採掘大会の行方は
集会場には鉱夫達が続々と集まっていた。
みなが荷車に金鉱石を積んでいる、という訳でもない。
空の荷車を引く者は、自分の優勝を早々に諦め、別の者を次期族長に推しているのだ。
これは採掘大会の名を借りた選挙であった。
候補者の一人、デリーには夢があった。閉鎖された鍛冶場を再び開き、強いドワーフを取り戻すという夢が。
若年ながら普段は近衛兵を任されるほどのエリート。その肩書きに違わぬ熱さだ。
変革を為すには多くの血が流れるだろう。しかし賛同する声は、彼の荷車を通じ、しっかりとした手応えになっていた。
もう一人の候補者、ズォーツには人望があった。彼は年老いても精強なドワーフに珍しい、細腕の老人だ。普段は里の宰相として、王の補佐をしている。
採掘は不得手であったが、長らく里に尽くしてきた彼を王に、という意見が荷車には載っていた。
もっともそれは単なる好意ではなく、既に力の持つ彼に便宜を図って貰おうという、打算に塗れた票であったが。
二人に次ぎ、それを凌ぐ勢いで金を集めているのがペドロだ。表向きはチャラついた鉱夫だが、彼の父は裏で賭場を仕切っている。通貨を持たないドワーフにも、賭けられる物は色々とあるのだ。例えば時間、配給、そして今日という日の金鉱石。
日頃稼いだツケを巻き上げ、どら息子は今、表舞台でも地位を得ようとしていた。
娯楽の少ない環境でヤクザ者が幅を利かせるのは当然の成り行き。
ペドロ配下の屈強なチンピラに絡まれ、セオドニという青年は萎縮していた。
最近賭場で負けが込んでいるのも事実だが、ここで素直に渡してしまうとペドロがトップになってしまう。
それは、ヤクザ者に姫巫女を売り渡すのと同義だ。
絶対にそんなことは出来ない。ドワーフの誇りにかけても。
――――なら、お前の命を貰う。
そう凄まれ、セオドニは荷車ごと明け渡した。
終業の鐘が鳴り響く。
優勝はペドロ一家だ。
ゴロツキ共が勝ち鬨を上げ、鉄器を威嚇的に打ち鳴らした。
酒を浴び、石像をよじ登る者、それを引き倒す者。
粗暴なノリで壊されていく集会場に、多くのドワーフが里の未来を見た。
しかし全てはテリア様が導いた結果だ。誰にも覆せない。
大衆が力なく項垂れたそのとき、一台の荷車が飛び込んできた。積みきれないほどの金鉱石を満載して。
「セーフ!? セーフよね! まだ鳴り終わってないもんね!」
「な、言ったろ? ギリギリ間に合う計算だって」
「あたしが押さなきゃアウトだったわよ!!」
ぜぇぜぇと息を切らす天衣の姫巫女と、ハーフドワーフの少年。
荷台は燦然と煌めいている。
それほどの含有量を誇る金鉱石。間違いなく特級品だ。
計測するまでもない。誰が一番か、熟練の鉱夫達には一目で分かった。
皆、あっけにとられていたが、やがて誰ともなく歓声を上げ、二人を胴上げした。
ステージに引き立てられ、拍手に晒される少年。
表彰式は里全体に開かれていて、女性陣や母まで見ている。
オバールは儀式めいた長い祝辞の後、分厚い掌で少年を撫でた。
恐らく、初めてのことだったろう。
「よくやった」短いその言葉は、オバール本人の物だった。
ぎくしゃくした動きで前に出たレヴィが、少年に月桂冠の銀細工を被せる。
至近距離で向かい合うのは気恥ずかしいのか、少女は目を逸らしながら「おめでと」と呟いた。
「では、テリア様に代わって、姫巫女から祝福のキスを」
――――えぇぇぇぇっ?!
心中の叫びを顔だけで表現しながら、レヴィはオバールを振り返った。
彼は厳めしい顔で続きを促してくる。
これも儀式なのだ。儀式、儀式……。深い意味はない。
レヴィは考える。
キスとはどうするものなのだろうか。
読み聞かせて貰った絵本で、お姫様と王子様は、どうやっていたか。
それを思い出しながら手探りに少年の顔に触れ、幼い唇を重ねた。
ぎゅっと瞼を閉じて。
柔らかな感触が触れ合う。
真っ暗な世界。誰もがしんと息を呑む。
次の瞬間、ピューイと口笛が鳴らされ、盛大な拍手が巻き起こった。
パッと離れるレヴィ。
頬を染めたまま、口先を尖らせて囁く。
「ぎ、儀式よ、儀式。……勘違いしないでよね」
「あー、レヴィ? フリで良かったのよ? キスするフリで」
ステージ脇からの母の言葉に、レヴィの顔はボッと燃え上がった。
「――――~~~~ッ!? さっ、先に言ってよ!!」