…お前って短絡的にしか物事を考えられないよな。
家に帰ると正邪は居間で胡坐を掻いてお茶を啜っていた。
「ただいま、随分と早かったね。」
「あぁ、おかえり。」
正邪の表情がどこか硬い。
「正邪さん、どうかしましたか?」
小鈴の言葉に正邪はピクッと反応した。
「…実は一対一で猫辰と話したいことがあってね。」
「分かりました。じゃあ寝室で待機してればいいですね。」
「悪いね。」
小鈴は案外すんなりと寝室に引き籠るとぴたりとドアを閉じた。
「まぁ座れよ。」
正邪は向かいの座布団を指さした。
言われるがままに座布団に腰かけると湯飲みが差し出された。
「ほれ。」
「ありがと。」
湯飲みの中身を覗き込むといつものお茶ではなく白湯になっていた。
「…猫辰、真面目な話がある。茶化さずに聞いて欲しい。」
心無しか正邪の手が震えている様にも見える。
「…子供が、出来たんだ。お前と私の子供だよ。」
「…ッ!?」
飛び出しそうになった言葉を必死に呑み込んだ。
「…いつぐらいに気付いたんだ?」
「予感がしたのは先週から。今日産婆さんに診てもらってちゃんと判明した。」
「白湯だったのはその所為か。」
「そういう事。お茶に含まれる成分で子供に影響が出る物があるってさ。」
「…ちょっと待ってくれ、少し頭の整理を付けたい。」
「存分に。」
許可をもらった俺は額を抑えながら天井を見上げる。
「…。」
しばらくの沈黙。
「まさかのできちゃった婚かぁ…」
白湯に目を戻す。
一口飲んで気分を落ち着ける。
うーん、全然落ち着かない。
「…正邪。」
「どうした?」
「祝言、やりたいか?」
ボンッと爆発したように正邪の顔が赤くなった。
「私は別に…やりたくない事も…ない…けど…」
「やるとするなら…小鈴か…」
ここで暴露するなら待機してもらっている意味がなくなるんだよなぁ…
はてさてどうしたものか。
「そういうお前はやりたいのか?」
考え込んでいると正邪に逆に問いかけられた。
「そりゃもちろんやりたい気持ちはあるけど…できれば周囲からは出来ちゃった婚とは思われたくないんだよねぁ…」
「出来ちゃった婚?」
「結婚して子供を授かるんじゃなくて子供が出来たから結婚しますって奴。」
「…そうだなぁ。」
正邪も納得したように腕を組む。
「…身内だけでやるか?」
「身内だけって…俺達に身内なんていたか?」
「…私の方ではサグメぐらいしかいないな。」
「小人のお姫様は?」
「姫様を呼んだら何言われるか分からん。そうなると霊夢も来るだろうからな。」
「…あぁ。」
「…お前って短絡的にしか物事を考えられないよな。」
「超短距離走者です。」
「そこを威張るなよ…」
「…あ、思いついたかも。出来ちゃった婚に見えない祝言を挙げる方法。」
「ホントか?」
正邪さん、若干胡散臭そうにこっちを見ないでよ…
「宴会形式でやればいい。」
「宴会?」
「この地底の心理は力と酒。単純だけどこれで成り立ってる節がある。」
「そうだな。」
「つまるところ、潰れる程度の酒を用意して決行すればいい。」
「潰れる程度ってお前…あの鬼どもが簡単に潰れると思うか?」
「うーん、そこは察してもらいましょ。」
「お前絶対計画とか考えてないだろ。」
「うぐぅ…」
「でもまあ、祝言を開くならそれくらいしか考えられないか。」
ため息を吐きながら正邪は白湯に口を付けた。
「正邪が酒を飲まなければそれとなく伝えることもできるでしょ?」
「そこにいる奴らが全員気付きそうだが?」
「俺らが料理をふるまえばいい。料理番を俺らがすれば多少ごまかしは利くだろ?」
「ふーむ…」
正邪がしばしば考え込む。
「まあいいか。」
なんやかんやでオッケーをもらった。
それじゃ、小鈴を呼び戻すか。
俺は立ち上がって寝室の扉を開けた。
「小鈴、終わったぞ。」
「…はい、聞こえてました。」
小鈴は顔を真っ赤にして返事をした。
「…はい?」
「正邪さん、お子さんを身ごもったんですね。」
顔が爆発しそうなくらい熱くなった。
「うーん、今度からこの扉は少し厚くしとくか。」
誤魔化すように俺は扉の淵を叩いた。
居間に戻ると正邪が俺の顔を見て察したのか顔を真っ赤にしていましたとさ。
ちゃんちゃん。
只々悲劇である…




