あんた、以前来たときは見かけなかったけど。
少しシリアスぶっこんだかも…
次の日。
授業のある日だ。
俺は日が昇る前からのそのそと、布団から起きだし神主からもらったPC「KAPPA 3rd」の電源を入れた。
PCが起動している間に着替えようと思っていたが思った以上に起動が早く、着替えている最中にもうパスワードの入力画面になっていた。
ちょいとばかし、最近の科学力を舐めていたかもしれない。
PCのパスワードを入れると、小説の執筆を始める。
本当はコーヒーも1杯欲しいところだが贅沢は言ってられない。
俺の記憶が確かなら、幻想郷に結界が張られたのは開国してすぐ。
そんな時代にコーヒーが一般人にまで浸透しているのかと言われたら、答えはNOだ。
当時の日本人からしたらとんでもない高級品なのだろう。
だが幸い、俺はコーヒーが比較的安価に飲める店を知っている。
授業の補助が終わったら、そこに行くつもりだ。
ワクワクしてきた!
そんなことを考えながら執筆していると朝日が差し込んできた。
そろそろ行くか。
執筆データを保存して、俺は台所に向かう。
「あぁおはよう、猫辰。」
「おはようございます。慧音先生。」
慧音さんは焼き魚を作っていた。
魚にたれをつけて焼いただけだが、これが驚くほど美味しかった。
いや、つまみ食いはしてないぞ?
していないったらしていない。
「猫辰、教室の掃除をしてくれるか? 軽く箒を掃く程度でいいから。」
「分かりました。」
朝食後、慧音さんにそう言われて俺は掃除をすることになった。
なんでも、教室をきれいにすることで寺子屋に来る人全員の気を引き締めるためだとか。
でも、慧音さんが普段からきれいにしているのかゴミは出てこないんだよなぁ。
逆に俺が掃除をすることで汚れているというかなんというか…
そんなことを考えながら箒を掃いていると扉のあく音がした。
そろそろ来る時間なのかな?
授業の内容は聞いているが、何時にやるっていうのは本当にアバウトにしか教えてもらっていない。
今度、ちゃんとした予定表をもらっておこう。
なければ作ることになるけど。
「おい。あんた誰だ?」
ん~?
絶対に生徒とは思えない声がするんですが…
声からすると女の人みたいだけどしゃべり方は完全に不良に似たそれ。
下手したら暴力団の幹部レベルじゃないかっていうくらいの声。
怖いけど不思議なカリスマを感じる声だ。
「聞こえてるか?」
そういってその人は俺の前に立つ。
お札を貼り付けた赤いもんぺが目に入る。
あれ、この人もしかして…
俺は顔を上げる。
やっぱりだ!
深紅の目にリボンで結ばれた白い長髪。
少し破れたYシャツは赤いもんぺと不思議と似合っている。
この人、俺が初めて東方ファンとして好きになった人だ。
「あんた、以前来たときは見かけなかったけど。」
「はいっ! 猫辰といいます! 少しばかり偉い方の気まぐれで幻想入りした者です。」
「あぁ、神主か。」
名前を伏せたのに一発で当てやがった…
「私は妹紅ってもんだ。藤原 妹紅、よろしく。」
そういうと妹紅さんは俺に手を差し出してきた。
「宜しくお願いします。」
「そう固くなるなって。私も出来る限り気の合う人間とは仲良くしたいなとは思っているから。」
やや、曇った表情で言う妹紅さん。
当然だろう。
蓬莱の薬を飲んで不老不死になり、仲良くしてきた人全員の死を見てきたんだから。
よく、その程度で済んでいると思う。
俺なら気が狂っているかもしれない。
「どうした、そんな辛気臭い顔して?」
「いえ、なんでもないですよ。」
「どうだかね? これでもあんた以上には生きてるんだ。相談に乗るよ?」
「本当に大丈夫ですから! それより、慧音さんに会いに来たんでしょう? きっと自室で授業の用意をしていると思いますよ。」
「そうかい。気が利くね。」
そういうと妹紅さんは靴を脱いで上がっていった。
妹紅さんが慧音さんの部屋に入っていった。
なんとなく耳を傾けてみる。
「妹紅、元気そうだな。」
「いやいや、不老不死には元気しかないだろう。」
「それもそうだ。」
慧音さんの苦笑する声が聞こえる。
「ところでさっきの猫辰って奴は…神主に連れてこられたのか?」
「そうなのか? 私は迷子になったが帰りたくないと言っていたと聞いたが?」
「神主のことだ。大方、あいつがなんとなく思っていることもくみ取っていったんだろう。物語は二の次三の次だ。」
「そうか…それでも彼は中々面白い子でな。本が好きなんだと。」
「ほう。幻想郷の連中は外で遊ぶ方が好きらしいからな。」
「年齢もあるんだろう。表立って遊ぶっていうのが恥ずかしいのかもしれん。」
「そうか。さてと、本題に入ろう。」
妹紅さんがそれを言った途端に慧音さんの部屋の空気が変わったのが肌で分かった。
「最近、魑魅魍魎が結界付近の各所で多く現れるという話はしたよな?」
「そうだな。」
「その魑魅魍魎を退治している時に珍しい奴に出会ったんだ。」
「珍しい? お前の存在自体が珍しいのにか?」
「そういうことを言うなよ…話を戻そう。どうやらそいつの敵がこの幻想郷に魑魅魍魎を放っているらしいんだ。」
「まず、そいつは何者なんだ?」
「そいつは『竜人のユイ』って名乗ってた。どうやら紫に雇われているらしい。」
それを聞いたとき、俺の心臓は嫌な音を立てた。
竜人ユイ。
俺が生み出したキャラクターだ。
どうやら、ユイの敵であるキトラは恐らく、ユイが隙を見せるタイミングを伺って魑魅魍魎を放っているのだろう。
偵察を主としながら、うまくいけば陽動になる。
キトラらしいやり方だ。
どうやら俺の思っているものとは若干違う方向に物事は動いているのかもな。
でも、大筋は変わらないはずだ。
それが俺の能力「物語を作る程度の能力」なのだから…
でも、仮にもし、俺の能力が「物語を作る程度の能力」ではない、あるいは能力が暴走したとしたら…この世界はどうなるんだ?
ZUNさんは言っていた。
ここは「僕(ZUNさん)の世界」ではなく「君(俺)の世界」だと…
分からない。
分からないし知りたくもない。
そんな気持ちを一掃すべく、耳を澄ますのをやめ箒を動かすことに集中した。
もうすぐ授業が始まる。
予定表がないので完全には分からないが太陽の昇り具合からして流石に生徒たちが登校してくる時間だろう。
とりあえず今は、この漠然とした不安をなんとか消し去りたかった。
書きたいことがあまり書けなかったなぁ…
もう少し、そういうのを勉強せねば!