んじゃ、とりあえず第一次家族会議とでも洒落込んでみようか。
私はそっと息をついた。
「ふぅ…どうになりましたね。」
襲われる事もなく倒れた後も人間の姿を取っている。
「多少運搬が楽なのは救いですね。」
私は猫辰さんの腕を掴むと背負いあげた。
「…随分と軽いんですね。ちゃんとご飯食べてたんですか?」
勿論、その言葉に返事はない。
お札を使って結界を解除すると私は扉を開けた。
「里の為に、頑張らなきゃ。」
「そうかい。だがそいつは私の夫だ。返して貰うよ。」
足が払われ、私は顔から地面に突っ込んだ。
「まさか、あんたがそんな役目をするなんて思いもよらなかったがねぇ…」
正邪さんが腕組みをしてこちらを見下ろしている。
「正邪さん!?一体どうやって……」
「腐っても天邪鬼舐めるんじゃないよ。」
正邪さんは私の髪の毛を掴むとぐいと顔を近づけた。
「大方あいつは優しすぎるからお前を襲わずに倒れたんだろ? 私は違うがな。」
パチン、という音と共に頬に衝撃が走った。
「馬鹿野郎、恩を仇で返すとはよく言ったもんだな。これじゃあ、まるで猫辰がバカみたいじゃないか…」
正邪さんは涙を流していた。
「私はこいつとは違って優しくはない。ましてやここは秩序もクソもない地底だ。最弱の人間がどうなるかくらい覚悟してきてるんだろうな?」
正邪さんは拳を作ると私のお腹に叩き込んだ。
「あがっ!」
「猫辰は何を思って倒れたんだろうね? こっちが呆れるくらいの底抜けの馬鹿で、お人好しで、人を放っておけなくて。
気にかけていた奴に裏切られた時、こいつはどんだけ衝撃を受けたんだろうね!」
正邪さんは私の胸ぐらを掴んで持ち上げる。
足が宙を掻く。
「人間は寿命が短いからすぐに増えるんだろ? だったら一人地底で死んだところで問題ないよな?」
「……ッ!」
「安心しな。その死体はきちんと灼熱地獄で火葬してやるからさ。」
意識が朦朧としてくる。
不味い…
そう思う反面どこか諦めた私もいた。
まあいっか…危ない橋を渡り続けてきたツケがここで帰ってきたんだ。
視界がだんだんと暗くなってきた。
完全な酸欠だ。
指一本動かせない中私の命は尽きようとした。
「そこまでまでにしとけって。」
ふいに私の足が地面をとらえた。
突如入ってきた空気に私はむせた。
「がぁ! ゲホッ! ゲホッ!」
状況がつかめない。
何が起きたんだ?
私は上体を起こすと目を見開いた。
「猫辰さんッ!」
驚いているのは正邪さんも同じだった。
「お前眠らされたんじゃ…」
「うーん、確かにそのはずなんだけど。まっ、主人公補正ってことで。」
「主人公補正?」
首をかしげる正邪さんの言葉には答えず猫辰さんは私に顔を向けた。
「さて、悪いけどその視点返してくれない?」
「視点…?」
小鈴ちゃんはキョトンとした表情で俺を見返した。
おっ、帰ってきたね。
おかえり俺の視点。
「まあ、返して貰ったからもういいや。」
小鈴の顔が蒼ざめた。
「別に殺しはしないよ。」
「はぁ!?何言ってんだ! こいつはお前を地上に連れ去ろうと――」
「え? 連れ去ろうとした?」
「してただろ!?」
「俺が知ってるのは俺の不眠症を心配した小鈴ちゃんが薬を投与してくれたってことぐらいだよ。」
「お前そんなこと――」
それ以上言おうとする正邪のほっぺをつまみ上げた。
「ふがっ! 何ふんだよ!」
「結局俺が生きてたんだからいいでしょ?」
正邪はじっとりとした目で俺を見つめてきた。
俺の手首を掴んでグイっと外すと正邪はため息を吐いた。
「このお人好しが…」
「生命万歳。」
俺は小鈴に向き直った。
恐怖におびえた顔をした小鈴が這って一歩下がる。
「んじゃ。帰ろっか、小鈴ちゃん。」
「えっ!?」
「どうかした?」
「私、あなたを誘拐するつもりだったんですよ!?」
「だから何?」
「私に何か罰を…」
「そんなんする訳無いでしょ。めんどくさいし。それに俺達は主従関係じゃなくて観察者と被検体だろ?」
俺は小鈴に笑いかけた。
笑えない話だがこんなバカなことをされた以上笑うしかない。
手を差し伸べると小鈴は恐る恐る俺の手を取った。
震える小鈴を担ぎ上げると先に扉を開けていた正邪に続いて戸口を潜る。
居間に戻ると小鈴をそこに降ろす。
「正邪、お茶用意しよっか。」
「はいはい、緑茶で良いか?」
「うーん、今日はコーヒーにしよっか。最近やっと手に入れたけど。こんな日くらいは。」
やがて正邪がマグカップを3つお盆に乗せて入ってきた。
「んじゃ、とりあえず第一次家族会議とでも洒落込んでみようか。」




