いや、少なくともそれよか妖な魑魅魍魎さ。
「おいおい、マジで?」
旧地獄街道、活気のある街の中で俺は3人の鬼に囲まれていた。
その後ろには小鈴が怯えたように縋り付いている。
うーん、地霊温泉にひとっ風呂入ってきただけで絡まれるような覚えという物が一切ない。
「早くそのお嬢ちゃんを渡してもらおうか?」
ただでさえ強い鬼が3体。
正直なところ小鈴を守りながら戦うのは厳しいな。
「ちょっと待った! なんで小鈴を狙うんだ!?」
俺は手で制しながら鬼たちに問いかける。
「何でってそりゃあ、お前。そいつに価値があるからだよ。」
鬼たちは笑いながら答えた。
「価値がある?」
「おう、そこにいるちみっこい奴を捕まえておけば俺達鬼は絶大な権力を手に入れることが出来る。」
快活に笑いながら鬼はそんなことを平然と言ってのけた。
「私は権力なんて持ってませんよ!」
小鈴が陰からそう主張する。
まあ実際は割と広い交友というか色んな所とあっちゃこっちゃ繋がってるんだけどね。
霊夢さんの博麗神社、妖怪の山の天狗、マミゾウさん経由とはいえ命蓮寺とも繋がりを持っている。
逆に権力を持っていないって言う方がある意味おかしいんだよねぇ…
そう言いながらここではさとりさんとも繋がりがあるから余計に関係が悪化(?)しちゃってるし。
つまるところ、4つも権力を持っている場所と繋がっちゃってるもんだから鬼たちがそれを捕まえて権力をゲットしようというのは至極当然の話だ。
まあ、それを防ぐのも俺の仕事なんだけどね。
「とりあえず、痛い目にあいたくないのならそのお嬢ちゃんを大人しく渡してもらおうか?」
「あほか、これでも依頼を受けてるんだから仕事はきっちりこなすのが俺の役目だ。」
「なら今日でお役御免かもな。」
そういって鬼たちはポキポキと分かりやすく骨を鳴らす。
「小鈴ちゃん。」
「はい! 何でしょうか!?」
「今から俺が見せるのは妖怪としての俺だ。少なくとも、思っている程俺は優しい奴じゃない。それを認めたくないのなら目を背けていなさい。」
「お話は終わったか? 終わったのなら…」
言い終える前に鬼は拳を振るってきた。
それを俺は竜の腕で受け止める。
「なッ!?てめえ竜か!?」
「いや、少なくともそれよか妖な魑魅魍魎さ。」
俺はニヤリと笑うと蹴りを放った。
腹に喰らった相手が向かいの店まで吹っ飛ぶ。
被害を喰らった店の店主らしきお婆さんが俺に怒号を飛ばした。
「何すんだい!」
「すいません! 後でこいつらが弁償しますから!」
「全くだ! 精々楽しませてくれよ!」
うわぁ、見事な皮肉をもらった。
それでも喧嘩次第ではチャラにしてくれるあたりが勇儀さんの管轄していた旧地獄街道らしい。
力こそ正義って節がちょくちょく見られるからなぁ…
俺は拳を構えると残りの鬼に向き直る。
「ちったぁ楽しませてくれるよな? 死ぬ気で来ないってなら…マジで殺すぞ?」
「あぁ!?鬼を相手にでけぇ口を叩く奴じゃねえか!」
鬼たちはむしろ楽しそうに口角を上げながら俺に襲い掛かった。
2体同時とはいえ、若干タイミングをずらして連携を取る当たりこいつらは割と強い。
「まあ、きっちり1体ずつやればいい話だけどな。」
最初の拳を左に流すと腕を掴んで2体目の攻撃に当たる様に引っ張る。
この辺は脳筋というかなんというか、力加減を知らない鬼ならではだよな。
2体目の攻撃を喰らった鬼が白目をむく。
その鬼を地面に放り投げると俺は足を蹴り上げた。
蹴り上げた足の先には男の急所~。
自分がやられると思うとゾッとするけど。
鬼が恐怖に目を見開く。
