例え博麗の巫女を敵に回しても、ね。
「さてさて、まずは…小鈴ちゃんに自由に話してもらおうかな。」
俺はコーヒー片手に切り出した。
「自由に?」
「何でもいいよ。俺を誘拐しかけた事と小鈴ちゃんの身の回りの事なら何でも。」
正邪は露骨に顔を顰めた。
「問い詰めるわけじゃないのか?」
「恐喝してどうするのよ。怯えた状態だと言葉は支離滅裂になるからね。」
「でも…」
「確かに正邪のいう事も一理あるよ。でも、少なくとも同じ釜の飯を食った家族でしょ?」
「私は認めたくないがな。」
「うーん…なんかごめんね。」
「お前が謝るなよ…私が感情論で動いてるのは自分でも分かってるんだから…」
正邪は顔を赤くするとマグカップを傾けた。
「猫辰さん…」
「ん? どした?」
「里の現状についてお話したいんですが良いですか?」
小鈴は真剣な表情で背筋を伸ばした。
「…教えてもらおうかな。」
「幻想郷の意味については私も知っているつもりです。」
「幻想郷の意味?」
「人間は妖怪の為に存在しているという事です。」
背筋に液体窒素を流し込まれたような気分になった。
「知ってたんだ…」
「隠していてすいません。ですが猫辰さんはどの程度知っているのか分からなかったので演じていました。」
「まあ、小鈴ちゃんも知っての通り俺が成りたてほやほやの妖怪であることは事実だ。で、里の現状って?」
「人里には指導者がいない事は知っていますか? 指導者を立てると人間が妖怪を倒しうる力を手に入れられるからです。」
「うんまあ、そこは分かるけど。」
「では幻想郷に社会主義が入ってきたことは?」
「そういえばユイ君がなんかやってたなぁ…」
「社会主義ってなんだ?」
唯一状況が呑み込めていないらしい正邪が口を挟んできた。
「早い話がみんなで作ってみんなで食べようって思想。」
「はぁ?」
「とりあえず平等であるってこと。その思想が広まったせいで弱小妖怪が団結して危うく大妖怪を駆逐しかけたんだ。」
「別にいいじゃねえか。」
「そういえばあなたレジスタンスだったね…確かに付喪神程度ならひっくり返っても困らないけど増長した弱小妖怪たちは人間を滅ぼす可能性があるんだ。そうなれば妖怪は危機に見舞われる。」
「なるほどな。人間を滅ぼしかけたって事か。」
「ざっくりそういう事。で、それがどうかした?」
「はい、異変が解決したのは良いのですが人々は団結することの大切さをより一層知る事となりました。」
「里に社会主義者じゃない指導者が現れたってこと?」
「その通りです。しかし…」
小鈴は深呼吸すると言葉を続けた。
「彼は…外の世界からやってきた能力者だったんです。」
「あー、そういう事。」
「はい。その結果彼が里の全権を握ることになりました。」
「それ絶対碌な事にならないよな…」
「…はい。」
「周りの妖怪連中はどうしたの? 霊夢さんとか魔理沙さんもいるだろうし…」
「あくまで妖怪の滅亡を掲げているので二人共注意しようにもしずらいんです。妖怪の方たちは何匹か襲撃に来ましたが人里はそれを殲滅しました。今は不可侵条約を結んでいます。」
「それ絶対破られる前提の奴じゃん…で、そんなに強固な力になったのに何で俺の力が必要だったの?」
「確かに権力は彼が握りましたが最終的に彼が欲したのは人間に代わって里を防衛する存在でした。そこで竜人戦争で活躍したにも関わらず地底に移動したあなたに目を付けたのだと思います。」
「ふーん…そういえばその『誰かさん』のお名前と能力は?」
「彼は自らの事を『ルド』と言っていました。能力に限っては分かっていません。」
「なるほどねぇ…それはご苦労なことだ。」
「あっ、じゃあ質問良いかな?」
正邪が学校さながらに片手をあげて訊いてきた。
「そのルドって奴は竜人戦争を体験したっぽい?」
「いいえ、恐らく体験してないかと。里に来た彼は伝説を人々に聞きまわっていたそうです。」
「なるほどね。どんな能力かは知らないがその伝説を使って里を強化しようとしていたのかねぇ…いずれにしても誰かが黙っちゃいないだろうな。」
「妖怪の賢者とかか?」
「一番乗り出す可能性がある人物としては確かに紫さんだな。ユイ君を使って暗殺しようとしている可能性も否定できないわけだし…」
ちなみにこの時ユイ君は妖夢さんと新婚旅行行ってましたとさ。
「…結論から言えば情報が少ないな。」
「猫辰さん、一度誘拐しかけた私が言うのもおこがましい事は承知しています…来ていただけませんか? 地上に。」
俺は脱力して天井を見上げた。
「…小鈴ちゃんが言いたいことは分かるよ。人間としては絶対的な家が欲しいのも分かる。でも、それをすると――」
「妖怪が絶滅する。」
「…そういう事。」
「……。」
小鈴は涙を隠すように俯いた。
正邪は何も言わず俺を見ている。
「…頭が痛くなってきた。勢力をまとめようか。」
俺は紙を取り出すと適当な勢力関係を作った。
まとめた結果がこんな感じ。
―――――
・人間陣営
人里(小鈴)
命蓮寺
守矢神社
・妖怪陣営
妖怪の山
八雲紫
白玉楼(ユイ君)
・中立または不明
博麗神社
霧雨 魔理沙
地底(猫辰&正邪)
彼岸
紅魔館
神霊廟
―――――
「…ざっくり纏めるとこんな感じかな。霊夢が一番の不安要素かな。博麗の巫女の務めはあくまで幻想郷の天秤を保つこと。でも里からは人間側の勢力と見られている。」
ペンを置いて俺は情報を付け加えた。
正邪が紙を覗き込む。
「守矢神社は人間陣営なのか?」
「あくまで俺の推測だけどね。妖怪の山を敵にするのは怖いが人間の信仰が欲しいのは事実だ。特にあそこのタケミカヅチは人一倍そうだろうね。」
俺はコーヒーを一口飲んで口を潤すと小鈴に目を向けた。
「小鈴。」
「…はい。」
「あんたはどっちだ?」
「私は人里です。」
「…幻想郷の真理を知って言っているのか?」
「……。」
「俺個人としては小鈴の味方をしたい。だが俺が怒っているのはそのやり方が悪かったからだ。だから申し訳ないが今の人里の評価は最悪に近いと思ってくれ。」
「…人里には、私のお父さんや阿求もいます。いくら幻想郷の真理を知ったからと言ってもその事実は変わりません。」
「…それで?」
「でも、一方でこのままだと私の憧れが消える事も事実です。」
小鈴は頭を抱えた。
「私は…どうすれば…」
「どっちを取っても犠牲は付き物だろうな。」
正邪が腕を組んでいった。
「どっちを選んでも必ず後悔する。」
「……。」
マグカップを持つ小鈴の手が震えている。
「どっちを取っても結局どっちからは恨まれる運命さ。」
正邪はため息を吐いた。
「…猫辰さん。」
小鈴は顔を上げた。
「…ルドを、暗殺してください。」
「請負人になった覚えはないんだがね。」
「……。」
「でも、小鈴ちゃんが考えた末にその結論を出したのなら遊ばれてみるのも悪くないな。」
俺はコーヒーを飲み干すと立ち上がった。
「地霊殿の連中と勇儀さんに応援を頼んでみるよ。例え博麗の巫女を敵に回しても、ね。」




