや異論を口にする者はおらず、完全に彼女のペースに呑まれている。
「なぁ、えっと。大将校って、すごいのか?」
「階級では、そうね。ダダン君は今、そこに並んでる彼ら全員を飛び越えたわ」
「お、おぉ……」
それを素直に喜べるほど、軍隊を知らないわけじゃない。
星の数より飯の数――――そう言って幅を利かせる古兵はごまんと見てきた。
年若い上官は疎まれるものだ。
騎士達の目を見れば分かる。これは非常にセンシティブな問題だ。
「安心して。みんなの上官にする、と言ってるわけじゃないわ」
「じゃあ、どういう意味だ?」
「ドワーフ騎士団には16の隊があるの。大将校には、その内1つを任せてる。いわば部隊長ね。――――ダダン君にも、そうしようと思っているの。0番隊を任せたいな、って」
「……0番隊?」
「そう、0番隊」
うふふふふ、と微笑むルチル女王。――――なんだかとても、裏を感じる。
「その、0番隊って言うのは……?」
「んー?」
「……何人ぐらいの規模なんだ?」
「ぜーろ♪」
はい? ……聞き間違いかな?
「規模は、何人だって?」
「ゼロだよー、ゼロ人。0番隊だもーん」
「じゃあ実質……俺1人?」
「そういうことになるのかなー?」
「そんな部隊で何しろってんだ」
「いい質問ね。――――そう。そこが重要なところなのよ」
膝を折ったルチルと目が合う。肩を、ぐっと掴まれる。
「これからも、レヴィが無茶しないように、護ってあげて。……これが、0番隊に課せられた最重要任務です」
宝石のような瞳に吸い込まれそうになる。
――――だが、騙されない。
「……レヴィを護る。……じゃあ俺が地上に出る機会は?」
「ぜーろ♪」
「……なるほど。つまりこういうことか。0番隊っていう名目上だけの部隊を作って、俺を押し込めて、前線の任務には就かせない、と。……そのために『大将校』なんて大それた役職を宛がった」
「おぉ。そーゆー捉え方もあるわね? 賢い賢い」
「ズルいぞっ!」
「あなたに何かあったら不味いのよ。……少なくとも、神事が終わるまでは。大人しくしてて?」
「……、……」
「そう睨まないで。――――『姫の専属護衛』なんて、一番騎士っぽい仕事じゃない?」
「……、こんなに不自由が多いなら、神事のパートナーは辞退する」
「大切にされるのは嫌?」
「あんたは金庫に入れてるつもりかもしれないが、俺にとっちゃ牢獄と一緒だ」
「ふぅん……」
ルチルが、ずいっ、と顔を寄せてくる。しなやかな指で俺の勲章を突き、くるくると弄り回す。
囁くような吐息が、耳に掛かってこそばゆい。
「……キミ。さっき、あたしのスカート、覗いてたでしょ?」
「な、なんのことかさっぱり――――」
「分かるよ。男の子の視線くらい。……いけない子だわ。これってすごく罪深いことよ?」
「……、……」
「大切にされたくないのなら。……首を、ちょきっ♪ と刎ねちゃっても、構わない?」
こちらの顔を覗き込んで、ニマーと笑うのだ。
どこかの誰かさんそっくりの仕草で。
――――この里には本当に、碌な奴がいない。
「……わかったよ」
「ふふふっ。ありがと!」
俺の手をぎゅっと握って微笑む、地下帝国の女王様。
その無邪気さには、どうにも調子を狂わされる。
「――――わがまま姫をよろしくね。小さな隊長さん」
それ、親譲りだろ。
思ったことを口にすると、彼女は「んふー」と笑みを深め、俺を投げ飛ばした。
十数メートル宙を舞い、ドワーフの一団にキャッチされる。
まるで胴上げの形。
降りようとしても降ろしてくれず、「わいしょわいしょ」の掛け声で、ぽーん、ぽーん、と打ち上げられる。
嫉妬半分、からかい半分。
0番隊などという閑職に押し込められた若者を、心底面白がってやがるのだ。
「さぁ、みんな! お祝いしましょう! 新たな隊長の誕生を!」
女王様のありがたいお言葉は里中に広がった。
みな復興の手を止めて、瓦礫を椅子に酒宴を始める。
包帯グルグルの重傷人も這い出して、薬代わりに酒を貪る。
呑んで騒げれば、名目は何でもいいのだろう。ドワーフの親父達は、石を掘っているとき以外、呑むか寝るかしている。
宴の主役は酔っ払い共にたらい回され、撫で回され、もみくちゃのボロボロで隅っこに弾き出された。
「――――生きてる?」
「なんとかな」
「みんな、大切に扱って欲しいわね。……あたしのなんだから」
「……そんなことより、パンツ丸見えだぞ」
「……えっち」
しゃがんでいたレヴィが、すっくと立ち上がる。その流れで、寝そべる俺を踏みつけた。
「大切に扱って欲しいな」
「……ダダンは、すごいわね。みんなに認められて」
「……足蹴にしながら言うことか?」
「そこはそれ。これはこれ」
げしげし、げしり。
嫉妬半分、からかい半分。――――多分、祝福のつもりだ。ドワーフ流の。
「……あたしも、守れるようになれるかな」
「あの酒飲み共を?」
「……あの酒飲み共を」
「大丈夫さ。殺したって死なねぇ奴らだ」
ここは地獄だ。
赤ら顔の小鬼達が、今日も陽気な唄を歌う。
第一章完結です!
いつもお付き合いくださりありがとうございます。
次章準備のため、明日、明後日はお休みいたします。




