さとりさん、それくすぐったいのでやめてもらっていいですか?
現在時刻は丑三つ時、俺達は地底と地上に通じる穴に出てきていた。
後ろには鬼や地霊殿の面々がいる。
「んじゃ、まずはリーダーからご挨拶を頼むよ。」
勇儀さんが声をかける。
あれ? リーダなんていたっけ?
って思ってたら勇儀さんは俺の背中を押していつの間にか周囲の視線が俺に向いていた。
うーん、ちょっと予想外だなぁ…
「えーっと、とりあえずお集まり頂きありがとうございます。これから俺達が行うのは人里の指導者の暗殺です。なので出来る限り里の人間は殺さないようにしてください。」
俺が切り上げようとするとさとりさんが手を挙げた。
「はい、なんでしょうか?」
「作戦とかが必要かと思うのだけど…って言っても本当はもうあるんでしょ?」
やっぱりさとり妖怪の前で隠し事は出来ないか。
「まず、日が昇ると同時に人里を東側から襲撃してください。影が伸びるので妖怪の皆さんは余計に恐ろしく見えるはずです。
街道にいる人間がほぼ全員撤退したのを確認したら今度は建物の中をくまなく捜索してください。さとりさんには人間の心を読んで場所を把握してもらいます。
建物の中に隠れている人間がいたら誘拐に見せかけて里の外に連れ出し、一か所にまとめてください。そしたらお空の能力で里に火をかけます。
その隙を見計らって俺が突っ込んで里の指導者、ルドを暗殺します。
その後、正邪が能力を使って火事を消化するので同じ要領で里の西側も制圧したら皆さんの仕事は終わりです。博麗の巫女が来る前に撤退してください。俺がしんがりを務めます。作戦は以上です。」
「んじゃ、そういう事だ。各自配置についてくれ!」
勇儀さんが締めくくると鬼たちは鬨の声を上げた。
各自散っていく中、正邪が歩み寄ってきた。
「また、お前ひとりで英雄を気取るつもりか?」
「…いや、どんなに美化しても人殺しは人殺し。それをどういう風に受け取るかは周りだから。」
「ったく。私も付いてくよ。お前ひとりじゃ危なっかしいしな。」
「ありがと。頼りにしてるよ。」
「期待するなよ?」
「それは難しいかも。」
「なっ! そんなこと言うなよ! バカ!」
正邪はそういって鬼たちに続いていった。
「まあ、ぼちぼち始めますか。」
俺も鬼に化けると一緒に行動を開始した。
配置完了、現在は朝4時です。
空は少しずつ赤くなってきた。
「太陽の姿が見えた瞬間に里に向かって襲撃してください。警備している人間もいるかもしれませんが逆光で見えないはずです。そういった人々は――」
「なるべく殺すな、だろ?」
勇儀さんが俺の言葉を先回りした。
「くどくてすいません…」
「あんたが人間の事をどう思ってるのかは分かったよ。」
勇儀さんは笑いながら俺の背中をバシバシと叩いた。
そうしている間にも徐々に日は昇り続ける。
「――かかれぇ!」
勇儀さんの一言に鬼たちはわっと騒ぎながら突撃した。
俺も慌てて突入する。
「何者だッ! お、鬼ッ!?」
警備をしていた人々は持っていた槍を取り落とすとその場に腰を抜かして座り込んだ。
このままだと踏みつぶされて死ぬ。
死者は出来る限り最小限に留めておきたい。
俺は白狼天狗に化けて鬼たちの前に出ると警備の首根っこを掴み、鬼たちの軌道から外れたところに放り投げた。
警備はしばらくその光景を魂が抜けたように見ていたがハッと我に返ると一目散に逃げだした。
里の門は案の定固く閉まっていたが鬼たちの前には障害にもならない。
喚声を上げながら鬼たちは木の門を打ち破った。
何事かと扉から顔を出した人間が俺達の姿を見た途端悲鳴を上げて逃げ始めた。
「ここは我らの土地とする! 人間どもよ! 即刻貴様らを喰ってやるわ!」
勇儀さんが凶悪な顔をしながら地面を踏み鳴らす。
おぉ、勇儀さんそんな演技までできたのか…
感心しながらフェンリルに化けると一度引き返した。
待機地点に戻るとさとりさんが待っていた。
『乗って! そろそろ捜索を開始する!』
「気が利くじゃないの。」
『乗り心地は保証しないけどね。』
さとりさんを乗せると俺は走り始めた。
「まずは一番手前の家。奥の押し入れに子供が3人入っているわ。」
「手前の家、押し入れに子供3人!」
「十字路にある呉服屋、店主と使用人6人。」
「十字路の呉服屋7人!」
さとりさんが伝えてくれる情報を勇儀さんが大声で伝え、それを聞いた鬼たちがわらわらと指示された家を探す。
やがて待機地点には捕まった人間で溢れ返った。
捕虜的な扱いかな?
ちなみに捕虜たちはお燐が操る怨霊達によって包囲されている。
なんであっちの能力を本来の能力として申告しないのかは甚だ謎だけど。
そんな感じで今のところ作戦はうまくいっている。
『そろそろお空さんに指示を出した方がいいかな?』
「いいえ、もう少し避難させないとだめよ。あの子は火力の扱い方を知らないから。」
『了解!』
それから10分程、俺は里の東をグルグルして索敵を続けた。
「もう大丈夫よ。それからルドは里の南西に大きな屋敷を建ててふんぞり返っているそうよ。」
さとりさんは俺の耳を掻きながらそう言った。
『さとりさん、それくすぐったいのでやめてもらっていいですか?』
「犬はこうすると喜ぶって話を聞いたのだけど…」
『それは飼い犬だけの…ちょっと! くすぐった!』
俺は後ろ足立ちしないように気を付けながらさとりさんの攻撃(?)にずっと耐えていた。
しばらくして門から火の手が上がった。
『鬼たちに脱出口を確保しておくように伝えた方が良かったかな…』
「大丈夫よ。そこは鬼たちだから何とかしてくれると思うわ。」
俺は足を折りたたんで地面に座り込んだ。
『討伐してくるか。』
「いってらっしゃい。気を付けてね。」
『言われずとも。』
フェンリルの姿のまま屋根を飛び越えて屋敷を探す。
南西の方向をあちこち探っていると大きな屋敷が見えた。
なるほど、あれがターゲットの家か。
俺は庭に飛び降りた。
「おや、こんな犬を呼んだ覚えはないんだけどな。」
不意に殺気を感じて俺は後ろに飛び退いた。
顔を上げると剣を持った少年がヘラヘラと笑っている。
こいつがルドか。
「何処の妖怪だ?」
剣を撫でながらルドが訊く。
俺は人間の姿に戻った。
「あぁ、君が噂の猫辰かな? どういうつもりだい?」
「ひとつ、小鈴を俺のもとに送り込んだのはお前か?」
「こちらの質問に答えてくれ。君は外の世界の人間なのにどうして人間に敵対しているんだい?」
「ふたつ、どうやって里を支配した?」
「おいおい、何を――」
「みっつ、お前がルドで間違いないな?」
「…君が人間側じゃない事はよく分かったよ。」
ルドが剣を構える。
「来なよ、裏切者。」
もういい、返事は要らん。
俺は腕を竜に変えるとルドに向かって襲い掛かった。