「ゲームオーバー。」
鬼の絶叫が旧地獄街道に響き渡った…
一息ついて小鈴の安否を確認すると小鈴は勇儀さんに抱きかかえられていた。
そう思いたい所だが小鈴の顔には余裕が見られない。
「お疲れさん。」
「…勇儀さん、何の真似ですか?」
「いやいや、お前は甘っちょろいなと思ってな。」
「甘っちょろい?」
「お前はなんて豪語してたっけ? 『思ってる程俺は優しくない』だとか『マジで殺すぞ』だとか…」
勇儀さんがスッと目を細める。
「何故そいつらを生かしておいた?」
小鈴が足をバタバタと暴れさせる。
不味い、今の勇儀さんにとって小鈴を絞め殺すのはそれこそ赤子の手を捻るより簡単だ。
「…尋問が出来るからでしょうか?」
「ハッ! 綺麗事だな。どうせお前の事だからまともな尋問をするとも思えん。大方もう二度とこの子に手を出させないように約束させたら後は立ち去る気だろう?」
小鈴の顔がだんだんと青白くなってきた。
それは気分的な問題ではなく勇儀さんが徐々に力を加えてるせいだ。
「殺せ。」
氷のナイフを突きつけられたような気分だった。
「力こそ全て、この地底の心理だ。権力じゃない。だから弱き者は淘汰されて然るべきだし、権力者を使って権力を持つような奴は死して然るべきだ。」
「…後で復讐しに来るようなことはしませんよね?」
「約束しようじゃないか。」
腕を竜に変えると一番近くにいた鬼に歩み寄った。
「よせッ…やめてくれぇ…!」
俺は手のひらを鬼の顔に乗せた。
また…殺すのか…
そんなことが頭によぎる。
バキッ!
その音を3回、俺は旧地獄街道で鳴らした。
「勇儀さん、これならあいつらも死んだでしょ?」
俺は3本の角を手に勇儀さんの前に立った。
「…全く、頓智勝負じゃないんだがねぇ。」
初めて勇儀さんは俺に笑顔を見せた。
小鈴が地面に降ろされる。
軽く背中を叩いてやると案外早く落ち着いた。
「人間ってのは脆いものだねぇ。このくらいなら死にゃあしないよ。」
鬼の特性というか考え方の1つを今回は利用した。
通常鬼というのは人間とは違うことを自負している。
その中の1つが角だ。
これが人間と鬼を外見的に分ける唯一といってもいいほどの手段でもある。
だから鬼たちのコミュニティは角を大切にする。
立派な角を持っている奴はそれだけ長く強く生きてきた証になる。
そしてそれを折られるという事は何よりの屈辱、敗北者の証として生え治るまでの間鬼たちのコミュニティでは最下位に位置づけられる。
更に角が生え治るまでの期間というのは鬼からしても相当長い物。
人間単位だと確か50年くらい。
つまり20歳で角を折ったとするとそれは70歳にまでずっと己の恥という事になる。
それは社会的に死んだという判断を下されたも同然って訳だ。
小鈴を背負うと俺は勇儀さんに一礼して歩き始めた。
「…猫辰さん。」
「ん?」
帰り道の迷路辺りに入ったところで俺は小鈴に声を掛けられた。
「…優しい方なんですね。」
「優しくはないさ…命の重さを知ってる気になってるだけ。」
「…竜人戦争ですか?」
「そうだな。」
「…殺した人の顔は覚えてるんですか?」
「…ぶっちゃけた話覚えてない。でも、真っ赤だったのは覚えてる。」
「真っ赤?」
「人間の姿になったときの俺の姿。これ以上は出来れば話したくないんだが?」
「ごめんなさい! 失礼なことを…」
「別にいいよ。でも正邪にもこのことは訊かない方が良いかもね。どんな反応をするのか想像がつかない。」
「分かりました。黙っておきます。」
それからの帰路を俺達は無言で歩き続けた。




